第3話 やけっぱちRDA配信 計測:~20分まで
一つ目のモンスターエリアで通行の邪魔になるサイクロプス6匹を殺してから、俺はさらに道を駆け抜けた。タイムは5分ジャスト。かなり良い。
「よぉし! モンスターエリアをいつもより5分早く抜けれたし、このまま進みたいところだな」
『慣れてるなら解説もヨロ』『大型新人を見つけちまったな……』『この先どんな感じなん~?』
コメントに言われて、「ああそうか、そう言うのもやった方がいいのか。了解」と軽く頭でどう説明したもんか考えながら足を進める。
『こいつのモンスターの殺し方えげつねぇよな……』『チャンネル名何だっけ』『コズミックメンタル男チャンネル』『んじゃコメオだな』
勝手に謎の略称をつけられ始める。俺はクスッと笑いながら「コメオか」と言う。くしくも日頃周りから呼ばれるあだ名と同じだ。それで行こう。
『嬉々として殺すな』『モンスターの命を大切にしろ』
「何かすげぇ的外れな罵倒を飛ばしてくる奴いるな」
『コメオ、お米好き? 好きだよな? 好きって言え』
「こわ」
謎コメントを聞き流しつつ、俺は腕を振って全力疾走を続ける。
「えー、解説。解説な。じゃあ、次のエリアはトラップがいっぱいあるぞって話をするか」
俺はコホンと咳払いをしてから、顔の隣を飛ぶハミングちゃんのカメラに語り掛ける。
「次のトラップエリアは、序盤の奴に比べても初見殺しでな。どうなってるかって言うと、狭い道があって、滅茶苦茶な数のスイッチがあって、そのどれか一つを踏み抜いたら落とし穴に落とされて死ぬか、せり出してくる壁に押しつぶされて死ぬか、天井が落ちてきて死ぬ」
『ヒェ』『殺意高すぎィ!』『ここの天井に押しつぶされたとき痛かったゾ~』『成仏してクレメンス』『厳しい道のりか』とコメントが流れていく。だが、俺は首を振って否定した。
「いや? そうでもないぞ。もうここでは死に尽くしたから、多分どうにもならん」
『えっ』『えっ』『草』『多分嘘じゃないんやろなぁ……』『マジかよこいつ』
言われながらも俺は淡々と走る。淡々と。淡々と……。
「……暇だな」
『そこに気付くとは天才か』『マジでワナが一つも作動しねぇ』『君配信者の才能あるよ』『誰だよお前』
「こういうときどうすんの? 身の上話でもすればいい?」
『特定されたいなら』『やめとけ』『性癖の話ィ……ですかねぇ』『コメ返しでもすれば?』『匿名の質問箱系統どう? レターチョコレートとか』『今はやっぱレタチョコ優勢よなぁ』『そもツイッティング知らんし』『アカ名後で概要欄にはっつけといて』
レターチョコレート。そういうのもあるのか。走りながらググってみたけど、走りながらやることじゃないな。
「いいや。普通にコメントと戯れようと思う。何か質問あれば返すよ。ツイットアカは概要欄な。了解」
『承知しました、な』
「何だこいつ……」
じわじわ見てくれる人も増えてきて、初配信なのにすでに視聴者が70人を超え始めている。すげーな。こんなに楽しいもんだったのか配信って。もっと前からやっておけばよかった。
ということで、俺は飛んだり跳ねたりしながらワナを回避しつつ、目に留まったコメントを一つ一つ返していく。―――ッ、と、あぶな。今スイッチ踏みかけた。流石に油断はできねぇな……。
「おーし、じゃあボチボチやってくか……。まず一つ目。『昨日米何粒食べた?』粒単位で数えないが」
『草』『草』『こいつプロレス適正高いな?』『レタチョコが待たれる』
何か思ったのと違うな。まぁいい、次。
「『配信開始5分ちょっとで小バズしてるけど気分はどう?』え、めっちゃいい。むしろ何でこんな集まってこれたのか聞きたい。何で?」
聞き返すと、コメ欄から『RDA初心者が無謀なダンジョンに挑んでむごたらしく死ぬ様子を眺めたい、って奴は多い』とか『イキってる奴が死ぬのっておもろいじゃん? それ』と何だか闇の深い意見が挙がる。うーんそっか。俺何も見なかったことにするね。
「次。『さっきのパリィ意味わかんないんだけど何? どういうこと?』お前の質問がよく分かんねぇよこっちは。普通のパリィだろ」
答えると、『そんなわけあるか』『どんな魔法の補助入れてるのかさっぱり分からん』『普通の「パリィ」スキルではないことだけは確か』『コメオって純人間っぽく見えてたけど実は違う? 亜人の血が入ってたりする?』と矢継ぎ早にコメントが流れる。
「魔法の補助はもちろん入れてる。血筋は純人間。亜人の血は何も入ってないから腕力が常人から外れてることもない。これで説明足りてるか?」
