色々旅行することになったので都会で神を倒します笑

第6話 初移動日、都心の拠点へ

「荷物は大丈夫か? コメオ。今後の予定的に、一度移動したらしばらくの家には戻ってこれぬぞ」


「何回チェックさせるんだよ。大丈夫だから。ちゃんとチェックした」


「歯ブラシは入れたか? 絆創膏は? ハンカチは入れたじゃろうな?」


「……入れてくる」


「そら見たことか」


 ふんす、と勝ち誇った顔で鼻息を吹かすギンコ。小憎らしいが、まともな助言に歯向かうアホはしまい。俺はいそいそと歯ブラシと絆創膏とハンカチをバッグに詰め込んだ。


 結果俺のバッグは、まだわりと余裕のある感じに収まった。ウソ……俺の荷物、少なすぎ……?


「死ねば服も汚れが取れるからなぁ」


「発想がおかしいのじゃ。普通そんなに死は軽いものではないぞ」


「知ってるよ。慣れただけだ」


「慣れるな」


 それはそう。死なんて慣れない方がいい。俺がトチ狂ってるだけだ。そのくらいの自覚はある。


 と、俺が荷物に満足して背負おうとすると、ギンコはそれを奪って自分の背に回した。何だ、と思うと、ギンコが荷造りしていた大きなキャリーバッグを押しつけられる。


「ギンコ、これは」


「コメオ、お前はこれから旅に出る」


「……はい。そうですね」


「その資金はどこからでる?」


「それは……」


 俺の貯金、と言おうとして、全然貯まっていないことを思い出す。移り住み放題のサブスクリプションサービスに加入したので、かなり安い家賃で色んなところを転々とできる環境は整ったが―――生活費は、家賃ばかりではない。


「……考慮になかったです」


「うむ。で、じゃ」


 ギンコはぴっと人差し指を立てた。


「取引をせぬか。コメオにも諸事情あるところじゃろうから、とても単純明快な取引を」


「聞こう」


「旅の資金は、都度必要となる度に、常識的な範囲で儂が出す。非常識的な要求は、都度交渉でどうじゃ」


「ほう」


 かなり良心的な申し出だ。食費は丸々浮きそうだし、何ならベーシックインカム的に貯金まで行けそうでもある。


 肝心なのは、俺が差し出す対価の方だ。


「代わりに、コメオは儂に労働力の提供と精神的奉仕をせよ」


「……なるほど?」


 労働力の提供は分かる。このキャリーバッグを運べ、というのがメインだろう。ギンコが疲れ果てて眠りでもしたら、負ぶって帰るようなことも考えられる。


 だが、精神的奉仕、とは何だろうか。俺がギンコを見つめていると、このちっこい狐娘は続けた。


「精神的奉仕じゃが、コメオ。お前は儂が休日、でぇとに誘うとかなり高い確率で断るな」


 ん?


「うん、ダンジョン走るしな。これまではバトロワの大会もあったし」


「しかし、休学で授業がなくなった今、その趣味も平日にできるようになった。ばとろわはよく分からぬが、そちらも平日でこなせよう」


 んん?


「そうだな」


「逆に言えば、休日は空くことになる」


 んんん……。


「……そうだね」


 何となーく意図が見えてきて、俺はうんうん頷く機械になる。ギンコはそんな俺の機械化を許さないように、じっと上目遣いで見つめてきた。つぶらな瞳だ。えーっと……うーん……。


「ギンコ」


「何じゃ、コメオ」


「すっげー照れ臭いんだけど」


「だから精神的奉仕になるのであろ? それとも嫌か?」


「嫌ってことはない。ないよ。ないさ。うん……」そりゃ憎からず思ってるさ。恩人だし、ずっと一緒にいるし、客観的にも可愛いしギンコ。


「では、はっきりせよ。据え膳食わねばと言うであろう」


「それは意味が違う気もするが……。……スゥー―――」


 俺は、深呼吸をして、こう言った。


「じゃ、じゃあさ、休日は一緒に出掛けられるな」


「もう一声!」


「かっ、くっ、くぁっ……」


「照れ屋のコメオにはこれ以上は厳しかったか……。よかろう。このあたりでひとまず済ませておこう。あとはおいおい、な」


 おいおいと言いつつもご満悦に口元を袖で隠すギンコ。ニマニマと笑って嬉しそうな限りだ。


 おいおいどんな羞恥プレイをさせられるのだろうか。と俺が口をもにょもにょさせて頭を抱えていると、「うむうむ。コメオは普段はさっと冷静に受け流してしまっていたが、こやり方だと真っ向から照れて良いのう。可愛いぞ。ほれほれ」と頬をつんつんしてくる。


