第3章

再びの二人



「この間の事件も、”悪魔”の仕業だったんだってねえ。」

「最近怖くて怖くて、眠れないんだよ。」

「神の御加護があらんことを。」


国中、”悪魔”と称されるエドワードが繰り広げる立て続けの事件に、驚愕していた。



────


「(新薬による実験は、確かNo.15組織ディランが関わっていた。しかし、それが違法だと証明するものも何もなく、公にはできなかった。奴は、組織中枢とも言える存在だったしな。そして最近また新たな実験をしていたと聞く。にも関わらず、昨日、事故死だと?・・・この事件は、恐らくディランと関係している。)」新聞を広げている一人の男は、昨日の放火事件とディランの突然死を結びつけた。


「(・・・皆噂している通り、”悪魔の裏切り者”と呼ばれる奴の犯行で間違いない。犯行手口は、いつも放火だからな。・・・そして、奴は、かなり頭の切れる者で、組織の人間だと断定していいだろう。)」男は、新聞を畳む。


そして、どこかで見たことのある服装を見つけ、顔を確認してから急いで席から立ち上がる。



────


「そういや、エドワード、トイレ長くねえか?」トイレに行くと言って、席を離れてから戻ってこないエドワードを心配するハーヴィ。


「その内、帰ってくるだろう。腹でも痛えんじゃねえか?」チャーリーは、適当に答える。


「いや、今朝、エドワードは快便だったと思うが?」平然とした顔で、答えるディヴィッドに、ハーヴィは口が半開きになる。


「なんで、エドワードの便事情知ってんだよ!」ハーヴィは、思わず突っ込んだ。

だが、ディヴィッドはそ知らぬ顔で、読書をしていた。


────



「よっ、エディ!」エドワードは、その声に少々驚き横を見ると、そこにはアルフレッドが立っていた。


「アルフレッドさん・・。奇遇ですね。・・まさかトイレの前で会うとは。」エドワードは、ちょうどトイレから出てきて、手を洗っていた。


「ははっ!そうだな!そう言えば、エディ、この前帰ったんじゃねえのか?」エドワードと出会うことに、違和感を覚えるアルフレッドであった。


「ええ。ですが、また仕事でこちらに来ていたのですよ。それも終え、今日帰りますが。」エドワードは、何気ない顔で濡れた手をハンカチで拭く。


「そうか。大変だな、郵便配達ってのも。」アルフレッドの言葉に、拭いている手が少し止まるが、エドワードはフッと笑う。


「そういや、エディはどう思う?昨日の放火事件のこと。」アルフレッドは、いきなり話を切り込む。


「”麻薬を使った者たちの末路か?”についてですか。些か奇妙な気がしますが、酷い事件ですね。」エドワードが何気なく言った言葉に、アルフレッドは何かに気づく。

「確かに、ありゃひでぇな。だが、なんで事件だなんて思うんだ?新聞には、麻薬を使った野郎共が勝手に自殺したとしか書いてなかったぜ。」アルフレッドは、エドワードの方をチラッと見る。


「最近、市民達を襲う事件が多発していましたよね。その事件の被害者は25名。そして、今回の自殺者も25名。まずここに共通点があります。何よりも奇妙なのは、放火自殺を図った25名とも、火傷すら負わずに病院へ搬送されています。これは、何か裏のある事件に違いありませんよ。」エドワードは、自身が行った犯行を、新聞に記載されている範囲内で話す。


「まあそうだな。放火までして自殺しようとしてた奴らが、一つも火傷せず亡くなるなんてあり得ねえ。しかも、残りの3人はともかく、22人も脳死だなんてな。」アルフレッドは、今回の事件にかなり疑問を感じているようだ。


二人がトイレの前で、3分ほど話に夢中になっていると、一人の男性がやってきた。


「これはこれは、ウィルソン様ではありませんか?」白髪頭の温厚そうな男性は、アルフレッドの顔を見ると、明るく笑いかけた。

「お!トンプソンさん、久しぶりだなあ!」どうやら、彼はアルフレッドの知人のようだった。


「先日はどうもありがとうございました。おかげで、この通り、仕事にも行けるようになりました。」トンプソンさんは、アルフレッドに何度も申し訳なさそうに頭を下げていた。

「やめてくれよ、トンプソンさん!俺は、ただ病院へ連れて行っただけで、治したのは医者だろ!」アルフレッドは、先日怪我をしていたトンプソンさんを偶然街で見かけて、助けてあげたのだった。


