第2話 やけっぱちRDA配信 計測:~10分まで
一つ咳払いをして、俺は背筋を正した。
目の前にはばたくハミングちゃんこと、テイム済みビーバードが持つ安物カメラが一つ。サークル活動の撮影のときのお供だ。ハミングちゃんは自腹のペットで、安物カメラは過去にパチったまま流れで小屋の中に放り込んでいたのを引っ張り出してきたもの。
この捕獲用モンスターカプセルは自腹で買って本当に良かった。ハミングちゃんと言うのは、大学入学当初にテイムした、ビーバードというハチドリみたいな小型モンスターだ。愛するペットまで回収されたら流石の俺も泣いてたかもしれん。
そのカメラに向けて、俺はこう語り掛けた。
「はいどーもー……。えっと、何だっけ。そうかコズミックメンタル男チャンネルとかいう名前だったな。えっと、それです。今日はチームをクビになって退学までする羽目になったので、やけになって死にダンを走りたいと思いまーす。アドレナリンで鬱をどうにかする作戦じゃい。ワッハッハー……」
反応はない。まぁ当たり前だ。今まで配信活動なんかしていなかったのだから、見てくれる人も居まい。とはいえ、アーカイブは残る。体裁は整えるに越したことはない。
「んじゃやるか」
俺は一人、孤独にデバイスを鉄扉横の認証セキュリティにかざした。セキュリティは俺に挑戦資格を認め、ゴゴゴゴゴ……と重々しい音を立てて開きだす。
「ハハ。いつ見ても仰々しいったらないな」
『うわ、何かすげー怖いダンジョン挑もうとしてんじゃん。どこよそこ』
俺は急に響いた声に肩を跳ねさせる。何かと思えば、ARディスプレイがついたコメントを読み上げてくれたらしい。「びっくりした~」と俺はドキドキしつつ「えっと、そうかダンジョンの説明が要るのか。説明しまーす」と言って、一つ咳払いをする。
「じゃあRDA.comの公式文書をば。『こちらは「管理番号201000」とされるダンジョンです。入り口は、ご覧のように固く鉄扉に閉ざされています。俗称は「不踏の闇」。侵入者の視界は深い闇で覆われ、大小さまざまなモンスターや罠の餌食になります』……が概略ですかね。大昔の調査では200人の部隊が一度に全滅。一人も帰ってこなかった、とかいう逸話もあるくらいで、ここ数年前まで完全封鎖のダンジョンでした」
コメントで『ヤバ』と反応が返ってくる。それだけで、何か少し救われるような気分だった。俺は半笑いで、「そうそう、ここヤバいんだよ」と言う。
『すげー無謀な走者だな。そこ知ってるけどすりつぶされて終わりだろ。悪いこと言わないからやめとけ』
「おお……。アンタいい人だな。識者じゃん。でも俺は大丈夫だよ」
『何がだよ』『おい、やべーってそこ。本当にやめとけ』と制止する声が複数上がる。見てみると、視聴者が気付いたら7人と表示されていた。何かあったけぇなぁ。俺は少しそのコメントに救われて、「大丈夫、まぁ見てろって」と闇を前にした。
設定から視界情報処理を調整する。『不踏の闇』では光量取り込み最大にしても暗すぎるくらいだ。でもハミングちゃんにライトを持たせれば、走れる程度にはなる。
俺はハミングちゃんを手に留まらせ、その頭を撫でた。ハミングちゃんはチチッと鳴いて俺の指に頬ずりだ。ハミングちゃんホント超かわいい。俺の愛鳥。心が荒んだときは本当に癒しだ。今とか特に。
ゴォオオオと圧のある風の音が、闇の奥から響いてくる。それはこのダンジョンが生きている証だ。心臓が程よい緊張にペースを上げ、自然俺は、口端の吊り上がる感覚に気付いた。
こんな時でも、俺は生き死にが掛かった瞬間にはワクワクせざるを得ないのだ。それが付き付けられて、何だか吹っ切れるような気持ちになった。
『これ釣りの雰囲気じゃないな』『お? 自殺配信か?』『フトダンに挑むと聞いて』『生き返れるからって精神まで無事でいられる訳じゃねーぞガキ』
コメントがガヤガヤし始める。はやし立てる奴。煽る奴。制止する奴。俺はそのすべてを置いて、ダンジョンに足を踏み入れた。呼吸が震えるのが分かる。ハミングちゃんが先導してくれ、僅かな光が俺の眼前を照らした。
とる体勢はクラウチングスタートだ。今の目のコンディションなら、ハミングちゃんさえいれば不踏の闇でも動ける。だから俺は、大きく息を吸いこんで、RDA.comへの諸設定を行い、タイマースタートを三秒後にセットした。
