第51話 対決配信、初見RDA

 意識を取り戻すと、そこは住宅街の路地のど真ん中だった。


「……?」


 俺は周囲をキョロキョロと見渡して、近くにハミングちゃんを見つける。


 チチッと鳴き声を上げて、ハミングちゃんは俺に頬擦りだ。「おぉ~しよしよし……」と俺は寝ぼけながらハミングちゃんを撫でる。


『コメオのガチ恋距離きたな』『ハミングちゃんとイチャつくな俺とイチャつけ』『ヴッ(心肺停止)』


 そんでもってコメントのやかましさに我に返った。


「あっ!? 今配信中じゃん!」


『草』『草』『#コメオ起きろ』


 俺かガバッと体勢を整えて周囲を警戒した。だがよくよく考えれば、さっき見渡した時点で俺のアンテナに引っかかんなかったのだから、脅威なんてなかった。


 平和。


「うおぉおお……起床。つーか体についてる埃の量ヤバい。おーい、俺どんだけ寝てた?」


『小一時間』『おはよう』『一分くらい?』『十時間寝てたぞコメオ』


「ダメだ誰一人として信用ならねぇ。多分この中に真実を言ってる奴は居ると思うんだけど、他のフェイクが多すぎて見わけがつかん」


 まぁ普通のテンションで見ているということは、恐らくさしたる時間は経っていないだろう。俺は軽いストレッチをしながら、「しっかし」と三度周囲をキョロキョロ。


「ここどこだ? 絶妙に見たことあるような無いような」


 住宅街の静かな夕方といった感じだ。赤く染まり行く空。誰かの家の屋根から、西日が眩しく差している。


 さっきの謎の影に招かれたのだろうという事は分かるが、それだけ。俺たち以外に何の音も聞こえない。


 ひとまず俺は、最重要項目をコメントに尋ねる。


「なぁ、……第一勝負って、どっちが早かった?」


『八尺様』『八尺様がダンジョン入りした時の悲鳴をコメオが聞きつけたんやぞ』『コメオが先なわけwwwwww』うっざ。


「そうだよなぁそりゃ。しゃーなし。次の勝負は取りに行かなきゃなぁ」


 つーか八尺様はどこだ。と呟くと、ハミングちゃんがチチッと鳴いた。


「……もしかして、ハミングちゃん把握済み?」


 またもハミングちゃんはチチッと鳴く。思わず俺は叫びたくなった。流石俺の愛鳥。なんて可愛くて有能なんだ。


「ハミングちゃん! 帰ったら極上のドライフルーツやるからな!」


 チチッと鳴いてハミングちゃんは羽を広げた。嬉しい時の所作である。可愛い。ハミングちゃんは無限に可愛い。


『コメオがハミングちゃんとイチャつくとき、視聴者もコメオとイチャついているのだ……』


 んなわけねぇだろ。


 ということで俺はハミングちゃん相手に鳥翻訳アプリ『ピヨトーク』を起動する。その上で「ハミングちゃん、八尺様はどこにいた?」と尋ねると、チチッと可愛らしく答えてくれる。


 その翻訳内容はこうだ。


『ご主人様大好き!』


「うぅ~ん、俺もハミングちゃんのこと大好きだよ!」


『草』『可愛いけど何の役にも立ってないw』『ハミングちゃんかわえぇwww』


 くっ。と俺は歯噛みする。愛鳥なことには変わりないが、やはり意思疎通を図るのは難しかったか……。


 そう思っていると、さらにハミングちゃんはもう一鳴き。


『こっち来て!』


 そのままハミングちゃんが飛んで行ったので、俺は、「お」と声を漏らしながらついて行く。


 するとその先で、八尺様が首を傾げて、所在なさげに立ち竦んでいた。そばには自走型キャリーバッグがちゃんと付き従っている。ハミングちゃんナイス!


「あ! おコメちゃん!」


 八尺様はこちらに近寄ってきて、勢いそのままに俺に抱き着いてこようとする。だが配信でそれをやられるとマズいかもなので、するりと避けた。


「お、おコメちゃん……何も避けなくても……」


「配信中でそれはあんま良くないから」


「そ、そう……」


 ぽぽぽ……と八尺様残念ぽぽぽ。コメ欄に突っ込まれる前に、俺は本題に切り出す。


「八尺様、こっちに来てからどのくらい?」


「ぽ? わたくしも先ほど起きたばかりだから、確かなことは言えないけれど……多分数分と経っていないと思うわ」


「おっけ。タイムラグ的には違和感はないな。他には何かある? 例えば、俺たちをここに招いた奴をここで見たとか」


「そうねぇ……見てはいないけれど、妙なのをいくつか把握してはいるわね」


 ほう?


