剣の舞①

 話は少しさかのぼる。


 神奈川県庁第四課、警察担当の元へ風呂敷包みを手に提げたひとりの老人がやって来た。

「蔵から出てきたものなのだが、禁制品になってしまった。どうか、そちらで引き取ってくれぬだろうか」

 その包みは細長く、開かなくとも打刀うちがたなだと、そしてかつて武士であった警官には、惜しいと思えるほどの品だとわかった。

「腰に提げるのが禁じられたのであって、家から出さなければ差し支えない。これだけの刀ならば大事なものだと思うのだが、本当によいのか」

「提げられぬ刀剣に何の意味がありましょうか。これが飾りではないことは、お侍様だったあなた方ならわかるはずだ。どうか引き取ってくれ」

 警官の気遣いにも、老人の態度はかたくなだ。

 そこまで言うならと受け取って包みを開くと、警部が警官を押しのけて、目を丸くして感嘆の声を上げた。


 時を戻して、高島邸。

 リュウは、数々の大事業を成し遂げて隠棲した嘉右衛門が、まだ40代半ばであることに絶句していた。

「あやかしを納めてくれる神社か。野毛山に、お伊勢さんが出来たろう。あそこではダメかい?」

「まだ来たばっかりで、横浜のことがわかっていないんだ」

「お三の宮はどうだ? 吉田新田の総鎮守だ」

「うっ……あそこは……」

 コンコは、顔を歪ませ言葉を濁した。どうも、避けたい場所らしい。


「今まで、封じたあやかしはどうしていたのだ」

 リュウのふとした疑問に、コンコは気不味そうに苦笑いをした。

「……そこらへんに埋めた……」

「そこらへん!? そんなことを!?」

「だって! 田んぼと畑しかなかったんだよ!?」

「まあまあ、恨むなら田畑を町にした、この高島にしておくれ。長く続いている神社を私がいくつか当たるから、見つかるまであやかしを預ろう。ところで、面倒事なのだが」

 仕事の依頼だ。詳しく聞くところによると──


「辻斬り?」

「ひとり目は海に落ち、ふたり目は電信柱を盾にして難を逃れたそうだ。しかし、早くしなければ取り返しのつかないことになる」

「襲われたのは西洋人か?」

「それが洋の東西を問わぬようだ」

 ならば攘夷派ではなく、愉快犯の凶行だろう。

 大義もなく面白がって刀を振るうなど、武士として到底許せるものではない。あやかし退治ではないかも知れないが、リュウはふたつ返事で引き受けることにした。


「ただリュウさん、刀を提げたあなたが辻斬りに間違われるかも知れない。警官の夜回りもあるだろうから、慎重に頼むよ」

 高島の言うように、捕縛されてしまっては辻斬り退治どころではない。厄介な仕事だが、覚悟を決めてリュウはコクリとうなずいた。


 さっそくその夜、警官の目を避けながら辻斬り探しをはじめた。

 見つけるために目を見張り、見つからないよう気を配る。これを同時にしているのは骨の折れることだった。


 警官だ!

 電信柱にピッタリと身を寄せて、姿を隠しつつ様子を伺った。

 が、コンコの尻尾が飛び出していた。

「あれは何だ?」

「なんだ、狐か」


 これは不味いと場所を変えたが、また警官だ。

 道端に積まれた天水桶てんすいおけに身を隠しつつ、様子を伺う。

 が、コンコの狐耳が飛び出していた。

「あれは何だ?」

「なんだ、狐か」

「……こんな町中に狐がいるか?」

 

 再び場所を変えるとリュウは、声を殺してコンコに問うた。

「コンコ、人の姿をしておきながら何故、尻尾が生えている」

「尻尾がないと、真っ直ぐ歩けないじゃないか」

「ならば耳は? 何故、人の耳ではない」

「よく聞こえるからに決まっているじゃないか」

「では何故、人の姿をする」

「町中で狐は目立つじゃないか」


 ガックリと首を垂らしてため息をつくリュウの目に、あざやかな緋袴ひばかまが飛び込んだ。

「いつの間に巫女装束に!」

「だって、雰囲気が出ないじゃないか」

「こんな目立つ格好をする奴があるか!」

「しっ! 誰か来る」


 ブーツの音が次第に迫る。コンコとリュウは互いの口を塞ぎ合い、物陰に身体を押し込めた。

 やはり警官だ。やり過ごそうとしたが、目の前の四ツ辻で立ち話をはじめてしまった。

 しかし、どうも様子がおかしい。

 よく見てみると、警官たちはサーベルだったが警部だけが日本刀を帯刀していた。


「実際、辻斬りに遭ったらどうすりゃいい?」

「数で組み伏せるしかないだろうよ」

「そんな……誰かが斬られてもおかしくないじゃないか」

 宮仕えも苦労が多いのだろうが、こんなところで愚痴を言い合わなくても……。コンコとリュウは音を殺して、ため息をついた。


 気弱な部下に説教でもするのだろうか、警部が重々しく口を開いた。

「貴様ら、斬られる覚悟でもあるのか」

 警官たちは慌てて「滅相もございません」と、苦笑いをして誤魔化した。

 警部は威厳に満ちた物言いをしているが、警官たちの態度を見る限り、舐められているらしい。

「では、辻斬りと対峙する心構えはあるのか」

「そりゃあ、もちろんですとも。たとえ丸腰でも警察官としての勤めは果たします」


 胡麻をするような軽い言い方が信用ならない。いざとなったら、警部を最前線に送り込む腹づもりだろう。

『ならば試して進ぜよう』

 警部の声が野太くなった。

 腰のものに手をかざしたその瞬間、警部を閃光が包み込み、へいこらしていた警官たちはひとり残らず力を失い崩れ落ちた。


 魔剣だ……。


 息を呑むふたりに警部がゆっくり目を向けた。

 獲物を見つけた。

 獲物とは、俺たちだ。

「コンコ、出るなよ」

「リュウ、気をつけて」


 リュウが警部と対峙する。

 ニヤリと歪んだ顔の横に、魔剣の柄が掲げられた。突き立てられた刀身が、月明かりを浴びて白銀に輝くと、紫のもやに包まれてケタケタ嘲笑わら髑髏どくろを浮かばせた。


 やはり示現じげん流……上野の山で戦って以来だ。

 リュウは踏み込む形となって、妖刀の柄に手をかざし、警部の挙動を一分たりとも見逃すまいと睨みつけたまま静止した。

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