第8話 旧雑司ヶ谷駅ダンジョン 攻略2
背後から、鬼子母神様が追ってきていた。
「人の子の割に、随分と足が速いのねぇ。早歩きだと追いつけないわ」
『やべぇよやべぇよ』『なにあのゆっくりした超スピード』『コメオと俺じゃなかったら追いつかれてたな』お前誰だよ。
「いやー、やっぱ神系のボスは油断ならねぇっつーかさ。すごみみたいなのあるよな」
『分かる』『それメンス』『あー……』
コメント欄と雑にやり取り。こんな悠長に話しているのは、実はちょっと退屈しているからだ。
というのも、今俺は、旧雑司ヶ谷駅ダンジョンの割と地下の方。駅のホームで無限に走っていた。視界の先はぼんやり薄暗く、ホームが異様に長いため、追いつかれないにしろ一旦箸休めでもしておこうかな、という雰囲気だったのだ。
「だからさ、鬼子母神様にあだ名付けて親しみやすさを演出しようかと思うんだが、お前らどう思う?」
『ボスプスニキ……』『八尺様式調伏方法やめろ』『オタク君見てるー? 君を追いかけてた八尺様がイキ狂うところ、ちゃんと見ててあげてくれよな~!』
「強力だよなぁ萌えキャラ化式調伏法。八尺様とは一回やりあったことあったんだけどさ、やっぱ怖くねーのよ。ムチムチで見上げるほどデカくてさ、もうね、やばい」
『語彙力』
視聴者のツッコミを俺は華麗にスルーしつつ、「んー」と俺は考える。
「キッシーとかどうよ」
『小学生のあだ名かよ』『コッメー、冗談は顔だけにしてくれよ』『センスゼロ』
「は? じゃあお前ら考えろよ! キッシー以上のあだ名付けてみろよ!」
『鬼ママ?』『ママ神様』『ママ鬼』『ママ上』
「お前らのその『ママ』に対するこだわり何なの? 最後の方ただのママだし」
『キッシーママ』『草』『同級生のお母さんかな?』『キッシー君のお母さんなんやろなぁ……』
コメ欄のノリ的にキッシーママに決まったらしい。以後鬼子母神様をキッシーママと呼ぶ。
とか言いあってると、背後にゾクッと殺気を感じて、俺は飛び込み前転で回避した。それから体勢を整えて振り返ると、一瞬前まで俺が居た場所に、キッシーママの爪が突きだされている。
「あらあら……。本当に、異常なほど戦い慣れた子ね。一体全体どれほどの死線をくぐれば、それほどの実力を身につけられるのかしら……」
俺はニヤリ笑って、こう答えた。
「これでもRDA歴十年のベテランですよ。キッシーママくらいのボスなら、何十人と相手してきました」
「そう……それは壮絶な人生を。今私のことなんて呼んだ?」
「鬼子母神様」
「え、ええ。そうよね。ええ……」
「それでキッシーママ。このホームいつまで続くんですか? 疲れたとかはないんですけど、そろそろ飽きてきてて」
「やっぱり変な呼び方してる! キッシーママ!? なにそれ!? 私そんな呼ばれ方したの十数世紀生きてきて初めてなのだけれど!」
まぁ普通鬼子母神様にあだ名付けようぜ、なんて流れにならんからなぁ。罪深きは名付け親の視聴者である。『キッシーママ……』『ママか……閃いた』『通報した』と謎のやり取りが発生している。
それはさておき、折角キッシーママが動揺している間に、俺はホームを見回し状況把握だ。ずっと続く道などない。ローグライク型ダンジョンだったとしても、全体のサイズは一定だ。旧雑司ヶ谷駅は都心にふさわしいだけの複雑性があるが、これほどの巨大さはないはず。
「ほんと仕掛けだらけのダンジョンだな。このパターンは……何かが化けてる」
俺はロングソードを翻し、地面へと突き立てた。すると地面が急激にしぼみ、そしておぞましい雄たけびを上げながら屹立した。
「うおお、投げ出される」
『緊張感なくて草』
俺は立ち上がるホームから大人しく滑り落ちて、線路に落下した。だが、この程度の窮地は慣れっこというものだ。慌てず焦らず、俺は「スキルセット、着地」と唱える。
俺は手の指先から地面に触れ、手首、肘と関節を緩やかに曲げて、転がるように地面に着地する。最後に、足で思い切り地面を蹴飛ばして、勢いよく前方に自らを射出した。
『上下反対型五点着地かよ』『こいつマジですげーな』『スキル予約してるし、何かアプリの補助も入れてんなこれ』『またレタチョコで聞くか』『「Tatsujin」あたりかねぇ』お、正解。
純粋な称賛の声が気持ちいい。俺は射出の勢いで距離を確保して、ロングソードとソードブレイカーを構えた。
巨大な敵は、肉塊の集まりのように見えた。だが、よくよく見てみると、その一つ一つが人間の死体であることが分かる。それが寄り集まって、巨人のようになっているのだ。
「きも」
『SAN値減少0かよ』『やべーな旧雑司ヶ谷駅』『ごめん流石にこれはキツイ。切り抜き待ってる』
俺とは違い、コメントではそれなりの人数が厳しいと去っていった。一方そんな俺を見て、キッシーママは感心したような言葉を口にする。
「落ち着いているのね。本当に油断ならない子。幻影を破り、食い残しの集合体に恐れおののく様子もなく、ただ淡々と敵を見据えている……」
キッシーママは、目を細めて言う。
「そろそろ、侮るのはやめた方がいいかもしれないわね。コメオ、あなたは恐ろしいモノノフ。私の全兵力でもって、縊り殺してあげる」
「光栄だな。けど、そいつ一人じゃあ役者不足だぜ」
「それは、試してみてのお楽しみよ」
線路が震えるほどの重低音で唸り、デカブツはこちらに巨大な拳を振るってきた。俺はそれを、慣れた所作で立ち向かう。
