RDA.com ~死を恐れないRTAダンジョン探索者、現代ダンジョンにてゲームと同じ挙動を再現し、物理法則ガン無視無双~

一森 一輝

サークル追放されたのでRDA配信者になります泣

第1話 サークル追放

「は? 追放?」


「そうだ。足手まとい」


 新学期はじめ。先輩たちも引退し、俺たち3年生の代になったというタイミングで、新しいサークル長であるヤオマサが退部届を突き付けて俺にそう言った。


「そりゃまた……唐突だな」


「そういうお前は随分悠長な反応だな。ま、そりゃそうか。お前のようなグズなら、そういう反応になるよな」


 だいぶ悪口が直接的だなぁ、と思いつつ、俺は周りの反応を伺う。他のチームメンバーである、ツンケンした猫耳混血こと紅一点のリンも、他サークルの面々も俺のことを冷たい目で見ていた。


 ……これは、ヤオマサが勝手に言ってるわけでもなさそうだな。詳しく話を聞いてみる必要がありそうだ。


「ひとまず、話を聞かせてくれよ。お前が俺のことを嫌ってたのは知ってたけどさ。大学部門で全国一のチームのスクワッドメンバーをいきなり外すなんてのも、急な話じゃんか」


 そう。俺たちは大学部門で全国1位を取るような、トップクラスのバトロワサークルのチームメンバーだった。俺も僭越ながら、そのスクワッドメンバーの一角を務めさせてもらっている。


 バトロワ―――バトルロワイヤル。総勢100名からなる、4人一組25チーム唯一の生き残りを目指す、苛烈な生き残り戦争。


 死んでも生き返れる現代とはいえ、それでも死はスリリングなものだ。一度でも死んだことのある奴は、その死の記憶が脳裏にへばりついて離れない。良くてもトラウマになるし、普通はPTSDで精神病院行きになる。人によっては廃人になることすらあるという。


 そんなメンタルへの甚大な被害を掛けて争い合うバトルロワイヤルは、それだけに娯楽の多様化した現代においても、絶大な人気を誇っていた。いうて人死には出ないしな。死の重さも人によってはクソ軽いし。


 広大なダンジョンをさまよい、モンスターの脅威に怯え、他プレイヤーとしのぎを削り合い、そして無数の屍の上にたった1チームの勝者が君臨する。それがバトルロワイヤル。今の世の観戦系娯楽のトップカルチャーだ。


「説明? するまでもあるか? なぁ、死亡回数5桁の君?」


 ヤオマサは、あからさまに馬鹿にした顔でそう言った。俺はそれに、頬がピクッの引きつるのを感じる。


 ヤオマサは続けた。


「一人だけ浮いてると思わないか。負けたことがない俺。死んだことがないリン。すべて勝ってきたゴウ。そして……死に続けたお前。お前の『不屈』という称号が、俺には蔑称に思えてならないんだよ。先輩たちは何でかお前のことを重宝してたらしいが、俺たちにはその理由がさっぱり分からない」


 ―――そう、大学部門全国1位を取る俺たちは、異色の経歴を持つ面々ばかりだった。


 まず、ヤオマサの『不敗』。奴はバトルロワイヤルゲームに参加して以来、一度も負けたことのないという信じがたい経歴を持つ。奴の動きは確かに天性のセンスがあって、まるでバトロワのために生まれてきたのかってくらい才能に満ちている。


 次にリンの『不死身』。ヤオマサのように負けなしとまでは行かないものの、バトロワで一度の死も迎えたことがないという経歴はやはり異常だ。ヤオマサ以上に敏感な、脅威を肌感覚で察知して避けられる能力は、どこに行っても通じるだろう。


 さらに、ここには居ないが、ゴウの『無敵』。バトロワで死ぬ可能性があるのは、いつだって会敵の瞬間だ。そしてゴウは、その戦闘の全てを勝利してきたという経歴を持つ。まぁ異常だ。撃ち合いでも近接戦でもすべて勝ってきたと聞いたときは嘘だと思ったものだが、事実奴はそうだった。いやマジでつえぇの。普通に最強だと思った。


 最後に俺の『不屈』。俺は自分で言うのも何だが、他の追随を許さないほどに。俺の趣味でもあるRDAの所為だったり出自の所為だったりでもあるのだが、とにかく俺はマジで多くの死を経験してきた。


