第7話 旧雑司ヶ谷駅ダンジョン 攻略1


「じゃっ、じゃじゃじゃ、じゃあ!? こっ、これかっ、ら、ちょっと攻略していきたいとっ? おもひっ、おもひます!」


『草』『草』『ガチガチじゃんか』『これがコズミックメンタルかぁ……』


「うるせぇ! って言うかうわ、よく見たら今視聴者500人もいんの? 吐きそう」


『嘔吐代、10000円』


「吐いて貰う一万円はこえーのよ! ……あ、違う! これよく見たら一万円って書いてるだけで投げ銭してねぇ!」


 というかそもそも、投げ銭機能は解放されていない。ある程度登録者数と再生時間のあるアカウントでなければ、収益化の申請はできないのだ。


 その意味では、俺のアカウントはすでに登録者数的にも再生時間的にも、収益化のラインには到達していることになる。すげぇ……マジかよ早すぎる。心の準備をさせてくれ。


「とっ、とりま攻略はじめま~……」


『攻略代、50円』


「俺の攻略そんなに価値ないの!? 今回も値段書いてるだけだし。……あーもういいや。何かバカらしくなってきた。好きに攻略します。勝手に見てろ」


『勝手に見てろは草』『あ?』『見てくださいだろうが』


「カー……ぺっ!」


『草』『草』『お? ケンカか?』『思った通りプロレスできそうで笑ってる』


 俺は今まで張り詰めてた緊張が、ぷつんと切れてしまって、前回以上に緊張感なく得物を取り出した。


「はい、今日の武器もこれな。まずオキニのソードブレイカー。次に毒クナイとロングソード3つ。他は攻略しながらリストアップしていく予定です」


『お、ソードブレイカー』『パリィをまた見れるのか!』『俺も真似してパリィ試してみたけどゴブリンにさえ弾かれて死ぬんだが』


「お、パリィ使いの道を歩もうとしてる奴がいるな。パリィ道は咲くまでが長いけど、咲いたらどんなとこでも使えるのがいいぞ。うん」


 俺はとりあえず勧めておきながら、ダンジョンに入る準備を始める。といってもRDA.com配布のデバイスをさっとかざすだけだが、死にダンに分類されるダンジョンはちょっとそれの認可が遅い。数分かかったりする。配信前にやっとくべきだったかな。


「んー、そうだなぁ。ミスでちょっと時間浮いたし、数分だけど前の配信で教えられたレタチョコでも読む?」


『お』『待ってました』『配信って長文で質問するのちょっとアレだしな』『投げてきた』


 反応は良い感じだ。俺は早速、登録していた自分宛のレターチョコレートを開封する。


「何々……? 『お米食べろ!』。なぁ。俺はどういうノリでこのメッセージを受け止めればいいんだ。何が目的なんだ」


『お米を食べればいいのでは?』『コメ食えコメ』『パンなんか食うなそんな名前で』『コメオのコメはおコメのコメだぞ』違うが。


「んー、まぁいいや。今日は和食の予定なので多分食べます」ギンコの当番だしな今日。和食の腕がとびきり良いんだ。「んじゃ次」


 俺はちらっとダンジョンの扉が開いていないことを確かめて、次のレタチョコを開封する。


「『パリィ真似しても全然できないからコツ教えて』そうだなぁ……。一から説明すると長いというか。そも補助アプリいくつも入れなきゃだから、環境構築が面倒なんだよな。あとちょっと難しい魔法使ってるし」


 俺が答えると『ん?』『環境構築?』『どういうこと?』『PCか?』とわちゃわちゃコメントが付く。それに俺は「んじゃそうだな。少し見せながら今日は攻略すっか」と扉に向かう。ちょうど申請が通って、開き始めた頃合いだった。


「うし、じゃあやるか」


 ハミングちゃん、と呼び寄せると、この愛らしいビーバードは俺の肩に止まって、チチッと鳴いて頬擦りしてきた。「可愛い奴め」と指先でくすぐると、『コメオのガチ恋距離はやめろ。俺に効く』とコメント読み上げされる。効いてたまるか。


 ダンジョンの封鎖門が開く度、俺は何だかワクワクして堪らなくなる。この先は未知だ。敵も、宝も、そして世界一位の栄光も全てがこの先にある。


 開ききった先は、薄ぼんやりした旧式の電灯に照らされる、古くさい空間だ。地方では現役の駅としても目にするような、コンクリだかなんだか分からん灰色の壁。ところどころに汚れのこびりついたタイルの床。そして死にダン特有の、血の鉄臭さ、腐臭。


