第9話 旧雑司ヶ谷駅ダンジョン 攻略3


『さっきの魔法何?』『過去召喚魔法つってた』『幻想魔法体系の一つだよ』『どういうこと?』『概念抽出魔法の仲間ってこと』『はえーすっごい』『んで、仕掛けの秘密って何よ』『最近の魔法よく分かんねぇや』『大学魔法っておもろいなぁ』『うんち!』


 思い思いのコメントを聞きながら、俺はひたすらに階段を2段飛ばしで駆け上がる。


「仕掛けの秘密はどうせこの後で解説タイミングあるから一旦おいとくとして、過去召喚魔法の話でもするか?」


『待ってました』『過去召喚魔法は概念抽出魔法よりも使い勝手良さそう』『そうか?』


 反応的にいい感じなので、俺は解説を始める。例のごとく一度咳払い。


「過去召喚魔法ってのはさ、要するに過去を召喚する魔法で、基本的には警察が事件調査とかで使う奴なんだよ。痕跡の数が上がれば召喚する過去の精度も上がって、最終的には本人を召喚してそのまま逮捕、ってな具合になる」


『へぇえ』『最終的に本人が召喚されるのか』『そういや警察って見たことないな』『大昔は交番に常駐してたって漫画で読んだけど』


「警察は俺たちがそうと知らないだけで、割とうろついてるぞ。俺もよく精神魔法でピリッとくるし、多分覗かれてんだなーってなる」


『ひえ』『そうなのか』『知らなかった』『精神魔法って何?』『キッズは大人しく高校魔法を修めろ』


「だからさ」


 俺は階段を上り終え、長い廊下にたどり着いた。エスカレーターを平たくしたみたいな自動床が駆動している。動く歩道という感じ。動かない道はなく、両方向に動く歩道がベルトコンベアーを回している。


「さっきの電車とかも、あれそのものには乗れないんだよな。止まることもないし、運ぶことも出来ない。そういう意味では部分的な召喚にすぎないんだよ。詰まる話、あれは走る鉄の塊でしかない」


 で、ここから本題な。俺はその辺のゴミを拾いながら、自らの考えを話し始める。


「何でハミングちゃんと別動隊になって色々やってるかってーと、あの電車に人が乗ってたからなんだ」


『は?』『んん、意味が分からん』『乗れないはずの電車に人が乗ってた……ってコト!?』


「そうそう。矛盾が起こってたんだよな。あり得ないはずのことを為した何者かが居る。で、さらに考えるのであれば、そいつが電車に乗らざるを得なかったのは何故かって話でさ」


 俺はゴミを動く歩道に投げつけると、動く歩道は特に反応しなかった。俺は首を傾げながら近寄ってみる。


「過去召喚魔法は無から生じる。その過程で、電車に乗り込むことで辛うじて轢かれることを避けた奴が、多分乗ってたんだ。つまりキッシーママの手下ってことだな。全兵力って言って一人しか出てこなかったのは、そういう事だと思う」


『呼び寄せたつもりだったのが、過去召喚魔法に巻き込まれて出てこれなかったのか』『キッシーママ可哀そう……』『じゃあ今コメオがやってるのって、そいつの捜索ってあたりか』


「鋭い奴が一人いたな。ま、そういうこった。で、もしかしたらそいつがキーを握ってるんじゃねーかと睨んで俺はここに来たわけだが……」


 動く歩道は、俺が足をチョンと乗っけても反応しない。つまり、ワナじゃない設置物という事だ。普通のダンジョンではこういうものがかなりあるのだが、死にダンでは一気に数を減らす。


 だが、今のように皆無という訳ではない。そういうときに共通するのが―――


「スキルセット、ソナー」


 俺はアプリに従って「ほ」と「は」の合いの子みたいな声を出した。同時に統括アプリで帰ってくる微弱な音の反射を拾えるアプリを立ち上げ、簡易的なマッピングをする。


 この道は一本道で、そのまま行くと行き止まりのようだった。こういう設計の場合、ダンジョンの多くには何かが隠されている。


 だが、今重要なのはそこではなかった。


 何せ、動く歩道上を走って、高速で俺に接近してくる奴がいたのだから。


「スキルセット、パリィ」


 俺は迎撃態勢を整え、少し待機時間を入れて待ち構える。角から敵が現れたタイミングで待機を解き、ちょうど敵との激突に合わせた。


 敵は和装を身にまとった少年だった。片手に長い剣を持ち、キッシーママと同じ羽衣で顔を覆い隠している。奴は動く歩道の勢いに乗って、一気に俺に肉薄してきた。


 そのまま一閃が来る。だが、俺はとっくにパリィのための準備も詠唱も間に合わせている。いつもの通り、弾いて壊して詰めろだ。俺は息を吐き、パリィを始める。


 ―――それは、油断だった。


 少年は俺との激突の寸前で、一瞬だけ動きを止めた。フェイントではない。行動を僅かに遅らせることで、こちらの調子を崩す戦法。俗に言うディレイを入れてきやがった。


「ぐっ」


 そして、俺のパリィはこのディレイにハチャメチャに弱い。何故なら、概念抽出魔法の受付時間はコンマ一秒未満。それを逃せば、俺のパリィはただの短剣での斬りかかりに過ぎない。