 確か世界最多じゃなかったかな。ギネスに載ってる記録より多かったんだよな俺。1.5倍くらい。申し込んだ方がいいか。


「それが、説明か?」


「そうだけど? 何? ヤオマサの決定に文句でもあるって言うの?」


 俺が確認すると、リンが口を挟んでくる。こいついっつも俺にだけツンケンしてるんだよな。やりにくいったらない。


「そりゃあるだろ。確かに俺はハチャメチャに死ぬし、そのせいでスコアのキルデス比はお前らに比べりゃゴミみたいなもんだが、大会で足手まといには」「ギャーギャーギャーギャーうるさいわね! ヤオマサの決定だって言ってるでしょ!」


 俺が言い返そうとすると、リンはかぶせるように言ってきた。続くように、奴らの背後が騒がしくなる。


「よくそんなこと言えるな! お前が不釣り合いなのは、そのスコアを見れば分かるだろ!」「お前のその、実力に見合わない不遜な態度が気に食わねぇって言ってんだよ!」


 ガヤガヤ言っているのはチーム外のサークルメンバーだ。コイツらほとんどバトロワ出場経験すらない癖によく言えるな、と俺はハエを払うような手つきで奴らの言葉を流しつつ、「つーかよ」とヤオマサに話しかける。


「ゴウはどこ行ったよ。アイツはこのこと知ってんのか」


「ゴウは唯一お前と仲がいいサークルメンバーだ。彼にこんな残酷な決断は下せられないだろう」


 ああ、それでこんなアホみたいなことになってんのね、なるほど。


「ゴウの採決を待つわ。俺は帰る」


「おい待て。また来るような口ぶりで言うんじゃない。追放と言ってるだろうが。お前はサークルから追放なんだよ」


「何の権限があって……って、そうかお前今サークル長か」


 え、じゃあこれ何? サークル長権限でマジ追放?


「……え、マジ? これ正規の手続きってこと? 監督は知ってんの?」


「そうだ。初めからそう言ってるだろ。監督も『君がそう言うなら』と言っていた」


 風見鶏監督がよ。


「……俺スポーツ特待生なんだけど」


「それが何よ。あ、そっかスポーツ特待生ってことは、このサークル辞めたら自動的に大学も退学じゃない」


 リンがぷふっと笑う。笑い事じゃねぇだろふざけんな。


 俺の家はそんなに金がないので、スポーツ特待制度がないと、大学の学費は厳しい状況にある。それが分かってこんなことをするのだから、こいつらも大概鬼畜だ。


 俺としては特待生待遇でなければ、退学が第一に選択肢として挙がる。


「おいおい、待てよ待ってくれ。流石にこんな事で大学まで退学なんて納得できないって。別にプロ目指してたとか言わないけどさ、追放ってんならチーム追放だけでいいじゃんか」


「いいや、お前はサークルからも追放だ。それはサークル全体で決めた。これは単純にお前の死亡回数が、サークル全体の悪評になってるためだ。お前の死亡回数が異常に高い所為で、サークルでの平均死亡回数が千回前後になって、『非人道的な訓練を課すブラックサークル』だと思われてる」


「いやいやいやいや! えぇ!? 何でそんなことしちゃったの!?」


「うるさいわね! だいたいアンタまじめに活動してないじゃない! 自主練報告だってRDA? とかいう変なのしか報告してないし!」


「そうだな。それもある。リアルダンジョンアタック……だったか? ダンジョンに出てくるザコ敵なんか何の訓練にもならないだろう」


「はぁああああ!? おまっ、それはRDAの何にも分かっ」


「興味がないんだよ。お前にも、そのよく分からんルールにも。ともかく、そんなところで無駄に死んでスコアを汚してくるお前は俺のチームにふさわしくないし、お前の異常な死亡回数はこのサークルに悪影響がある。よってお前は追放だ。とっとと出ていけ」


「ッ……!」


 俺は言葉を失う。こいつらマジか。こんなバカみたいな理由で俺の人生狂わされんのか。


「……俺の後釜は誰になるんだ」


「安心しろ。全国トップチームだぞ? 今年はお前をはるかに上回るほど優秀な人材がそろっている」


 ヤオマサが手で指し示す先には、トロンとした目でゆったり力なく手を振る少女が座っていた。彼女が俺の後釜、という事か。俺は何かもう、何を言おうという気持ちも失せてしまって、ただ項垂れた。