 一歩踏み入れると、背後で門が閉まり始める。『っぱ死にダンは雰囲気ちげーな……』と愛好家らしき視聴者がコメントを残す。「ああ、たまんねぇよな」と俺は笑った。


 さて、と俺は周囲をキョロキョロ見回して、敵の気配を探った。目につくようなものはない。地下へと続くエスカレーターが二列、互い違いに動いているだけだ。


 俺はその辺のゴミを拾って(ダンジョンになって久しいだろうに、何故かお菓子の包装紙だった)、エスカレーターに投げてみる。


 途端、エスカレーターは過剰なスピードで駆動し、ゴミを巻き込んで飲み込んでしまった。『こわ』とコメントが端的に感想を述べる。


「まーそうだよな。駅構内ダンジョンでエスカレーターをまともに利用できた試しがない」


 となれば隣の階段、と言うことになるのだが、こっちはこっちで毎回安全かというと、やはり違うのが死にダンだ。


 違うゴミを拾って投げると、階段が全て、ゴミが坂道をコロコロ転がっていく。そして踊り場にたどり着くなり、ゾンビめいた敵が奇声を上げてゴミに襲いかかった。そして、襲うべき敵の不在に困惑して周囲を見回している。


「大体つかめた。とりまあれ殺すか」


 俺は坂道となった元階段も滑り、勢いそのままにゾンビに飛び膝蹴りを食らわせた。ゾンビは吹っ飛ぶがまだ死なないだろう。だから、今回は教材として利用させてもらう。


「よぉーし。んじゃえぇっと……。どこから説明しようか。パリィのやり方だよな?」


 俺はよろよろと起き上がろうとするゾンビを前に、「まず~」と説明を始める。


「そうだな。今回は魔法の説明に絞るか。アプリの説明は今度に回しまーす。で、今回使う魔法は『概念抽出魔法』って魔法だ」


『?』『何それ』『高校魔法でも習わない属性魔法だな』『もしかして結構高度なことしてる?』


「高度っつっても魔法なんて詠唱するだけだが、一応大学課程の魔法ではあるな。『概念抽出魔法』ってのは大学魔法過程で習う奴。幻想魔法体系の基礎くらい?」


『分からん』『どういう魔法なん?』『難しそう』『簡単に言ってくれ』


「『概念抽出魔法』っていうのは、文字通り概念を抽出して細かいことを全部無視して現実に適用してくれる魔法。って言っても難しいので、見せまーす」


 ゾンビが起き上がって殴りかかってきたので、俺は「まず、概念抽出魔法なしで攻撃を受けてみるな」と宣言してロングソードでゾンビの攻撃を受けてみる。


 結果はゾンビの圧勝だ。ゾンビは脳のリミッターが外れているので、人間よりも腕力が強い。俺はロングソードで受けてもかなりのけぞって、危うく転ぶところだった。


「とと……、とまぁ、普通ならゾンビの一撃は、人間には受けるのも難しい。これは何でかと言えば、腕力差があるからだな。小学生でもここまでは分かると思う。力が強い奴の攻撃の方が強いってだけの話だし」


 じゃあ次、概念抽出魔法見せます。と俺は「スキルセット、パリィ」と予約して、続くゾンビの一撃に備えた。俺の口は魔法の詠唱に走り出す。そして、俺のソードブレイカーとゾンビの引っかきが激突した。


 詠唱完了。


 【パリィ】【付与効果武器破壊】


 パリィが成功する。ゾンビの腕は大きく弾かれ、隙が出来る。


「こんな風に、概念抽出魔法って言うのは、。パリィの場合は、ゾンビの一撃に込められた威力を無視して、現実に『俺がパリィした』っていう現象だけ適用されてるんだ。ついでにほら、ゾンビの腕をアップしてくれるか?」


 ハミングちゃんはチチッと鳴いて、ゾンビの腕が見えるアングルに移動した。ゾンビの腕はボロボロになって、もう攻撃手段としては使い物にならない感じになっている。


「このゾンビの腕をボロボロにしたのは、この武器、ソードブレイカーに付随する『敵の武器を破壊する』っていう概念も、一緒に抽出したからなんだ。だから俺のパリィは、仕様になってる」


