剣の舞②

 リュウは示現流の素早い連撃に苦しめられた。

 示現流は必殺剣法、受けてその太刀筋を覚えた頃には、多くが命を失っている。

 しかし基本的には縦方向の斬撃しかないので、すんでのところで横へかわすが、その力は凄まじく、切っ先が叩きつけた地面は割れている。警部の腕だけではない、魔剣の力が大いに影響しているだろう。

 こんなもの、食らったらひとたまりもない。

 上野の山で対峙して、どのような剣術か知っていることだけが幸いだった。


 しかしこの太刀筋……。

 リュウは光明を見出して、奥歯を噛み締め握るつかに力を込めた。

『キエェェエェェェェェェェェェェエェェエ!!』

 落下する斬撃の一瞬を突き、刀の背になまくらを乗せた。なまくらはそのまま背を滑り降り、つばまで落ちた瞬間に、リュウは全体重を掛けて押し込んだ。

 魔剣は警部の手を離れ、地面に叩きつけられた。


 警部が意識を取り戻し、辺り一面に突っ伏している部下たちに激しく動揺した。コンコがひとりひとりに声を掛けると、気を失っているだけで全員に息があり、ふぅっと安堵のため息をついた。

 目の前には、なまくらを仕舞うリュウがいる。

「き、貴様か! 辻斬りの正体は!」

「違う、これはなまくらだ」

「な、な、な、なまくらでも気を失わせることはできるだろう。貴様でなければ、誰の仕業だ!」


 怯えきった警部にリュウはやや呆れ顔である。

「信じないかも知れないが、この魔剣……」

 リュウは魔剣を掴むと、なまくらを捨てた。

 魔剣を構えたリュウの凄まじい殺気に、警部は悲鳴を上げると腰を抜かして動けなくなってしまった。


 リュウは警部に見切りをつけて、ゆっくりと口を開いた。

『人を操るのは容易たやすいことだが、剣の腕ばかりはどうにもならぬ。先の男では、気を失わせることが関の山だ。しかし、ようやく我に相応しい剣士を手に入れた。これで久方ぶりに生き血が飲めるわい』

 発せられた声は低く野太い。それはリュウの声ではない、リュウの身体に取り憑いた魔剣の声である。

 リュウがゆっくり首を回すと、天水桶から首を出すコンコが目に映り、獲物を見つけたと言わんばかりに顔を怪しく歪めて笑ってみせた。

 コンコは恐怖に青ざめた。


 絶え間なく襲ってくるリュウの斬撃を、コンコは紙一重で躱し続ける。

 当たらず躱していられるのは、リュウが魔剣にあらがい太刀筋を歪めているからだ。

 振り回される刀の鋭さが、押し殺されている。

 真正面で狙われても、ピクリと動いた切っ先はブレて真っ直ぐ下ろされない。

 全身を泥だらけにして斬撃を避けつつ、コンコは一点を注視していた。


 早く、あれを取り戻さないと……。


 強い殺気に正面を見上げると、リュウが魔剣を振り上げていた。その切っ先に一分たりともブレはなく、コンコめがけて真っ直ぐ振り下ろされるのは明らかだった。


 リュウが叫びを上げて、一瞬の迷いなく魔剣をコンコに振り下ろした。ためらいがあった今までの太刀筋とは、比べものにならない鋭さである。

 目にも留まらぬ速さで地面を叩いた切っ先が、稲妻のような地割れを作った。


 そこにコンコは、いなかった。


「リュウ! 僕たちの刀は、こっちだよ!」

 リュウの足元で膝をついたコンコが、妖刀の柄で魔剣を突き上げた。

 魔剣はリュウの手から離れて、円を描いて宙を舞い、月をかすめて警部の眼前で突き刺さる。

 そして警部は気絶した。


「コンコ、かたじけない!!」

 リュウが刀を構え、コンコが祝詞を唱える。

 魔剣を正面に捉えた妖刀は、まるでそれを睨みつけているようである。

 魔剣が紫の霧を放ち髑髏を浮かび上がらせた。がらんと空いた眼窩がリュウとコンコに向けられて、獣のように襲いかかった。

 牙を剥いた髑髏から、妖刀が放った青白い光跡が横一閃になびいていった。

 髑髏の顎が上下に外れ、コンコとリュウの間をかすめ、ひび割れだらけの地面に落っこちた。

 すると魔剣から、春を迎えたようにピシピシと音が立ち、すべてがひびに包まれると硝子の殻が砕け散った。


 刀の憑物が落ちたのだ。


 コンコが地面に転がる白いかけらを拾い上げ、虚空より取り出した壺に落として封印した。

 コンコがニッと笑って拳を突き出すと、リュウが拳を突き当てた。


 コンコに揺さぶられて目覚めた警部は、リュウを見るなり怯えて震えて金切り声を上げていた。

「落ち着け。俺もお前も、あの魔剣に取り憑かれておったのだ」

「あの魔剣は、どこにあったの?」

「爺さんが届け出たんだ。あまりに見事な一物なので、もらい受けることにしたのだが……」

 コンコはいぶかしげな顔をした。それは、あやかしかも知れない。それも高島が言っていた恐ろしいあやかし、と。


 冷静さを取り戻した警部は、リュウに怪訝な目を向けた。

「お前、どこかで会っていないか?」

 リュウが気のせいだと言い放ってきびすを返すと、コンコが慌てて後を追った。


「リュウ、あの警官って……」

「知らぬ、気にするな。それより、コンコに怖い思いをさせてしまった。何か詫びをさせてくれ」

 コンコは、口元に人差し指を当てて考えると、パッと明るい顔をした。

「あいすくりん!」

「あいすくりんか、食べたことがないな」

「あと、おいなりさん! 泉平いずへいの!」

 嬉しそうに輝くコンコの瞳に、リュウはプッと笑いを漏らした。笑うなど、何年ぶりだろう。

「やはりコンコは、お稲荷様だな」

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