「よくも母上を脅かしてくれたな、人間。その咎、命で償え」


 少年の長剣はあっさりと俺のソードブレイカーを押しのけ、俺を肩口から斜めに深く切り込んだ。深さはちょうど鳩尾のあたり。一拍おいて、焼けるような痛みが俺を襲う。


「ぐっ、ぐぁぁぁあああああああ!」


『うおおやべぇ』『ピンチじゃん!』『逃げろ!』『何かこの敵もヤバそう』『キッシーママの息子も強いんだよなぁ雑司ヶ谷』


 俺は悲鳴を辛うじて噛み殺す。少年は剣を俺の身体から抜いてさらに斬撃を食らわせようとしているようだが、そうは問屋が卸さない。俺は体に深くめり込んだ剣を掴んで、ソードブレイカーを噛ませる。


「スキルセット、ウェポンブレイク!」


 アプリからも立ち上げてくれる。こういうときアプリは助かるのだ。


 俺一人であれば、焦って詠唱もうまくいくまい。痛みでろくに動きも取れまい。だが、アプリはそのすべてを解決する。何故なら、スキルの発動も、詠唱も、俺の自由意志ではなく予約に従って勝手に行ってくれるからだ。


 ウェポンブレイクのスキルは、『Tatsujin』というスキル再現アプリが俺の能力を超えて達人の行動再現に俺の身体を突き動かす。俺の口が回らなくとも、『マルチチャンター』が俺の口を登録通りの詠唱には知らせてくれる。


 そしてそう言った複雑な処理の全てを、戦闘統括アプリ『ブレイカーズ』がセットで自動予約するのだ。


 結果として概念抽出魔法が発動し、俺のソードブレイカーは力任せに少年の長剣をへし折った。少年は目を剥いて後退する。だが、俺はそれを逃がさない。


「スキルセット、縮地、麻痺毒、薙ぎ払い」


 俺は即時発動のスキルセットで一気に少年に距離を詰める。勢いそのままに毒クナイを少年に突き刺し、さらにロングソードで薙ぎ払いをした。少年は鈍った動きで回避を試みる。薙ぎ払いは皮一枚を裂くに留まる。


 けれど、ここで逃がすものかよ。


 俺は撮影デバイスを投げ捨てて、両手でロングソードを握る。


「スキルセット、連撃」


 俺はさらに前に出て、ロングソードをやたらめったらに振り回した。少年は後に後に下がるが、俺の追いすがるスピードの方が僅かに早い。避けられ、避けられ、避けられ、―――そして、捉えた。


「じゃあなクソガキ。次はお前のママ上だ」


 俺のロングソードは少年を打ち砕く。皮を裂き、肉を斬り、骨を断った。だが油断しない。残心。俺は少年を切り刻みながら、もう一度「スキルセット、連撃」と唱える。少年は筋を斬られ、殴打にも似た斬撃に無力化され、そして沈黙した。