「スキルセット、パリィ」
俺の口がアプリの命令に従って高速で蠢く。俺の身体が俺の身体技能を超えて適切なパリィ動作を決める。
そして、概念抽出魔法が弾けた。【パリィ】【付与効果武器破壊】。二つの効果が、物理法則を無視して現実に適用される。
効果は、鮮烈だ。
デカブツの拳は呆気なく弾かれ、ボロボロに散っていった。本来ならここで詰めろを掛ける俺なのだが、今回はまず、キッシーママの無敵の秘密を暴く必要がある。
であれば、少しド派手にやらかしてみて、反応を見るのがいいだろう。
「メイディー、『Wanderful』立ち上げて」
『はい、コメオ様。何をお流ししますか?』
バーチャルメイドアプリのメイディーがARディスプレイに表示され、微笑みを浮かべて音楽アプリ『Wanderful』を立ち上げた。だが、ここでノリのいい音楽でも流して雰囲気を変えよう、というのではない。
「SEフォルダの『駅構内ダンジョン・召喚用1』で」
『かしこまりました』
メイディーがかわいらしくぺこりとお辞儀をして消える。俺は即座にポケットデバイスを取り出した。
流れ出すは、誰でも聞いたことのあるあの音だ。
『ガタンゴトン~、ガタンゴトン~』
俺のデバイスから、実際に電車の走る音が再生される。これはARディスプレイと違って、物理的に存在する音だ。俺以外の誰にでも聞こえる音。アプリの性能で、まるでそこに電車が走っているような走行音が響く。
同時俺は、とある魔法を唱えた。それは概念抽出と似て非なるもの。行動に付随する結果を強制的に現実に当てはめるのが概念抽出なのだとすれば、これは痕跡から実態を召喚する魔法。
その名も、過去召喚魔法。
線路があり、音がある。過去の痕跡は揃っている。そこにこの魔法の詠唱がなされたのなら、その痕跡が示す連想と幻想は、現実として召喚される。
「さ」
俺はのけぞり、線路側に倒れこもうとするデカブツを眺めながら言った。
「過去が、お前の後ろからやってくるぜ」
そして。
デカブツを、電車がひき殺す。
キィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイ! という、鼓膜を破り散らかすような激しい金属音が、周囲一帯に響いた。俺は「うえー」と言いながら耳をふさぐ。コメント欄は『ぐああああああ』『あれ? 急に音ないなった』『急にやめろよ~』『鼓膜換えなきゃ』と地獄絵図だ。
デカブツは電車の突撃をもろに食らって、全身バラバラに飛散する。即死だったのだろう。体のそれぞれが粒子になって消えていった。
顔面蒼白なのは、キッシーママだ。
「……え……? どういう、こと……? このダンジョンはとっくに廃線済みで、電車なんか通る訳がないのに……」
騒音と風をまき散らしながら、電車は線路を走り抜けていく。俺はクックと笑って答えた。
「さぁ、何でなんだろうな? 俺にはさっぱり分からないな~」
「ふ、ふふ、何て白々しい……!」
悔しそうに歯ぎしりするキッシーママ。あれだけ上手くやられて、屈辱なのだろう。
もっとも、ここまで見栄えのする一撃になることも少ない。俺はほくほくしながら、衝撃の瞬間の一秒前の動画画像をツイットに流しておく。うーんこれは神構図。
そこで俺は、さて、と仕切り直すことにした。ここまでは布石だ。ここからは、俺の舌戦にかかっている。
「さて、キッシーママ。これで状況が変わったのは分かるよな? 俺はアンタの秘蔵っ子その1を、今みたいに軽ーくのしちゃえる技をたくさん持ってる。それでなくても、今の電車アタックは脅威だ。だろ?」
「何が、言いたいの」
「不死身でも、ホームを走る電車に巻き込まれて、ぐちゃぐちゃになりたくねーだろってことだよ」
本当は出来もしないようなメチャクチャなブラフだ。過去召喚魔法はあくまで過去を召喚する魔法。存在しなかった過去は召喚しようがない。
だが、概念抽出も過去召喚も、かなり最新の魔法だ。神が知っているとは思えない。事実、キッシーママは冷や汗を流しながら、顔から完全に血の気を失わせて後ずさった。
「それとも、そうするか? キッシーママを電車でぐちゃらせといて、俺は悠々アンタの不死身の秘密を探る。アンタは体が飛び散ってるから身動きが取れない。もちろん抵抗も邪魔も出来ない。んで、俺は仕掛けを解いて、無抵抗なキッシーママをサックリ殺す」
仕掛けの秘密が見つかるまでは、全身激痛だろうなぁ。俺は恐怖を煽るように独り言。キッシーママはとうとう震えだし、涙目で無言のうちに逃げ出した。
俺はキッシーママに聞こえないように呟く。
「おし、狙い通り。ハミングちゃん、追跡だ。俺はちょっと別ルートでやりたいことがある」
チチッと鳴いて、ハミングちゃんはパタパタキッシーママを追いかけていった。俺はデバイスをハンディカメラモードにして、配信画面に接続する。
「さーて、何となくキッシーママの秘密が分かってきたから、解説しながらそれを解きに行くぞ~」
『クズゥ……』『神をも詐欺に掛ける男』『音量注意』『激遅音量注意くんすこ』『これはコメクズ』『キッシーママ泣いてただろ!』
「お前ら誰の味方なんだよ」
ブラフでハメたのがコメ欄的には気に食わなかったらしい。わがままな奴らだな、と頭を掻きながら、俺はキッシーママの真反対に走り出す。
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