第50話 対決配信、開始
配信開始直後、俺は八尺様をものすごい顔で睨みつけていた。
『草』『最初から険悪やんけ』『コメオブチギレてて草』『ツイットよし!』
ツイットでは『何か移動先で八尺様待ってやがったから決着つける』という名目で、今回の配信を始めている。裏では割と和解済みだが、その流れを視聴者は知らない。
ならばひとまずプロレスに興じておくのが適切だろう。ということで、俺はこの態度なのだった。
「おうお前ら。コズミックメンタル男チャンネルだ。今日は経緯が分からん奴もいると思うので、ざっと流れを説明してから今回のケンカコラボに入っていきたいと思う」
『そのめっちゃ大きい人だれ?』『何かエッチだな……』『コメオ記録破って煽るとこんな不機嫌になるのか』『アンサー動画クソ笑った』
開幕ガヤガヤしているので、俺は深呼吸の時間を取ってから説明をし始めた。
「本日数時間前、とある配信者が、俺の武甲山異界ダンジョンでの記録をはるかに上回りやがった。その記録なんと8分12.913秒。俺はダブルスコアで二位に陥落したわけだ」
しかも、だ。と俺は続ける。
「そいつはあろうことか、俺に名指しで煽ってきやがった。ご丁寧に果たし状を突き付けて、宣戦布告だ。そりゃあよお! 乗らなきゃ男じゃねぇよなぁ!?」
その犯人がこいつだ! と俺は八尺様を手で指し示す。
「このデカ女、皆さんご存知八尺様が、今回のケンカコラボのコラボ相手となる! コスプレ疑ってる奴らは全員記録動画見てこい! ガチの八尺様だ!」
『コスプレじゃなくて? って打とうとしたら先読みされてて草』『記録動画えげつなかった』『コスプレだとしてもあのムーブは人間やめてる』『マジで本物だと思うんだよなぁ』
コメントからは割と受け入れられている様子。ならこのまま進行してしまおう、とプロレスっぽく俺が八尺様を睨みつけると、八尺様は何か凹んでいた。
「で、デカ女……」
「……ターイム!」
俺はハミングちゃんのカメラの向かってタイムのポーズ。『何だ何だ?』『何か今八尺様凹んでなかった?』とコメントがどよどよし始める。
俺は八尺様を連れて、ちょっと奥の方で言った。
「あの……八尺様? 最初の段取り確認でさ、プロレスっぽくいくって話したじゃん?」
「プロレスってなぁに……?」
「あ、そこから……。プロレスって言うのは要するに、見せるケンカだよってこと。俺がさっき言ったデカ女っていうのは本当の悪口じゃなくて、ケンカしてる風に見せるやり取りだから。傷つかなくていいし、何なら八尺様は煽り返さなきゃならない」
「で、でも、わたくしおコメちゃんとケンカしたくないわ……」
「だから、本当のケンカじゃなくて、ふりなんだよ。勝負事は煽り煽られするのが見てて楽しいの。煽ってきて負けて叫ぶ奴って面白いじゃん? 逆に煽ってしかもちゃんと勝つと格好いいじゃん。今回はそういうのを演出するのが目的なんだよ」
「あ……。そういうことなのね?」
「っていうか記録動画で煽ってきたのは何だったんそれなら」
「アレは……戦いの直後でついテンションが上がってしまって。ぽぽぽ……」
「ああ……。ひとまず、あのテンションのつもりで視聴者見に来てるからさ。ほら、俺たち動画でバチバチに煽り合ってるのに、一緒に出てきたらもう仲がいいのはおかしいじゃん? だから最初はプロレスして、終わった後に仲直り、って言う感じにするから」
「わ、分かったわ。わたくし、頑張る」
「うん。じゃあそんな感じでよろしく」
『全部丸聞こえで草』『仲いいんかこの二人』『茶番だと分かってるプロレスは安心できるわね』『コメオの初コラボ相手八尺様かぁ……強いなぁ』
ちなみにミュートにしていないのはわざとだ。俺は「タイム終了~」といいながら二人で戻ってくる。
「という訳で仕切り直して、そう! 俺が頑張って、超頑張って成し遂げたあの記録を、このショタコンデカ女はいとも容易く破って煽ってきやがったんだ! 許せねぇ! 許せねぇよなぁ!?」
「ぽぽぽ……。でもおコメちゃんのタイムってわたくしの倍くらいだったのでしょう? わたくしでなくともすぐに破られたのではないかしら?」
「あー! 今! 今言っちゃいけないこと言った! もう絶対許さねぇぞチクショウ! ―――ということで、今回は八尺様とバチバチにやり合うケンカコラボ企画となります」
『何てスムーズな導入なんだ……』『新人の配信とは思えんスムーズさだ……』『まるで台本を読んでるみたいだぁ』
ないけどな台本。
「ということで、今回はここ、『管理番号161000』住居一体型未知ダンジョンで、俺と八尺様はレギュレーションに従ってバトっていくことになる。勝負形式はこんな感じ」
俺はARディスプレイの、配信と連携してある図解アプリで、俺の背後に図解が展開されるように操作していく。
「第一勝負、『ダンジョンに先に入るのは誰だ!』
このダンジョンは侵入方法が確立されていないダンジョンだから、まずどちらが先に侵入方法を発見して入るのか、という速度を競っていく。
第二勝負、『ダンジョンを先にクリアするのは誰だ!』
このダンジョンは一回入ったら二度と入れない、チャンスが一回こっきりのダンジョンだ。だから最初からRDAのつもりで挑むことになる。
第三勝負、『強いのは俺かお前か!』