「そうかよ……」


 俺は頭を掻いて、それから思い切り息を吐きだした。それからじっとりヤオマサ、リン、そして他全員を見て、告げる。


「……じゃあな」


「ああ、さっさと出ていけ」とヤオマサ。


「早く出ていきなさいよ。ホラ、シッシッ」とリン。


「……じゃあ、荷物を」


「荷物? 部屋に置いてあるのは部費で買った備品だろう? お前のではない」


「……そういやそうか。分かったよ、出ていく。それでいいんだろ……」


 俺は全身にまとわりつく倦怠感の中、サー室を出た。直後部屋の中で爆笑が起こる。俺は何だか虚しくてやるせなくて、「あーあ……」と猫背になる背中も正せないで、トボトボと歩き去った。











 帰る足そのままに大学に退学届けを出して、俺はいつも走っているダンジョンへと足を向けた。


 RDA―――リアルダンジョンアタック。


 それは、バトルロワイヤルとは全く違うルール形態だ。バトルロワイヤルが広大かつ難易度が低いダンジョンで、プレイヤー同士でやり合うことをメインとするルールであるなら、RDAはその真反対と言っていい。


 場所にもよるが、RDAはに行う、タイムアタックだ。たった一人で何度も何度も死にながら挑む、孤独な戦い。敵はすべてモンスター。人間なんて自分以外いやしない。


 何故バトロワがRDAみたいな高難易度ダンジョンでは行われないか。その理由は単純だ。何せ、たった一人の王者を決めるのが楽しい見世物なのに、「全員モンスターに食われました」じゃあ興醒めもいいところだからだ。狭いのも良くないしな。


 それで俺は、大学裏の山を登る。生い茂った草むらをかき分けて、途中の小屋でリスポーン登録と俺用の武器の回収と装備を済ませて、馴染みのダンジョンを前にした。


 そして俺は一人、追放のショック、馴染みの場所特有の安堵感からの気のゆるみで、足腰から崩れてしまいそうな気持でため息を吐いた。


 そこにあったのは、血でさび付いたような古ぼけた鉄扉だった。ひどく分厚いそこには、『管理番号201000』と印字されている。かつて付けた、政府の管理番号だ。


 別名『不踏の闇』ダンジョン。ダンジョンが発生し始めた際には凄腕の調査員何千人もの人間を飲み込んだ。人類が死を克服してなお、このダンジョンを踏破したのはたったの


 あのサークルの面々ではない。奴らはハナバナしい対人戦厨だから、こんな薄暗い場所には来ない。ここの攻略者は、RDA.comに登録している中でも割と有名な人たちだ。


「RDAか………」


 今までは趣味で勝手に走って勝手に記録を記録掲載兼ダンジョン管理サイト、RDA.comに載せていただけだった。だが、人によってはその文脈で記録映像を元に動画投稿していたり、そもそもの記録の撮影を配信していたりと、記録の共有に勤しんでいる人も多かった。


 そしてそういう人の中には、動画投稿サイトで再生数を伸ばして、広告収入を得ている人もいた。いわゆるインフルエンサーという奴だ。


 彼らは伸び悩んでいる時こそ苦しいものの、伸びれば一攫千金という世界に生きていた。実際、RDA関連での友人にもそういう手合いがいる。彼は別荘を各地に持っていて、そのすべてがダンジョンから徒歩十分圏内だった。


「……そういや前に、『配信やってみないか』とか誘われたっけな。バトロワ側でやってたからって言って、あの時は断ったけど」


 軽くアクセスしてみるも、案の定管理権限は剥奪されていた。予想通りというか、手が早いというか。まぁサークル全体のアカウントだったしな。動画編集はプレイヤーではなく広報担当の管轄だ。


「……いい機会だし、やってみてもいいかもな……ハハ」


 大学中退が決まってしまった以上、食い扶持が必要になるだろう。配信で食っていくなんてちょっと想像もつかないが、親に心配されないように小遣いくらいは稼げるようになった方がいいはずだ。


 俺はやけになって、『死にダンで世界1位を取るまで耐久配信』と銘打って、登録者が0人のアカウントで配信を始めるのだった。

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