「妙なのってのは?」


「そこの曲がり角を見ていて」


 八尺様の指さす方向を見る。すると、そこから人影が現れた。


 パッと見、ただの女性に見えた。マスクをして、季節外れにコートを着た長髪の女性。ただ、何か見覚えがあるような気がして、俺は彼女を見つめていた。


 女性は俺たちに気が付くと、近づいてきて、ねっとりした声で言った。


「ねぇ……アタシキレイ?」


 俺はハッと気が付いて、「あ、あの……」と申し出る。


「サイン、貰えません?」


「……」


「……」


『草』『なんでやねん』『いやでも口裂け女のサインは確かに欲しい』『口裂け女にあったらポマードって唱えるかべっ甲飴じゃないんか』『そうか、サインか……新しい攻略法見つけちまったな』


 コメ欄の推察通り、ここにきてこの格好このセリフは口裂け女さんだろう。八尺様より一世代前の都市伝説のレジェンドである。何ともいえず住宅街が似合うのは流石というかなんというか。


 一応説明しておくと、口裂け女とは、マスクにコートの女性だ。「アタシってキレイ?」と尋ねてきて、「はい」と答えると「これでもかぁあああ」とマスクを外してくる。すると耳まで裂けた口が露出して、ナイフを持って追いかけてくる、という都市伝説だ。


 小学生になると、どこからともなくこの噂を仕入れてくることになる怪談筆頭である。要するに、超有名人なのだ。


 さて、そんな超有名人の口裂け女さんの返答は。


「……どこに書く?」


「っ! こ、このシャツ! このシャツにお願いします!」


 思いのほか快諾のようだったらしく、俺はバッと広げたTシャツに、サインを書いてもらう。ちゃんと「口裂け女」といかにもサインっぽいデザインでささっとかける辺り、もしかしたら練習済みだったのかもしれない。俺も練習しておくべきか。