「そうですが・・。」トンプソンさんは、何か言いたげな様子であった。その様子に、エドワードは少し疑問を持つ。


「・・失礼ですが、何かお困りですか?」エドワードは、思わずトンプソンさんに話しかける。

「え?」トンプソンさんは、エドワードの突然の声かけに戸惑う。

「いえ、少々気になる点がありましてね。そちらの新聞、かなり力を加えて持たれているので。」エドワードは、トンプソンさんが左手にもつ新聞を指摘する。


「あ、い、いえ、これは、捨てようと思いまして・・はは。」何かを隠しているのは、確実だが、嘘をついているトンプソンさんを不審に思うエドワードであった。


「あ、そうだ、トイレ入るんだよな!ここにいちゃ俺たち邪魔だよな!じゃあまたな、トンプソンさん!」アルフレッドは、気まずそうなトンプソンさんに挨拶をして、颯爽とその場を去る。




「エディ、ちょい待ち。お前はまだ帰さねえよ。」アルフレッドは、エドワードが自席に向かおうとするのを止める。


「何でしょう。」エドワードは、アルフレッドに指で指された向かい席に座る。


「実は俺も、エディ同様、彼が何かを隠していることに気づいている。」アルフレッドは、テーブルに両手を置き組む。

「俺は、困っている人がいたら助けてぇと思うんだ。それがもし、組織体制の影響ならなおさらな。」アルフレッドの予想外の言葉に、エドワードは目を見開かざるを得なかった。


「・・・っ。貴方は、組織体制を良く思われていないのですか。」エドワードは、一点を見つめる。

「ああ、そうだな。組織なんてのは、国民を惑わす偶像だ。実際は、腐敗しきってやがる。エディ、お前が、組織の人間なのは分かっているが、ぶっちゃけどう思うよ。

この国の組織制度、良いのか悪いのか。」アルフレッドは、賭けていた。エドワードがどっちの答えを言うのか。もし良いと答えるなら、白で、悪いと答えるなら、黒だとさえ思っていた。


「そうですね、今の組織体制は、良くも悪くもあるってところでしょうか。ある人にとって悪くても、他方では良いと思える節々はあると思います。ですので、一概に良いも悪いも言えませんね。」エドワードは、決定的な立場は示さないでいた。


「・・ははっ!そうだよな!こんな簡易的な鎌かけじゃあ、ダメだよな!」アルフレッドは、大層嬉しそうに頭を抱えながら笑っていた。


「何をお知りになりたいのか分かりかねますがが、僕は決して誘導尋問的なものには引っ掛かりませんよ。まあ僕自身がする時はありますが。」アルフレッドがエドワードから何か情報を引き抜きたいのか、もしくは自分の正体を知りたい為に賭けをしていたことに、エドワードは気づいていた。


「わりぃわりぃ!おふざけが過ぎたようだ!それで、さっきのトンプソンさんだが、俺たち二人で解決できると思わないか?」アルフレッドは、エドワードに顔を接近させる。

「何に困っていらっしゃるか分かりかねますが、僕たちで解決できることなら、喜んで協力いたしましょう。」エドワードは、少々顔を引き、アルフレッドの提案に乗る。


「っしゃ!!!そうと決まれば、トンプソンさんのところに行くぞ!てか、お前さ、なんでそんなに堅苦しいんだよ!アルフィーって呼んでくれないのか?」アルフレッドは、席からガバッと立ち上がると、思い出したかのようにエドワードに伝える。


「ぇ・・」エドワードは、アルフレッドの言葉に、昔ギルバートに言われた言葉を思い出す。”そんな堅苦しい呼び名はよしてくれ!” この言葉は、エドワードにとって、アルバート以外の人物に初めて心を開くきっかけとなった言葉である。


「・・・アルフィー、・・・さん。」エドワードは、戸惑いながらも、アルフレッドの愛称を一度口に出すも、続けてさん付けしてしまった。

「はは!まーじでエディって面白えよ!今は、さん付けでも、必ず呼び捨てで呼んでもらうからな!じゃあ、行くぞ。」アルフレッドは、ご満悦そうにエドワードの手を引いて、トンプソンさんが座る席へと向かう。


