第34話 チセちゃん1


 結局全部脱いで他の岩の上に服を全部広げたらしい、外見よりもだいぶ豪快なチセちゃんは、俺の背中側、少し離れたところで、ぽつりぽつり話し始めた。


「……昨日、コメオさん、何だか落ち込んでたじゃないですか。珍しく負けて終わってましたし。最後の一戦も鬼気迫る勢いでしたけど、なんだかやけっぱちっていうか、見てられないって言うか……」


「そりゃ、否定はしないけどさ」


 うっかりでレギュ違反して『勝つまでは負けない』が出来ないって理解したら、自分のアホさが嫌にもなるだろう。何が悪いじゃない。ただ俺が悪かっただけだ。


「それで、その、偶然を装って会えたら、励ませられないかなって思ったんです……。でもその、お隣にあの方がいたものですから」


「ギンコ?」


「あ、はい。……あの人、ギンちゃんですよね。私、見てます。最近人気の狐っ娘配信者……」


「あー……そこまで知ってたかぁ」


 俺はため息を吐いて、頭を掻いた。どうしたもんかな。割と命綱を握られてる感あるぞ。


「わっ、私、言いません! 秘密にします! その、お二人がこ、恋人関係でも、あの……」


「あー、うん。まぁそう見えるよな」半分くらいそうだし。「ただ、実際のところどうなのかって話もした方がいいというか。うーん……」


 ひとまず、君が今日急接近した理由は分かった。


 俺はチセちゃんにも見えるように、肩より上のあたりで人差し指を立てた。それから「けど、まだ分からないことがある」と続ける。


「は、はい……。何でしょう?」


「何でストーカーしたん? 飯能の時にも居たでしょ君」


「……かなり前から気づかれてたんですね」


「そういうタイプのモンスター居るからな。気付かずに放置してると襲い掛かられて食われる」


 何なら食われた。丸呑みされた。そしてそういう性癖があることを数年越しに知ってとても嫌な気持ちになった。


「……その、少し長い話になるんですが、良いですか?」


「ん、いいよ」


 乾くまでの時間もあるし。


「私、いじめられてるんです。その理由が、ちょっと分からなくて。みんなから無視されて、まぁそれは良いんですけど。少し前まで仲良かった子にも、近寄っても貰えなくなって……」


 思い出しながら悲しくなってしまったのだろうか、声は震え、涙ぐんでいるのが分かった。「それで」とチセちゃんは続ける。


「色んな所に相談して、いじめっていうのは、弱いからされるんだ、みたいな話を見つけたんです。それで、強くなればいいんだって。でも、強いって何だろうって思ったんです。腕力とか、そういう単純なことじゃないって思って」


「俺を見つけた、と?」


「はい……! その、コメオさんの強さは、私の求めている強さそのもので! 何度死んでも平然と立ち上がるメンタルも、自分より何倍も大きなモンスターを簡単に倒してしまうところも!」


 だからッ! とチセちゃんの声に熱が入る。


「そんな、そんなコメオさんに、鍛えてもらいたいなって、そう思ったんです。それでまず知ってもらおうと思って、凸して、それから機会を伺ってお話してもらって、お願いできればなぁって」


「じゃあ、図らずしもこの状況は、チセちゃんの狙い通りなわけだ」


「あ……えっと、はい。そう、なりますね……」


 あ、この反応どっかに嘘があるな? どこだ?


「なぁチセちゃん、つかぬ事を聞くが」


「は、はい! 何ですか」


「船頭さんが今日ダンジョンの入り口について誤解してたのって、チセちゃんが何かやった?」


「―――――ッ!」


 ハイ当たり。大方船頭さんに嘘でも吹き込んだのだろう。『今日はダンジョンの入り口、開いてないって書かれてましたよ?』とでも言われれば、ズボラな人なら自分で調べることなく信じてしまう。


「ごっ、ごめっ、ごめんなさ」


「謝る相手が違うな。俺は何なら得した側だ。俺に謝るのは筋違いになる」


「……で、でも、船頭さんに怒られるのはすごく怖いです」


「それをちゃんとできるのも強さなんじゃねーの。腹くくるって、弱い奴にはできないぜ」


「―――ッ。わ、分かりました。ここから出たら、真っ先に謝り、ます……」


「うん、そうしな。子供のやらかしで、しかも被害も出なかったんだ。大事にはならんさ」


「はい……」


 と言いつつ、危険性はガッツリ高いから、かなり強めに叱った方がいいんだけどな、この件。なのだが、俺も似たようなことして、認可の下りてないダンジョンに潜り込んだりしてきたから人のこと言えないのだ。


 しかし大事にならないのも事実だろう。被害者が出て、その人が被害届出して裁判沙汰になったら、賠償金が相当額チセちゃんの両親に行く。しかし今回はそうならなかった。だからめっちゃ怒られるだけで済む。怒られたまえ少女よ。過去の俺のように。ふはは。


「服乾いたかね。お、乾いてるじゃん。チセちゃんはどうよ」


「あ、ちょっと待ってください。……乾いてます! 着てもいいですか?」


「服くらい好きに着なよ。周囲は俺が警戒しておくから」


「あっ、ありがとうございます!」


 俺は早着替えですべての服を着て、それから手元でソードブレイカーをくるくる回しながら、大岩に登って周囲を見回した。チセちゃんは岩の陰で着替えているが、登ってしまった俺からはちょっと丸見えだなぁ……。


 武士の情け。見ないでおいてやろう。と俺は目を背けた瞬間に、殺気を感じた。一瞬遅れてチセちゃんが悲鳴を上げる。すでに俺は動いている。


 見ればチセちゃんの傍の川から、河童が這い出してきていた。「おぉ~、眼福眼福。イキのいい生娘でねが。これは楽しい思いができそだな~」とけひょけひょ笑いながらチセちゃんに詰め寄ってくる。


 言葉を話すタイプのモンスターか。素人ほど騙される奴だ。話せるから会話が成立する、と思い込む。


 だが、ダンジョンに味方などいない。味方は、一緒に入った侵入者だけだ。


「チセちゃん、ダンジョン攻略のコツ1だ」


 言いながら、俺は跳躍でチセちゃんの背後の大岩に移っていた。そして岩の上、河童の死角から、そのこめかみにソードブレイカーを突き刺す。「かぺっ」と声を漏らして、河童は絶命した。粒子となって消える。


「ダンジョン内で初めて遭遇した奴は、全員敵だ。人間に見えても、話が通じても、敵だ。他の侵入者だったとしても敵だ。RDAプレイヤー的な観点で言うなら記録の障害だし、そもそもダンジョン内は治外法権。今の俺たちにも、相手にも人権はない」


 どんな辱めを受けても、殺されても、何にも文句言えないんだぜ。


 言いながら見下ろすと、パンツだけ履いて尻もちついたチセちゃんがいた。彼女は慌てて年の割に膨らんだ胸のあたりを隠す。俺は肩を竦めて言った。


「例えば、そう。今みたいに思いっきり裸見られても、ダンジョン外に出た時俺を裁く法は無かったりする」


「おっ、お願いですから! 着替えるまであっち行っててください!」


「あいよー」


 ケタケタ笑いながら俺は、チセちゃんの上を軽く跳んで通り過ぎる。だがその瞬間に「でも、その、ありがとうございました……」と言う彼女に、なるほど思った以上に律儀な子なのだな、と思う。


 そして、考えるのだ。


 多少やんちゃな面はありつつも、しっかりしたこの子が、何故いじめられるのだろうか、と。

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