『やめとけって!』『死んで嫌な思いしかしないぞ!』『すげー無謀な奴いるじゃん』『ちょっと拡散してくる』『マジかこいつwwwww』
―――そして、リアルタイムダンジョンアタック(RDA)が始まる。
『はい、よーいスタート』
開始したタイマーと同時に読み上げられたコメントと共に、俺は駆け出した。そして開始2秒後に大きく跳躍し、地面からせり出してくる槍の罠を避ける。
「うっし! 最序盤のワナを無事避けられたところで、突っ走って行くぜ不踏の闇攻略252回目!」
闇の中を走りながら、俺は『は?』『は?』『え』『攻略回数マジ?』『誰だこいつ』『絶対RDA.comに載ってるだろ』『探してくるわ』と騒ぐコメントの読み上げを聞く。
今までの単独攻略を考えると、その騒がしさが何とも心地よかった。一人のダンジョン攻略はいつだって心細い。けど、何だか今はみんなで戦っているような、そんな気持ちになれている。
「いいねいいね! 何かテンション上がってきた! まず余裕のある序盤を走りながら、このダンジョンの解説をしていくぜ。この『不踏の闇』ダンジョン、略してフトダンは、死にダン好きの冒険者たちにすら敬遠される初見殺しだらけのダンジョンだ」
スライディングで壁から突き出される槍束を避け、その後ジャンプで振り子の斧ゾーンを通過した。初見らしきコメントが『何で今の避けれんだ』と驚いてくれる。気持ちいい。
「このダンジョンは割りと浅めなんだが、まー今見た通り密度が高い。死ぬ瞬間がかなり多いのが特徴だ。世界記録はフラッと来やがった世界レコード常連に取られた32分42.51秒」
吸血蝙蝠たちがハミングちゃんを無視してまっすぐ俺の方に群がってくる。それを俺は腰のロングソードを振るう事で、走りながら一気に切り払った。
「構成はトラップゾーンとモンスターゾーンで交互に3回ずつ。トラップ、モンスター、トラップ、モンスター、トラップ、モンスター、って感じだ。最後のモンスターエリアがボスエリアに当たる。出てくるモンスターはサイクロプスっつー巨人モンスターがメインだな」
コメ欄で『サイクロプス!?』『人間が勝てるモンスターじゃないだろそれ』と騒ぎ立てる。『うそつきの割に実際に飛び込むなんて度胸あるじゃん』と見くびる奴もいる。俺はただ笑うだけだ。
『つーか武器紹介は?』『RDA配信初心者っぽいし、抜けてんのか』『次は何武器チャートなのか紹介してくれ~』
コメ欄に急かされ、俺はワナをかいくぐりながら、「おっと、失礼。じゃあ武器の方も紹介していくな」と答える。
「えーっと、今日はアレよ。ソードブレイカーチャートで進めようと思ってんだ。ほらこれ」
走りながら、ハミングちゃんのカメラの前に、俺は短剣を翳した。ソードブレイカー。それは特殊な片刃の短剣の名前だ。反対の刃に返しのついた棘が並んでおり、これでレイピアを巻き取りへし折るという運用を想定されて制作された。
コメ欄の反応は半々だった。知識のない視聴者は『え、普通の剣もへし折れなそう』と言い、知識ある視聴者は『んん? ソードブレイカー……?』『フトダンにソードブレイカー……何かそんな奴いた気がする』と怪しみだす。
「あと3000円の安物ロングソード3つと、俺定番毒クナイが2本。あとは適宜補助アプリを使うくらい」
序盤罠エリア最後の、定期的に放たれる矢と崩れる床の合わせ技を難なく走り抜けた俺は、続くモンスターエリアを前に立ち止まった。タイムは3分29秒。いつもより2秒遅いくらいか。
ハミングちゃんが警戒するように、俺の肩に留まりチチッと鳴く。
すぐ先で、人間をはるかに超える大きな影が蠢くのが見えた。のそりと移動するのは、まごうことなきサイクロプスのそれだ。身長3メートル、4メートルじゃきかない。一つ目の巨人。異形が、そこに歩いている。
『うわ』『もういいだろ引き返せって!』『グロ映像期待wwww』『え、ソードブレイカーって細い武器しか折れない奴だろ?』『毒クナイ定番って何?』
「ちょっ、ちょっと静かに。集中してっから……、ってアレか。俺にしか聞こえてない奴か。音量下げまーす」
俺は適当に音量を調節しつつ、ロングソードを片手に身を低く沈めて解説だ。
「はい、あそこにデカい影があるだろ。アレがサイクロプスだ。一つ目の巨人だな」