『ヒェ』『やべぇ』『割と特許もんの知識では?』『サイクロプスもゴブリンも同じ感覚ってわけだ』『俺も概念抽出魔法使えば無双できる?』


「あー……期待に応えられなくって悪いんだが、概念抽出魔法って受付時間が超短いのが特徴でさ。詠唱完了後0.00何秒とかしか受け付けてくんないのな。しかもパリィがパリィとして概念抽出できるくらい完成されてる必要があって、……要するに、タイミングがすげーシビア」


『そマ?』『嘘だろそんなん使えないじゃん』『ほんとか? 技術独占したいだけじゃ?』『ggrks』『マジだぞ』『概念抽出魔法を実用してるとか』『あの死亡回数と戦歴の秘密がこれか』


 ん? 今なんか気になるコメしてた奴いたな。


「俺の戦歴ってどこかで見れんの?」


『RDA.comに掲載されてるぞライスマン』『ライスマンさんチーッス』『パン派とか許さないからな』『パン派?』『嘘だろコメオ!?』『コメオはおコメが大好きだからコメオ何じゃないのか!?』『おい! お前は米派の急先鋒だったじゃんか!』


「米パン戦争の米派代表みたいな扱いされてんじゃん俺」


『その案採用』『いい設定考えるじゃん』『実は乗り気か?』


「ッ!? クソ、迂闊なこと言ったか俺……!?」


 とコメントとじゃれ合いながらも、そうかそこ見る人もいるのか、と思案する。ライスマンって名前変えた方がいいかもな。紛らわしいし。


「とまぁこんなとこなんだが、これでチョコ主は満足してくれたかね? まぁ満足してなかったら、また質問してく―――」『コメオ! 後ろ!』「は?」


 後ろを振り向く。とどめを刺していなかったゾンビが、無事な方の腕で俺に殴り掛かっていた。俺は癖でパリィしようとするが、時間が足りずに打ち負ける。のけぞる。ゾンビが詰めてくる。まずっ――と思うよりも前に、奴は俺の首筋にかみついた。


 ゾンビは俺にゾンビウィルスをガンガンに注ぎ込んでくる。俺は絶叫を上げ、ジタバタするも逃れられず、数十秒もしない内にゾンビの仲間入りをした。


 死。






「という事故が起こるので、パリィを済ませたらちゃんと殺しておきましょう」


 俺はパリィしたゾンビの懐にもぐりこみ、ロングソードで胴体を貫いた。ゾンビは呻き、俺はロンソを素早く抜き取り頭上から叩き斬る。


 ゾンビは致命打からの無力化攻撃で、俺にザンザカ斬り込まれ、そして粒子と化した。


 ようし殺してやったぞチクショウ。恥かかせやがって。


『いやぁ中々見ごたえのあるガバだったな』『RDA走者特有のガバ』『つーか殺し返すまで爆速だったな』『滑り台になった階段の途中でパリィ予約は草生えますよ』『この手際だよな』うるせぇ。


 だが、俺は何とも言えず違和感を抱えていた。腕を組み、首を傾げ、呟く。


「んー……何かぬるくね?」


『は?』『え?』『こいつマジ?』『そのぬるいのに殺されただろ』


 コメントがわさっと反論してくる。だが、俺も死にダンには一家言ある男。「いやいやいや」と説明する。


「だってフトダンだともっとこう……有無を言わさない感じあったじゃん。一方雑司ヶ谷ですよ。この『隙を見せたら殺す』的な感じ。逆に言えば隙がなければ問題ないってことじゃんか。そんなの死にダンじゃなくね?」