「やめい! 俺が恥ずかしがって誰が嬉しいんだ!」


「儂」


「うん……そうだったな。そうだなって思っちゃったよこの……」


 いいや、とおれは仕切り直し。


「ともかく、アレだな。基本ギンコの言いなりになる代わりに、俺は旅費と食費と雑費を持ってもらえるわけだ」


「うむ。儂も年の功がある。決して余裕があるとは言えぬが、少々の蓄えはあるというものよ」


 うむうむ、と言いつつ、ギンコは俺の荷物を背負い直してくれるのだから、何とも善良と感じざるを得ない。金払ってんだから全部持て、って言われても十分お釣りがあるところを、代わりにと軽い方だけでも持ってくれるのだから。


「おし、了解した。じゃあそれでよろしくだ」


「では指切りげんまんを……」


「ギンコもこう言うの好きだよな」


 小指を差し出して指切りをし、俺はキャリーバッグを受け取った。玄関の扉を開け、自らに宣言する。


「さぁ行こう、RDAダンジョン世界一位取りまくりの旅に!」


「お前の場合無謀と言い切れぬのが恐ろしいところよなぁ」


 後ろから付いてくるギンコが、コロコロと笑う。












「到! 着!」


 ギンコはとても元気に両腕を上げ、そんな風に叫んだ。駅前。周り行く人々が、何だ、というような目で見てくる。叫ぶな。


「いやぁ長旅であったなコメオ。さ、このまま今宵の拠点まで案内せよ」


 ギンコ的には一時間の都心までの電車旅が長旅になるらしい。俺は苦笑しつつ、頷いた。


「はいはい。メイディー、今日の拠点まで案内して」


『かしこまりました。本日の拠点までの経路を表示いたします』


 バーチャルメイドアプリことメイディーは、ぺこりとかわいらしくお辞儀してから、地図アプリを立ち上げて俺の視界に青く立体矢印を表示した。


「サンキューメイディー。愛してる」


『私もです、コメオ様』


「人工知能といちゃつくなコメオ。いちゃつくなら儂といちゃつけ」


「ギンコと俺が人前でイチャついたらそれはもう事案なんだよ」


 自分の外見考えろ、と諫める。ただでさえ普通にしていても人目を惹く容姿なのだ。「コスプレ? じゃないか」とか「すっげ、五尾の妖狐なんて初めて見た」とか言われてる。


「……なるほど。少し考えるか」


 ギンコは尻尾を大きく広げ、自らのことを包み込んだ。突如都心に現れる尻尾の毛玉である。そして数秒して、しゅるりと尻尾を解いた。そこには、今風のカジュアルな格好をした幼女が立っている。


 あ、年は変わらんのね。尻尾を幅があるのでしゅるりと隠したが、耳は帽子の下からはみ出ている。


「これでどうかの。無用に人目を惹くことはなくなったと思うが」


「そうだなぁ。まぁさっきよりかは人目は惹かなくなったかね」


 周囲を伺う。尻尾玉を見ていた人はギョッとしつつも通り過ぎていき、一部始終を見ていなかった他の人は「わ、あの子かわい~」とか「整った顔してるなぁ。子役の子かな」とか言われている。


 結局人目惹くじゃんこいつ。


「それで、どうじゃ」


「人前はダメです」


「えー……。契約と違うではないか」


「そう言うなよ。道歩いてて警官に捕まりまくるのもやだろ」


「ふむ……。致し方なし、か」


「だろ。とりあえず、道端はダメだ。都心は特にな」


 俺はギンコの要求をはね除けつつ、ギンコのキャリーバッグを引いて歩き出した。ギンコは俺の拒否に、特に何も感じていないのだろう。俺の軽いバッグを背負い直してついてくる。