 滅多打ちが終わった後、少年は爆ぜるように粒子と化した。そしてその中から、小さな鍵が現れる。


『おいコメオ大丈夫か?』『撮影器具落としてんよ、おーい』『つーか致命傷だったよなさっきの。もう死んだか?』


 俺は息絶え絶えで答える。


「生きてるよ、この野郎ども。あークソ、ごぽっ、血が止まらんし何なら吐いちまった……。まぁいいや、このままやろう……。グロいからしばらく放置な」


『何だよ~』『ここにはグロに耐えた強者しかいないぞ』『さっきの巨人に比べたらマシやろ』


「うるせぇな。拾いに戻るのもキツいんだよこっちは……」


 よろめきながら鍵を拾う。手が血だらけでぬるぬる滑るのが、非常に不快でならない。俺は壁に体をこすりつけるようにして進み、そしてそれを見つけた。


 それは、仏壇のようだった。しかし扉が鍵で閉ざされている。鬼子母神の逸話ってどんなだっけ、と思いながら、俺は鍵を差し込み、回した。


 扉を開くと、中から出てきたのはお釈迦様の仏像だ。何故か目に覆いがされている。俺はソードブレイカーでそれを破った。お釈迦様と目が合う。お釈迦様はニッコリ笑う。


「……これで、仕掛けは解かれたってことか」


 振り返る。右手に抱えていた赤子を失ったキッシーママが、両手に爪を伸ばし、おぞましい鬼の姿でそこに立っている。


「よくも、よくもよくもよくもよくも、私の、私の子を、私だけの子を。ゆる、ゆるせ、許せない許せない許せない許せない」


「うるせぇなぁキッシーママ。御託は良いからやり合おうぜ」


 俺はロングソードを構える。出血的に、俺の寿命は残り一分もないだろう。だから一分で殺す。そうすれば攻略は完了だ。


 キッシーママは首をギチ、と傾けた。見開かれた目は充血しきっていて気味が悪い。これがあの美人だったキッシーママなのか。


「八つ裂きにして、食って、あの子の代わりの新しい子を産みましょう」


「発想がこえーんだよババア。さっさとかかってこいや……」


「キェェェェェエエエエエエアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 鬼のような叫び声を上げて、キッシーママはとびかかってきた。俺はもうろうとする視界の中、力なくほくそ笑む。


 俺の勝ちだ。


「お釈迦様、叱ってやってくださいよ……」


 俺は崩れ落ち、その背後からお釈迦様の仏像が輝いた。発動したのは過去召喚魔法。今や仏像には、本物のお釈迦様が宿っている。


 状況としては、そこには向かったのがキッシーママということになる。ならば、起こるのは過去の逸話の再現。まぁよく知らんが、お釈迦様が目隠しされてここにいるんなら、目隠し解いて過去召喚すれば解決すんだろの精神だ。


 キッシーママはお釈迦様の光に飛び込み、そして消し飛ばされた。わーお。これがお釈迦様の御威光って奴か。その前身は、粒子になる前に灰になって散らばる。そして地面に落ちる前に、やはり粒子と化した。勝利。


 しかし。


「やべー……。色々持って帰んなきゃならんのに……」


 俺は全く動かない四肢に呻く。勝ったは良いが、どうしようもねーぞこれ……。視界ヤバいし。ほぼ真っ暗だ。何度も死んだからよく知っている。死ぬ寸前の奴である。


 そこで、ハミングちゃんが飛んできた。心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。「おーおー……よく戻ってきてくれたよ……。荷物とか、よろしくな……」と言い残したところで、俺は最後の力を使い切った。


 意識が途切れる。遠くでコメントが何か言っている。どちらにせよ、結果は同じだ。


 俺、旧雑司ヶ谷駅ダンジョン、初見クリア達成である。


 死。











 起きると雑司ヶ谷の家のベッドだった。


「ん、起きたかコメオ」


 ギンコが俺の顔を覗き込んでいる。かなり至近距離で、動く耳がタシタシ俺の鼻を叩く。


「うぁあやめろぉおお。寝起きにもふもふ攻撃はやめろぉおおまた眠りにつきたくなるぅうう」


「ふふ。配信準備が終わってから、お前の配信も見ておったぞ。中々激しい戦いだったではないか。ハラハラさせおって」


 五尾もあるしっぽでわさわさ俺の身体をくすぐってくる。やめい。マジで抱き枕にして寝ちゃうぞこの。


「ハラハラもクソもないだろ。死んでも生き返るんだから」


「……そうじゃな。死んでも生き返る。コメオが無茶をしても、胸が張り裂けるような思いをせずに済む。いい時代よな」


「思わせぶりなこと言ってくれてよ」


 俺は上体を起こして、くくっと伸びをした。暗がりに包まれた窓の外で、ハミングちゃんが荷物を抱えてコツコツ窓を叩いている。招き入れると、ハミングちゃんは相当心配だったらしく、俺に肩にとまって頬ずりだ。なんと可愛い愛鳥だろうか。


「ん、心配かけたな。まぁ死んでるから心配とか通り過ぎてる感あるけど。荷物もありがとうな。ほれご褒美」


 ハミングちゃん用に用意してある小鳥用オヤツのリンゴのドライフルーツを差し出すと、ハミングちゃんは上機嫌でパクついてから、また頬ずりだ。「本当に懐かれておるの」とギンコは他人事のように言った。


「ダンジョンにおける俺の相棒だから。―――さて、攻略も済んだし、今日はこんなもんだな」


「こんなもんにしてもらわねば困る。外を見ろ」


「確かに真っ暗」


 ARディスプレイを見たら、もう七時じゃん。夕食時だ。


「夕餉の準備は済んでおるぞ」


「お、やったね。今日の献立は?」


「稲荷ずしと鶏肉の照り焼きを作った」


「狐まっしぐらじゃん」


「家計に優しいのよ。味は保証するぞ?」


「はは、心配してねーよ」


 俺は階段を下りながら、ニマニマ今後の予定を立てた。


 ひとまず、明日は準備と練習に時間を割こう。それに、旧雑司ヶ谷駅ダンジョンの催促攻略時間も確かめておかねば。


「さ、ここからが本番だ。気ぃ引き締めていくぞ」


 俺は獰猛に笑う。明日から、俺のRDAの始まりだ。

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