第49話 対決配信、準備編

 一旦昔の話をしたいのだが、当時、八尺様に挑んでいた頃の俺と八尺様は、仲が悪かったわけではない。


 むしろ、関係はかなり良好だったと言っていい。俺が勝手に敵視して挑んでいただけで、八尺様は俺を随分可愛がってくれていたし、俺もダンジョンで挑むのが習慣化してからは、ダンジョン以外では食って掛からなくなっていた。


 結果、ダンジョンに挑まない休憩の日などは、八尺様がスイカを持ってきてみんなで食べる、なんて微笑ましい出来事もあったくらいだ。


 あの妖怪だらけの片田舎は、大人がいない場面では妖怪たちが騒がしい。ぬらりひょんのじいちゃんともよく将棋を指したり一緒に悪戯したりしていたし、オフの日の八尺様は身長差もあって大きなお姉さんと言う感じだったのだ。


 で、今。


「ギンコさん……。おコメちゃん、借りちゃダメ?」


「ダメじゃ。コメオから離れろ。半径一メートル以内に近づくな」


 俺の右腕をギンコが抱きしめ、左腕から頭にかけてを八尺様が包み込み、そしてちゃぶ台の反対側で一人気づかれずにぬらりひょんのじいちゃんがお茶をすする、と言う状況が出来上がっていた。


 新しい俺たちの宿でのことだった。


 今度の家は住宅地の中にある古めかしい一軒家だった。虫が良く出てくるのが玉に瑕だが、それ以外は居心地が良い。


 特に俺たちの部屋は二階にあって、そこには虫もいないので快適、といった具合だった。もう一つ幸運な点としては、家に他の宿泊者がいないこと。家主も「定期的に掃除しに来ます。次回は~」と書置きして、数日は現れる様子がないこと。