「して、早速今日からあーるでぃーえー、か?」


「そりゃもちろん。と言いたいところだけど、その前に攻略だな。フトダン以外のダンジョンは久々だし、都心駅構内ダンジョンの感覚を取り戻しておきたい」


「つまり迷宮ではないか。儂にとってはどちらも同じよ」


「確かに」


 RDAに興味なければ、違いなどあってないようなもんか。


 俺はメイディーの案内に従って左の小路に入る。ちょっと下り坂。キャリーバッグを半分手放し、小走りで後を追う。楽。


「コメオ、子供のような真似をするな」


「いいじゃん、ギンコの荷物重いんだよ。何入ってんだこれ」


「普通の物が入っておる。着物に日用雑貨。諸々をいれたらそのくらいになろう」


「俺の諸々、ギンコの背負ってる奴に全部入ってるけど」


「コメオが不衛生なだけよ」


「不衛生ではないが」


 失礼な奴め。死ねば衛生面は解決と何度言ったら分かるのか。


 そんな話をしながら拠点に到着。何か入り口の壁にアーティスティックな落書きがされている。良い。


「コメオ、錠の番号を言うから開けよ」


「ほいほい」


 言われるがままに番号を揃えて鍵を開ける。そして玄関を開くと、何だかおばあちゃん家、といった風情の和室が俺たちを出迎えた。


「ほう、中々良いではないか。家主どのー! 居られるかー!」


 ギンコの呼び声を受けて「はーい」と奥から男性が顔を出した。飄々とした、かなりカジュアルな格好の人だ。俺は会釈しつつ名乗る。


「今日予約した米一です。一週間よろしくお願いします」


「よろしくお願いします。個室二人のご予約ですよね。……ご関係は?」


 毎度のことだけど、ギンコがロリだから怪しまれてる。ババアなのに。


「夫婦じゃ」


「嘘つくな。戸籍上は親子です。このちっこいのが親。血の繋がりはないですが」


「……何か複雑そうですね」


「まぁ」


 否定はしない。


 家主さんは「んー……」と困ったような声を漏らしながら、ギンコを見つめていた。ギンコは流石にもうふざけるつもりがないらしく、五尾の尻尾を広げる。


「これで良いか? 家主どの」


「ああ、なるほど。これは失礼しました。妖孤の知り合いは一人いますが、五尾とは恐れ入ります。案内しますね」


 家主さんは二階へと歩いていくので、俺たち二人もついていく。俺はギンコの重いキャリーバッグを両手で持ち上げて、階段をえっちらおっちら上がった。


「ここの部屋です。ちなみにアドホ歴はどのくらいですか?」


「あどほ歴とな……?」


「アドレスホッパー歴ってこったろ。この旅人生活どんくらいって質問だよ。あ、初です」


「じゃあルール説明から。シーツはそこにあるので、ベッドメイキング等々はご自分でなさってください。退去時はそこの籠に。自炊はそこのフライパンとか自由に使ってもらって構いません。他に分からないことがあれば呼んでくださいね」


「ありがとうございます」


 家主さんは早々に階段を下りていった。部屋を見ると大きめのベッドが一つ。またギンコと同じベッドか。ギンコ寝相悪いからなぁ。


「さて、では儂は適当に支度を済ませておく。これはむしろコメオにやらせると儂のやることが本格的になくなるからの。夕餉までは自由にせよ」


「やったぜ」


 んじゃ早速行くしかないじゃん。駅構内ダンジョンに。











 俺はモンスターカプセルからビーバードのハミングちゃんを呼び出して、前回通りその足に小型カメラを装着した。ハミングちゃんはチチッと鳴いて、つぶらな瞳を俺に向けてくる。