最後はやっぱり直接対決だろ、の精神で俺と八尺様でガチバトル。言うまでもないけど八尺様は超強いぞ。どのくらい強いのかは、概要欄の八尺様アカウントからチェック! チャンネル登録も忘れずにな!」
「すごいわねおコメちゃん……。配信者みたい」
「俺も八尺様も配信者だぞ」
『まるで配信者みたいだぁ……』『っていうかコメオチャンネル登録者3万人おめでとう!』『お! 三万人じゃん。めでてぇ』『おめでとうございます!』
「え、マジ? 三万人いった? うおおお。サンキューお前ら」
わー、と拍手。八尺様も「すごいわねおコメちゃん!」と大喜びだ。やったね。
「……じゃあ、始める?」
「えっ、ああ、ええ。始めましょうか……」
『ぬるっと始めるな』『もっとパキッと始まれ』『仕切り役他にいなかったんか』
ぬらりひょんのじいちゃんに任せときゃよかったかもな、色々。まぁ時すでに遅しである。とそこで、こんなコメントが付いた。
『そういや勝った方に何かあったりしないの? 賞品じゃないけどさ』
そのコメントを受けて、俺と八尺様は顔を見合わせる。確かに、それがあった方が盛り上がるかもしれない。
「あり、だな。八尺様勝ったら何欲しい?」
「そうねぇ……。それなら、昔みたいに『八姉ちゃん』って呼んで欲しいわ」
ぽっ、と恥ずかしがりながらの提案に、コメント欄は『可愛い』『コメオこんなところでフラグが立っていたとは……』『ちっちゃい頃のコメオと八尺様のオネショタ見てみてぇなぁー俺もなー』盛り上がる。
別に今すぐそう呼んでも構わないが、賞品にしたいならそれでいいだろう。
「おコメちゃんは?」
「俺は……そうだなぁ。欲しいものとか特にないんだけど、おススメとかある?」
「ぽぽ、そうねぇ。これでも神だし、宝物とされるものや、強い力を持った呪物なんてものはいくらでもあるけれど……」
「んんんんん。八尺様、それはその、何つーのかな、賞品の価値が釣り合って無くね? 一円賭けてる相手に数百万ベッドするみたいなことになってないか?」
「ぽ? いいのよ、わたくしが持っていても宝の持ち腐れですもの。ではそうね、なら貸し出しということにしましょう。それなら釣り合いが取れると思うわ」
俺はそれを聞いて、それなら、と頷いた。コメント欄は『随分コメオに都合の良い賞品設定だなw』『いや、貸し出しなら任意のタイミングで返すように要求できる。つまり八尺様はいつでもコメオを呼び寄せられるという事』『これは策士八尺様』とか好き勝手言っている。
という事で、諸々合意がとれたということにしよう。俺はすぅと大きく息を吸い、宣言した。
「じゃあ改めて―――、勝負開始!」
いうが早いか俺は駆けだす―――寸前で、八尺様の様子を見た。彼女は自分のペースで家に向かって行く。俺も何だか一人ではしゃぐのもあれなので、のそのそついて行く形で
家の中に戻った。
『走れ』『恥ずかしがるな』『勝負だよなこれ?』
コメ欄のツッコミをすべて無視して、俺は一つ伸びを。それから、ぽつり独り言のように言った。
「さて……探すか」
「どこから探すの?」
「どこからにしよっかねぇ……。こればっかりは運だからな」
ちなみに何か勘づいてたりする? と尋ねる。八尺様はふるふると首を横に。んじゃ運だなやっぱ。
「俺こっち調べるわ」
「ではわたくしはあっちにしましょう」
何となく決めて俺たちは分かれる。『うーんほのぼの』『本当は仲良しなのを隠すつもりがない』とやいやい言われる。黙殺。
という事で俺はキッチンに到着。妖怪という前情報なので、水場に現れるのは割と定石だろう。俺は適当にパカパカ戸棚を開けていく。
「……いないな」
全部開けたが気配のケの字もない。俺は全部戻しながら『律儀だなw』というツッコミに「うっせ」と返す。キッチンには居ないらしい。
次は風呂場でも探すかな、と思っていたところ、「ぽッ?」と八尺様の甲高い声が聞こえた。何だ、と思って声の方に向かうも、姿がない。
「うん……?」
開いたふすまに、電気の付いていない和室。夕方のほの暗いそこには何故か酒瓶一つが転がっていた。
「……」
俺は何だか妙な感じがしてきて、口をへの字にして部屋の中を見渡した。
八尺様は、こう言うドッキリを仕掛けるタイプではない。むしろじいちゃんに仕掛けられて一通りはめられ、その後のネタ晴らしに半笑いで「も~!」と冗談めかして怒るのが関の山、というタイプだ。
なら他の妖怪の面々がやったのかというと、それも違うだろうと思う。ギンコはそもそも仕掛けないし、じいちゃんは仕掛けたがるが空気は読めるタイプだ。この場ではしまい。
つまり。
「これ、か?」
第一勝負は取られたか、と考えながら、俺は酒の方に近寄った。手に取ると、ラベルに「たそがれの忘れ者」と記されている。
その時、不意に背中側に気配を感じた。なるほど、これか。と思いながら、俺は振り返る。
そこには、何者かが立っていた。強烈に差し込む夕日に、その姿は逆光で分からない。その人物は酒瓶を手にしていて、こくりこくりと呷って言う。
「たそがれへようこそだ。ひと時でも、懐かしい気分になってってくれや」
西日が眩しくって目が開けられなくなる。そして目を閉じた瞬間、異様な眠気が俺を襲った。
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