 お蔭でというかなんというか、俺たちはこうして、予約にないメンツも引き連れて居座る形になっていた。


「ええい群がるな! 散れ! 散れ!」


 俺はわー! と暴れて集まる女妖怪たちを追い払う。「おお、折角の両手に花がもったいない」と、ぬらりひょんのじいちゃんはからからと笑っている。


「とりあえず仕切り直すぞ。懐かしい面々が集まってるからすげぇやりにくいが、ここは強引に行かせてもらう」


「おお、よいぞよいぞ。これは頼もしい」とギンコ。


「コメオも見ないうちに成長したようじゃな。かっかっか」とじいちゃん。


「ぽぽぽっ。ではお任せしましょうか」と八尺様。


 ……いやマジでやりにくいけど頑張ろ。俺は一つ息を吐いて切り出す。


「とりあえずさ、八尺様、&じいちゃん、お久しぶりです。ご無沙汰してました」


「ええ、お久しぶりです。ぽぽぽ。すっかり大きくなったわね」


「うむうむ、久方ぶりよ。あの小坊主が立派になりおって」


 ノリが親戚の人のそれなんだよなぁ……。まぁいい。


「で、八尺様はアレだよな。俺にケンカ売ってきた……のをオンラインでやったってことで、多分だけど公開勝負的なのがしたいんだよな。んでじいちゃんは賑やかし」


 じいちゃんはからから笑って特に何も言わない。八尺様も、じいちゃんの付き添いに特にコメントはないようだ。俺は八尺様の言葉を待つ。


「ええ、そうね。おコメちゃんを見つけたから、興奮のあまりやってしまった、というのが大きいのだけれど」


 ぽ、と頬に手を当て僅かに赤面して言う八尺様だ。何とも表情豊かな「ぽ」だなぁと思う。笑ったり恥ずかしがったり荒ぶったり。汎用性が高い。ぽぽぽぽぽ。


「で、俺がブチギレてアンサーで『対決じゃあ』になったと」


「あんなに怒るコメオを見たのは久しぶりであった。その点は八尺様よ、よくやったぞ」


「ええ、ええ。昔から変わらずかっこかわいくて、これがわたくし宛てなのだと思うと、本当に身悶えしてしまったわ……」


 ぽー……、と八尺様は両手で頬を挟んで恍惚としたご様子。こいつら相手だと俺何やっても喜ばれる感じあるな。


「それにしてもおコメちゃん、アレだけプンプンしていたのに、実際に会ってみると冷静なのね」


 八尺様の問いに、俺は「そりゃまぁ」と答える。


「半分演出みたいなもんだし。裏でまでギスギスする必要ないじゃん。せっかく久しぶりに会えたんだから」


「お、おコメちゃぁああん!」


 再び抱き着いてくる八尺様。何もかもがボリューミーで柔らかくて、俺は目を瞑って涅槃の顔になる。


「なっ! またも抱きつきおって! コメオは儂のじゃ! 譲らぬぞ!」


 そして再び俺の腕を抱きしめて、謎に所有権を主張してくるギンコ。「まったく男冥利に尽きるなぁコメオ?」とはじいちゃんのからかいだ。


 俺はどうやってもワイワイしてしまうこの二人の前に、長く息を吐きだした。それから、一計を案じることにする。


 そんな訳で、俺から二人をぎゅっと抱きしめた。


「「!?」」


 二人とも、基本自分からぐいぐい行く癖に、他人から来られると弱いタイプだったらしい。俺から強く抱きしめると、一気に力が抜けるのが分かった。どっちの顔も驚きに目を丸くし、赤面している。


 俺はそれを見計らって、ぱっ、と力を抜く。二人は気の抜けたように、お尻からへたり込んだ。


 俺は声のトーンを落として言う。


「……満足した? 話戻していい?」


「あ、ごめんなさいね……」


「う、うむ。すまぬ……」


「本当に強くなったなコメオ」


 じいちゃんは感心顔。女妖怪たちはしゅんとして一歩下がる。


「ということで、ここまでで事実確認は済んだから、今後はどうしようかって話をしたいんだけど」


「今後! わたくしたちの今後ね!」


「公開勝負の今後な」


「おコメちゃんレスバ強くて隙がないわ……」


 俺はこの宿を指さす。


「ここ、実はダンジョンの入り口」


「え、そうなのおコメちゃん?」


「うん、そうだよ。だからさ、俺から提案するのは、ここで勝負しよう、ってことなんだ。で、このダンジョンってちょっと異質でさ。ざっくりというと『入り方が分かってない』『出方も分かってない』『一度入って出てきたら二度と入れない』っていう感じ」


 ぽぽー、と八尺様は口を丸くして聞いている。俺は続けた。


「だから、俺は三本勝負で考えてる。内訳は

1.どちらが先にダンジョンに入ることが出来るか

2.どちらが先にダンジョンをクリアできるか

3.最後は直接対決

ってな具合」


 どうよ。と聞くと、「いいわ、楽しそう!」と八尺様は両手を合わせる。


「つまり、ちょっとしたダンジョンにまつわる謎の早解きクイズ二回でじわじわ盛り上げて、最後に直接対決で雌雄を決しよう、ということなのね! いいわ、受けて立ちましょう!」


 何だか八年前を思い出してワクワクしてきちゃうわ、ぽぽぽ。と八尺様は上機嫌だ。そこで、ギンコが手を挙げる。


「コメオ。勝負の段取りはそちらで合意がとれたとして、儂はどこにいればよいのじゃ? というのは、カメラに儂が収まるのは良くなかろう」


 言われて、俺は「確かに」と考えが浅かったことに思い至る。ダンジョンへの入り方が分からない以上俺たちは家を歩き回ることになるし、逆にそれに合わせてこっそりギンコだけで移動している中でギンコだけダンジョンに飲まれたら、それはそれでよくない。