闇の中で、サイクロプスの一つ目が鈍く光るのが画角に納まった。さしものコメ欄も『うわ……』『キモイ造形してるよな』『え、ステルス突破じゃないの? 一人で勝てる相手じゃなくない?』とざわざわしている。
「あー、まぁお察しの通り、サイクロプスは人間の腕くらいなら人形感覚で千切れる怪力だよ。こん棒を振るえば簡単に人間なんか潰れるし、俺も何度負けたか分からない」
『こわい』『経験者か?』『そんな死に方して正気で居られる訳ない』『もういいから!』『帰れ帰れ!』『RDA初心者のグロ期待してんよwwww』
コメントのほとんどは、俺が負けると、むごたらしく死ぬと、そう予想していた。俺はそれに口を曲げ、それからニッと笑った。言い訳をするより、結果を見せるのが早いと自己解決したからだ。
だから俺はハミングちゃんの足のカメラにこう言った。
「黙ってみてな」
踵でタイミングを計る。左手にソードブレイカーを構える。トントントン……―――今だ。
「ジャイアントキリング、見せてやんよ」
言い捨てて、俺は駆け出した。そして、「うおらぁあああああああああ!」と大声を出してサイクロプスに自分の存在をアピールする。『おい嘘だろ』『何で自分からバレに行くんだよ!』『アホだわマジで』『初心者無謀すぎwwww』とコメ欄が喚きたてる。
サイクロプスはしかし、俺の全力の威嚇にも身じろぎ一つしなかった。ただ駆除すべき害虫を見る目でこちらを見る。その手には俺の全身よりも長く太いこん棒。当たれば潰れる。丸太で殴られれば人間はそうなる。
俺は左手で逆手に持ったソードブレイカーを一瞥し固く握る。そしてサイクロプスのこん棒の攻撃範囲内に飛び込んでから、こう口にした。
「スキルセット、パリィ」
俺は小さく呟く。スキルが予約され、俺の口は細かく魔法詠唱に走り出す。
サイクロプスは、何の感情も伺わせなかった。ただ鈍い光を湛える瞳でぬらりと俺を見下ろし、そしてこん棒を振るった。それで十分だった。当たれば俺は死ぬのだから。
それに、俺は予約していたパリィで応えた。サイクロプスのこん棒に動きを合わせて、熟練の達人が放つパリィと全く同じ動きを俺の身体はなぞる。
『アホだ! アホがいる!』『そんなちいせぇ剣でこん棒を防げるわけねぇだろ!』『あー! 逃げろ! 馬鹿!』『来たぞ来たぞwwww』
コメ欄が騒ぐ。俺はパリィを中断しない。小さなソードブレイカーと大木サイズのこん棒が激突する。
そして、魔法詠唱が完了した。
【パリィ】【付与効果武器破壊】
こん棒はサイクロプスがのけぞるほど大きく弾かれ、そして砕け散った。
『は?』『は?』『意味わからん』『何が起こった?』『これ……ああ、当たりだわ。確定』『お前【ライスマン】だな? このダンジョンにたった四人しかいない攻略者で、世界二位の記録もってる、パリィで有名な凄腕』
コメントを無視して、俺はニヤリ笑いながらサイクロプスを詰め始める。接近して突き刺したロングソードでも同じように、足に部位破壊を入れる。崩れた膝から『跳躍スキル』で駆け上がる。
膝、腹を駆け上がれば、そこにあるのはサイクロプスの間抜け面だ。俺はこのでくの坊の角に捕まって巨人を嘲笑う。
「よお。お前のキュートなお目目、潰しに来たぜ」
ロングソードを逆手に持ち換えた。サイクロプスは動揺に硬直して動けない。だから俺は、ロングソードでサイクロプスの眼球を深く貫いた。サイクロプスは悲鳴を上げる。
だが俺は攻めの手を緩めない。逆手からまた順手にロンソを掴みなおし、さらに奥の奥、その先にある脳を目掛けて突き刺した。サイクロプスの眼光に自分の手がめり込むほど深く。かき回す。そして一挙に引き抜き、その血をまき散らす。
その瞬間、サイクロプスは声を吐き尽くしたように静かになった。呆気なくもこと切れたのだ。俺は倒れ伏すサイクロプスの身体から軽やかに『跳躍』で宙を舞った。
そして、着地する。倒れ伏したサイクロプスの全身が、光の粒子となって散る。一瞬の静寂。それから、爆速でコメント欄が流れ始めた。
コメント読み上げから『すげぇえええええ!』『何だこの命知らず!』『ここまで見事なパリィ初めて見ました。チャンネル登録します』と称賛の声が聞こえる。あぁ。配信、最高だ。ジャイアントキリングに、湧きあがるこの歓声。
今日の手ごたえは上々だ。さぁ、このまま世界1位を取りに行こう。
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