「よし、準備完了……っと。配信開始ボタンも押して、ツイット告知もして、これで完璧……かね?」


 早速コメ欄が流れ始める。おお、すでに結構流れが速い。


『コメオ~』『米食ってっか~』『お? 都心か』『どこよその場所!』『あ、ここ雑司ヶ谷だな?』『渋いな』


「特定早ぇよ怖えよ」


『凸るからそこで待ってろ』


「絶対やだ。……ごほん、えー、配信開始直後に場所を特定されてクソビビってるけど、どうもコズミックメンタル男チャンネルです。音ダイジョブ?」


『ミュートだぞ』『声大きい下げて』『BGM消せ』


「息をするように嘘をつくなお前ら。全員思い思いに嘘つくからよくわかんねーことになってんじゃねーか」


『真実は遍在するんだぞ』


「やかましいわ」


 流れを見て、何となく大丈夫そうだと判断する。しかし、前回に比べても初速がすごいな。すでに100人近い視聴者がいる。今平日の昼間ですけど。


「よーし良さそうだな。じゃあ説明から……だよな?」


『お、配信者ムーブか』『すっと解説に入るのイイゾ~コレ』『雑司ヶ谷ってダンジョンあったっけ?』


 俺はコメントの反応を見て少し得意になる。いいね、こういう動きで合ってるらしい。俺は以前通り軽く咳払いをして、ダンジョンの説明を始めた。


「えー、今日はRDA前の試行錯誤攻略日です。立ち向かうはこの都心駅構内系ダンジョンの一つ、管理番号003488、旧雑司ヶ谷駅ダンジョン。ここの特徴は旧新宿駅みたいな大規模大人気ダンジョンとは違って死にダンなことですね」


 俺が説明すると、コメントの反応は二分される。


『旧新宿駅は慣れれば楽しい』『あそこは子供向けだよな』『広いしな』『レイドとかやると楽しいんだよ新宿』と新宿駅ダンジョンを語るもの。


『雑司ヶ谷は……うん……』『鬼子母神様に八つ裂かれてバリバリ食べられるの痛かったゾ~』『トラウマ』と短く雑司ヶ谷の恐ろしさを語るもの。


 俺は軽く手を合わせて祈る。


「成仏してクレメンス……。とまぁ、さらっと死んでるやつが一人いる通り、旧雑司ヶ谷駅ダンジョンは中々の死にダンだ。でも割と人気なのが特徴。何でかってーとボスの鬼子母神様が美人だから。しかも侵入者を殺す目的が食べられることだからな。そっちの性癖の人からしたら貯まらんらしい。俺は嫌だが」


『か~ら~の~?』


「いやぁ実は……実はもクソもねぇよ。何度か食われたことあるけど痛いだけだわあんなん」


『食われたことあって草』『えーいいじゃんぐちゃぐちゃにかみ砕かれながら神経を直接舌で嘗め回されるの。気持ちよくね』『丸のみに飽きたらこれよな』『ここのコメ欄怖いな……』


 俺も怖いのでこの話題から離れることにする。


「えー、で、他は、そうだな。そもそも駅構内系ダンジョンって何かって話するか。元々さ、駅構内って過去はクソ迷ったらしいんだよ、デカい駅ほど。それが巡り巡ってローグライクダンジョンみたいになったわけだな。つまり、入る度に道が変わると」


 旧新宿駅は分かりやすいな、と軽く言及しつつ俺は続ける。


「で、旧雑司ヶ谷駅もその例に漏れず入る度にマッピングし直さなきゃならん。それが難しいところで、駅構内系ダンジョンの良さってところか」


『RDA的にはかなり運が絡んでくるところよな』


「お、鋭いコメントがあったな今。そう、毎回変わるってことは、まんま運の良さがクリアタイムに直結する要素になってくるってことになる。だからチャート組みとかに自信のあるプレイヤーほど駅構内は避ける傾向にあるな。そして腕に自信ニキは好む場合も多い」


『コメオ向きじゃん』『パリィまた見してくれよ~』『あの切り抜きすごかったもんな』


「あ? 切り抜き? 何それ」


『え、知らんの?』『コメオの切り抜きバズってたじゃん』『アレでファンになったよ』『登録者数もかなり伸びたんじゃねーの?』


「は? は? ちょっと待て」


 戸惑いがちに、俺は『コズミックメンタル男チャンネル』のアカウントページを開く。


 前回の配信終わりでは、確か15人程度の登録者数だった。まぁ人気のためにやってるわけでもなし、と特に気にせず好きなことをやっていたのだが。


「……」


 登録者数、一万人くらいになってる。


 やば。


「やば」


『語彙力死んでて草』『お、今ちょうど登録者数一万人になった』『おめ!』『俺もコメオ古参になっちまったな……』『登録者一万人おめでとう!』

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