「名前は?」


「あ、コメオ君へ、でお願いします。コメオはカタカナで」


「随分古風な名前なのね」


「古風……? あだ名みたいなもんで」


「『コメオ君へ』……っと。これでいい?」


「はい! ありがとうございます!」


 俺は図らずして都市伝説のレジェンドにサインをもらい、上機嫌だ。いやかなり嬉しい。やったぁ。


「ふふっ、サインを求められたのも初めてだし、こんな喜ばれたのも初めてだよ。だから、ついでにこれもあげる」


 口裂け女さんは、俺に何やらかけらのようなものをくれる。何やこれ。


「鍵の破片。私みたいなのと戦ったり交渉したりして、いくつか集めるとダンジョンクリアだよ。頑張って」


 じゃね、と口裂け女さんは、結局マスクを一度も外さずにいなくなった。俺はサインをまじまじと見つめてご満悦だ。ほくほくである。


『超嬉しそうで草』『コメオって結構ミーハー?』『口裂け女にサインを求めるのはミーハーで片づけて良いものか』『うーんクソ度胸』


 そんなコメントが流れる中で、俺は一つのコメントに目を付けた。


『ひとまず、これでRDA的にはコメオが一歩リードだな』


 あ、と俺は勘づき、それから八尺様を見る。


「ぽ? どうしたの?」


「八尺様。……俺ぇ、八尺様よりぃ、一歩、リードしちゃったねぇ!」


「あ! 本当ね。すごいすごい」


「……」


 俺はハミングちゃんのカメラに向かって叫んだ。


「コメ欄! なんかすげぇイキリにくいんだけど! 八尺様すごい純粋に俺のこと褒めてくるからものすごい煽りにくいんだけどどうしたらいいと思う!?」


『知らんがなwwww』『八尺様のこの天然お姉さんっぷりを前に煽り合いは無理でしょ』『俺も八尺様に「今日も生きててすごいすごい」って言われてぇなぁ』


 他人事のコメ欄に、俺はぐぬぬと渋い顔。それを受けて、八尺様はハッとし、慌ててこう言った。


「え、えっと、ふ、ふふん! そのくらいわたくしも、すぐに追いついてみせるんだから!」


『可愛い』『ちょっと無理してる感があるの可愛い』『元の性格が良いんやろなぁ……』『八尺様無理に煽ろうとするとツンデレっぽくなるのいいな』


「おコメちゃぁあ~ん……」


「がっ、頑張れ! 悪くなかったから! 方向性的には間違ってなかったから!」


『本当この二人の絡み可愛いな』『基本二人とも性格いいし仲もいいんだよな』『いい子が悪ぶってるのを見る微笑ましさがここにある』


 もう何かぐっだぐだだが、それでもケンカコラボは終わらない。終わらないったら終わらないのだ。


 そこで八尺様は、「ぽ」と何かに気付いたように声を上げた。「どしたん」と声をかけると、八尺様はこう言う。


「そう言えばさっき、おコメちゃん、わたくしに『何か無かったか』って聞いたわよね?」


「え、うん。聞いたよ」


「つまり、おコメちゃんは、わたくしとは違ってってことよね……?」


 俺はその言葉に、沈黙せざるを得ない。いやそうだよ。分かる訳ないじゃん何で分かるんだよむしろ。


「……おコメちゃん?」


「なん、でしょうか」


「わたくしが今から全力疾走したら、わたくしの一人勝ちかしら?」


「いや……そうとも限るとも限らないとああ! ダッシュで逃げやがった!」


 八尺様は爆速で走り去った。身長がある分俺よりも幾分か早いその走りは、俺では追いつけないだろう。俺はアチャー、と顔を押さえてから、ニヤリとこっそり笑う。


 うむうむ、ケンカコラボっぽくなってきた。んじゃ、俺も本気出しますかね。


 と、俺はかつてキッシー君とこのダンジョンで使った拡声機を取り出して、大声を上げた。そして『ぎょえーくん』を立ち上げ、周囲一帯をマッピングする。


『お前ひとりでも全然何とかなるじゃねぇか』『こいつ隙だらけに見えて実は全然隙がないな?』


 俺は「さぁ何の事だか」ととぼけつつ走り出す。八尺様が走る方向は分かっている。明後日の方向に走り出して、一度俺を撒いてしまおうという魂胆だろう。そう。俺がそういう風に勘違いするように仕向けたのだ。


 だから俺がすべきは、ただ最短距離で最速で次の怪異を補足すればいい。そうしてたどり着いた十字路には、人面犬がごみを漁っていた。


「んぁ? んだよこっちみてんじゃね、ぎゃぁああああ!」


 俺がスライディングで人面犬を確保にかかったので、おっさん顔の人面犬は悲鳴を上げて飛び上がった。だが逃げようとしても遅い。お前はすでに俺の手中。


「ぐっ、放せ! 放しやがれ人間ごときが! 噛みついてやろうか!」


「鍵の破片ちょーだい?」


「あぁん!? んなモン持ってねぇよタコ! いいから放、ごめん、分かった、分かったからさ、渡すから待てよ、な?」


 俺がそっとソードブレイカーを人面犬の首に沿えると、一瞬にして人面犬は態度を翻した。怯えた様子で、「その、俺持ち歩いてないからさ? 案内するから下ろしてくれよ」と懇願してくる。


 俺は答えた。


「断る。お前逃げるつもりだろ? バレバレだぜ。つーかお前俺のこと騙そうとしたってことかそうか。じゃあもうここで殺すしかないな」


「あああああ! 分かった! 首輪の裏だ! 首輪の裏に埋め込んである! それ取ってけ!」


「ありがとさん」


 俺は人面犬の首輪から鍵の破片を取り出して、人面犬を解放した。「クソがッ! 覚えてやがれ!」と捨て台詞を吐いて人面犬は走り去っていく。


 俺は手にした鍵の破片二つをくっつけてみて、大体どんな感じになるのか想像した。恐らく、後三つ程度必要だろう。ニンマリ笑って、俺は呟いた。


「いいね、RDAらしくなってきた」


『一人になった瞬間コメオの動きえげつなくなったな……』


 的確に図星を突いてくるコメントに、「うっせ」と俺は毒づいておく。

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