『エンチャントに使える魔法でああまで強力な効果持つ奴あったっけ……?』『とりあえず意味分からん技術持ってるのは分かった』『つーか経験値がすさまじい感じあるな』そりゃ誰よりも死んでますしおすし。
こんなもんか。
「んじゃここらでコメ返しは終了。コメント主はこの回答で満足してくれたかね? まぁわかんなかったらまた聞いてくれ」
と。そこで俺は急ブレーキをかけ、素早く岩陰に隠れた。直後大量の吸血蝙蝠が塊で通路を抜けていく。アレに巻き込まれたときは全身干からびて死んだっけ。痛かったなあ。
「ここからは再びのモンスターエリアだ。さっきよりも殺意が高いので、進みながら解説するぞ」
『コメ返しタイムはおしまいか』『総じて草だった』『ちょっと癖のある感じいいな』とコメントで妙なことを言う視聴者たちを余所目に、俺は深呼吸をして第2モンスターエリアの様子を窺う。タイムは13分。第2トラップエリア単体で見ても、いつもより少し早い。
複雑な地形はいつも通りだった。故に、道順も完全に頭に入っている。そして、その中で闊歩するサイクロプスたちの居場所もすぐに分かった。
以前のように、サイクロプスだけなら余裕で捌けるのだ。今更サイクロプス相手のパリィで失敗などしない。だが、ここにはもう一種類、嫌な敵がいる。
『解説』『解説よろ』『はいここで解説!』
何か教官みたいなのいんな。ありがたいっちゃありがたいが。ウザさもある。
俺は「えー」と文言を頭の中でこねくり回して、説明し始めた。
「ここの敵はサイクロプスがいるのともう一種、さっき通過した吸血蝙蝠がいる。んで、実際に厄介なのはこの吸血蝙蝠なんだ」
初配信の俺の所に来るようなRDAへのアンテナバリバリのコメント欄は、『分かる』『ウザイよな蝙蝠』『蝙蝠は殺せ』と殺意をあらわにコメントしている。
俺は一度深呼吸を挟んで呼吸を整えてから、再び全力疾走で駆け出した。
「ここの蝙蝠はさ、吸血蝙蝠っていうくらいだから侵入者の血を吸って回復してくるんだが、そんなのはどうでもいいんだよ。奴らの一番嫌なところは――」
そこで俺は、まさにその吸血蝙蝠の嫌なところが目の前で発現しようとしていることに気が付いた。まっず、と腰に携帯していた毒クナイを抜き取り、『投擲』をスキルセットする。
俺の姿勢はスキルによって最適化される。呼吸が自動で深くなり、意識が鋭く、かつ広くなるのが分かる。
そして俺は大きく振りかぶり、ブレない体幹を回転軸に毒クナイを投擲した。
それは素早く周囲を確認して、敵の接近がないことを確かめながら魔法詠唱を開始だ。毒クナイが蝙蝠たちの群れにうずもれる。瞬間、詠唱は完了する。
込めたニュアンスは『拡散』と『阻害』。毒クナイを中心に、蝙蝠たちの群れは拡散する毒の霧に包まれ、行動を阻害される。
『毒霧か』『テクいな』『RDAでは賛否ある毒霧』『安定しない敵とかは毒霧よな』
コメント読み上げに「あっぶねぇえええ!」と返しながら、俺はダッシュで蝙蝠たちの群れの真下を走り抜けた。ついでに効果の切れた毒クナイを回収して、さらに走る。途中でルート取りに邪魔なサイクロプスにパリィを決めてぶち殺しつつ先を進む。
そうしてやっと余裕を取り戻したところで『つーかさっき焦ってたのって何なん?』『結局蝙蝠の嫌なところの話聞けてないな』というコメントを発見し、「ああ、解説出来てなかったな」と走りながら呼吸を落ち着けつつ、俺は話し始めた。
「アレに焦ってたのが何なのかって話だが、吸血蝙蝠って全身麻痺効果のある音波を発射してくる時があんだ。一つ一つは一秒も麻痺らないんだが、大群で一斉にぶつけてくると一分とか動けないのよ。んで、サイクロプスにゆーっくりぶち殺されるわけさ」
『即死コンボじゃん』『蝙蝠は死ね。死にダンだけじゃなく普通のダンジョンの奴も死ね』『素早くて攻撃当たんねんだよな蝙蝠』『蝙蝠は殺せ』
「そうそう、蝙蝠は殺せ、犬も殺せ。ってのがRDA界隈では常識よ。一応麻痺対策に仕込んできてはいるが―――」
そこで、カメラを持ってきてついて来てくれてたハミングちゃんが、俺の肩に留まってチチッと鳴いた。緊急信号の合図だ。俺は総毛だちながら周囲を見回し。
蝙蝠の群れが、まとまってではなく、俺の周囲を取り囲むようにして音波を放つ準備をしていることに気付いた。
――――――え、何それ初めて見るパターンなんだが。
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