『フトダンに毒されてる……』『この初見殺しに対応できるコメオがおかしいんだよ』『油断するのが普通定期』


「そうかぁ? 死にダンってもっと反射神経見てくる感じない」


 か、と言いきる前に、俺は背後から感じた殺意に反応して跳んだ。前にステップからの反転で、襲いかかってきた敵と相対する。


「これはこれは……侵入直後に食い残しの傀儡がぽんっと殺されたから様子を見に来てみたら、鋭い坊やだこと」


 そうカラカラと笑ったのは、美しい女性だった。天女のような羽衣をまとい、左手に赤子を抱き、右手にザクロを持っている。


 コメント欄は阿鼻叫喚だ。『は?』『え、ボスだろ何で?』『やば。こんなこと起こるのか旧雑司が谷駅』『逃げろ逃げろ逃げろ!』と騒がしい。


 俺は冷や汗を垂らしながら「えっと、お名前聞いても?」と聞くと、女性はカラカラ笑って言った。


「失礼な坊や。神に相対するならまず礼儀を知りなさい。名は、自ら名乗ってから聞くものよ」


「あ、はいすいません。コズミックメンタル男チャンネルです。略してコメオとよく呼ばれます」


『素直かよ』素直で何が悪いんだよ。


 女性は笑う。


「あらあら……本名ではないのはとても用心深い証拠ね。真名が知れれば楽だったのに」


 いいわ。と女性はザクロを口にした。果汁が口の周りを汚し、まるで人食い鬼のように唇が赤で彩られる。


「久方ぶりの挑戦者よ。我が迷宮にようこそ。本殿への挨拶も済ませていないような無礼者だけれど、実力は本物とみて相手をしてあげましょう」


 ザクロの赤に濡れた右手先から、鋭い爪が伸びた。女性は大きく振りかぶりながら、名乗りを上げる。


「我が名は鬼子母神。かつて改心するまで子を育てるために人の子を食らった、天部の一尊よ」


 鬼子母神が爪を振り下ろす。俺は詠唱を間に合わせ、ソードブレイカーで迎え撃つ。











 ここで一旦豆知識を補完しておきたいのだが、ボスがダンジョンの超序盤から登場するパターン、というのは、実は珍しいながら複数存在する。


 ただ、物には流れがあるというか、その手のパターンには一つ、共通点があるのだ。


 それは何か。 


「……だよなぁ……」


「あら、あなた本当に実力があるのね。その若さでよくここまで……」


 戦闘開始の爪の一撃にソードブレイカーのパリィ、略してブレパリを決め、隙だらけになった懐にロングソードを突き立てた俺は、予想通りの状況にため息をついた。


 ロングソードは、俺の狙い通りちゃんと鬼子母神に刺さっている。土手っ腹に貫通だ。だが、鬼子母神は怯んだ様子もなく、ロンソを掴み、引き抜き、そして捨てた。


 血は出ない。傷を負っている様子もない。つまり、攻撃が丸切り効いていない。


『マジかよ』『そんなことあるのか』『え、じゃあ倒せなくね。どうすんの』とコメント欄がざわついている。俺は距離を取り直して、じっと観察し、言った。


「秘密があるな。ザクロ、もしくはその赤ちゃんか」


「……! ふふ、あなた、何者? 私、これでもかつての侵入者、軒並み一撃も受けずにくびり殺して来たのよ? 不死の性質に気づいたのは一握り。そしてそのさらにごく少数が、この仕組みに気づいた」


 鬼子母神は赤ちゃんの頭を撫でる。それがブラフか真実かは、まだ俺には分からない。


「それで? 坊や。お前は、どのように対応してくれるのかしら」


「んー……。手段そのものは割とあるし、試してもいいがなー……」


「いいが、何?」


 艶めかしく言う鬼子母神に、俺は言う。


「攻略が退屈になる。俺は、鬼子母神様が追ってきてくれた方がびりびりして楽しい」


「はい?」


「つーことで逃げるぜ! ハミングちゃんついてこい!」


 チチッ、と一鳴きして、ハミングちゃんは俺の肩にとまった。『は?』『どういう事やねん』と視聴者が置いてけぼりを訴えてくる。


「うーし、いいタイミングなので俺の解釈を述べるぜ! この旧雑司ヶ谷駅ダンジョンは、ローグライク型死にダンでかつ、難易度調整機能付きと見た! もっと言うなら、多分最高難易度は今みたいに鬼子母神様が追っかけてくる!」


『そんなのあるのか』『RDAプレイヤーになるとこういうことになるんやなぁ』


「で、さらに言えばあの鬼子母神様は、最序盤でボスが出てきて追っかけてくるダンジョンでは定番の『殺せないボス』だ! 仕掛けが働いてて俺がどんなにうまくやっても倒せない! つまりだ!」


 俺は、ニヤリ笑う。


。ハハッ、楽しくなってきたなぁおい!」


『どっちかと言うと絶望要素に聞こえるんですがそれは』『この手の仕掛けって解いた後にボス絶対パワーアップするからなぁ』


 コメントの困惑を置いて、俺は高笑いしダンジョンを走り抜ける。

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