 宿がそのままダンジョンの入り口、というのを楽だと何となく思っていたが、そううまくは行かないもんだなぁと思う。


 そこで手を挙げたのが、ぬらりひょんのじいちゃんだ。


「なあ、ギンコや。お主コメオと二人きりを邪魔されて不満なのは分かるが、少しくらい気を利かせてやってもいいのではないか?」


 ニヤリと言うじいちゃんに、ギンコは「ぅぐ」と喉を詰まらせたような声。


「な、何を言うか……べ、別に儂は不満なんて」


「この家に入った瞬間から分かっておろう、ワシら妖怪は。コメオは人間、八尺様におかれても神。僅かに異なれば気づかぬであろうが、ワシらは分かる」


「? じいちゃん。それどういうこと?」


「このダンジョンの主はな、妖怪よ。中々力が強いが、新参じゃろな。そんなここの主が何を望んでいてどう満足させればいいかは、ワシらには手に取るように分かる。要は、それがこのダンジョンの謎ということよ」


「おぉ」


 流石妖怪の総大将。妖怪の事ならば一家言あるらしい。


「とすれば、ワシらはを避ければよい。それだけのことよ。『どうすればいいか』などと言って困らせるより、『この部屋にならばいても支障あるまい。ここで待っておるぞ』と告げるだけでいい」


「分かった! 分かったからぬらりひょん、もう黙れ」


 一方ギンコは、恥ずかしがっているのか怒ってるのか、顔を赤くして睨みつけ、じいちゃんを黙らせた。じいちゃんは飄々とした様子で肩を揺らして笑う。


「かっかっか。ということじゃ。二人とも、ワシらのことは気にせず、楽しくやってくれ」


 言いながら、じいちゃんはお茶をすすった。その落ち着きように、俺は「ああ、なるほど。この部屋がそうって訳か」と納得する。「ご明察じゃな」とじいちゃんはニヤリ。


「この狡猾爺め……ちゃっかりとここを茶飲み場にすることに成功して。盗人猛々しいったらないわ」


「案ずるな。ワシはこの行く末を見守ったら、責任をもって八尺様を連れ帰るぞ。可愛い孫同然の小坊主の様子を見に来ただけなのでな」


「ふん。ならばよい」


 老妖怪たちは簡単に決着をつけたようなので、俺も「じゃあ配信に移るか」と八尺様に呼びかけて部屋を出ることにした。


 その前に、と視聴者から突っ込まれて説明するのもあれなので、カバンから適当なルーズリーフ(大学用の抜き忘れた奴)を取り出して、『この部屋は勝負範囲外! 機材置き場にて勝負中進入禁止!』とデカデカ書いて、扉に貼り付けておく。


「中々配慮が吐き届いているのね、おコメちゃん」


「俺だったら絶対『その部屋は入んないの?』ってコメント打つからな。それでテンポ悪くなっても嫌じゃん」


 さて、と俺たちは古い家特有の急な階段を下りていき、靴をつっかけて家を出た。「おコメちゃん、武器は良いの?」と尋ねられ、「戦う系のダンジョンじゃないんだってさ。一応ソードブレイカーだけ持ってきてるし、これ以上は要らんでしょ」と答える。


 そしてハミングちゃんを出してあげ、そこにカメラを結び付ければ、俺は配信準備完了ということになる。それで八尺様を見ると、予想通り自走型カメラ……ならぬ、カメラを結び付けられた自走型キャリーバッグがそこにあった。


 キャリーバッグが自走型だったか……。羨ましいな。キャリーバッグを運ぶのって地味に重労働なので、それがないのは羨ましい。八尺様の腕力的には重労働に何の問題もないのだろうが。


「……八尺様、やっぱおもったよかハイテク民だよな」


「ぽぽぽっ。ぬらりひょんさんが新しい物好きだから、あの村は亜人ばかりの割には先進的なのよ?」


 微笑ましげに言う八尺様だ。道理でギンコよりも外来語がスムーズだと思ったら、と考えつつ、俺たちは軽く配信の段取りを決めていく。

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