「・・・」エドワードは、腕を引かれるがままに、アルフレッドの背中を見つめる。

そして、エドワードは、以前とは違う感情を抱いていた。




────


「トンプソンさん。ちょっといいか?」二人は、トンプソンが座る席を見つけて、トンプソンさんに話しかける。


「!ウィルソン様に、えっと・・」トンプソンさんは、エドワードの顔を見るが、名前が分からず戸惑う。

「申し遅れました。エドワード・ジョン・ホワイトと申します。」エドワードは、丁寧に自己紹介をする。



「もしや、亡きホワイト伯爵の御子息ではありませんか?」トンプソンさんは、一瞬その名に驚き、エドワードの方へ笑顔を向ける。

「ええ。父様とは、お知り合いで?」エドワードがそう問いかけると、トンプソンさんは、顔を俯く。


「・・・・ホワイト伯爵は、遠い昔の学友でございます・・。」トンプソンさんは、どこか悲しげに話し始める。

「ですが、・・悲運にも、・・・」何かトンプソンさんは、ホワイト伯爵について知っている様子であった。


「トンプソンさん。何か追い詰められるほどのことがあったのですか?先ほど申し上げた、そちらのテーブルの上の新聞、捨てる訳ではないですよね。それに、今飲まれているお酒。かなりアルコール度数が強いようですが、貴方はお酒が強くないと見える。」エドワードは、トンプソンさんの行動の不可解な点を指摘する。少量しか飲んでいないのに、トンプソンさんの顔はかなり赤かったのだ。


「そうだ。あんたは、真面目な性格だし、自分が勤めている新聞社の新聞を読み終えたからといって、捨てる為にわざわざ乱雑にしないだろ?」アルフレッドが付け加えて言う。


「・・・そうですね。あなた方には、お見通しのようですね・・。私が何かに悩んでいるのは事実です。ですが!これは、どうしようもできないことなのです。」トンプソンさんは、少々声を荒げる。


「・・・それは・・組織が関わっているからですか?」勘のいいエドワードが口を開く。


「っ!!!!」トンプソンさんは、分かりやすく図星をさされた反応する。


「じゃあ、俺たちが解決してやるよ。話してみろよ。」アルフレッドの顔が、いつもより深刻な表情へと変わる。


「で、ですが・・組織は絶対的な存在です。いくら私が困っているからと言って、何か変化をもたらすことなど!」トンプソンさんのいう通り、誰かが組織の異変に気づいたところで、そこで組織に歯向かえばその人は殺される。だから、無難なのは、じっと耐えることだけだった。


「いーや、市民が困っているのに、組織もねえだろ。何のための組織体制だよ。市民を豊かな生活にする為に敷かれた組織体制なのに、誰かがその組織の圧力によって、困ってるなんて、そりゃただの独裁政治だぜ。」アルフレッドの言葉に、エドワードの心臓が少し騒ついた。


「任せろ!俺たちが解決してみせるさ!」アルフレッドの自信はどこからくるのか、エドワードには分からなかった。しかし、この人なら一緒に解決するために行動しても良いとも、心の中で感じ始めていた。


「・・ええ。トンプソンさんの依頼、僕たちが引き受けましょう。」そうエドワードが笑顔で言うと、アルフレッドはニヒヒと歯を出して笑い、エドワードの肩に腕を回す。


「ウィルソン様、ホワイト様・・。ありがとうございます!」トンプソンさんは、二人をまるで神のように見据え、感謝の意を表す。




──────



「エドワード、まじ来なくねえ?」ハーヴィたちは、まだ来ないエドワードを不思議に思っているのにも関わらず、誰一人として様子を見に行っていなかった。


「放っておけばいいだろ。子供じゃねんだし、いつか戻ってくるだろ。」チャーリーは、戻らないエドワードのことを心配せず、ずっと何か本を読んでいる。


「おい、ディヴィッド。お前、弟心配じゃねえのかよ。」次は、ディヴィッドに尋ねるハーヴィ。


「・・・あの子は、時々妙な所に疑問を持ってずっと考え込む癖があるのだよ。」ディヴィッドは、エドワードの昔からの癖だと言って、チャーリー同様心配していなかった。



「妙な所って何だよ!トイレで妙な所なんてあるかよ!何だよ、二人とも一ミリも心配してねえのかよ。ったく。」ハーヴィは、イライラしながら椅子に深く座り直す。


「心配とか言いつつ、エドワードの様子を見に行かねえのは、どこのどいつだよ。」チャーリーは、すかさずハーヴィに突っ込む。



「い、いや、あいつ、もしや便秘で、ずっとトイレに閉じこもってるなら、俺が行ったら悪ぃかなって思ってよ・・・。」ハーヴィは、謎な気の使い方をしていた。


「いや、エドワードは、ここ1週間快便が続いているようだ。」何食わぬ顔でディヴィッドは、紅茶を一口飲む。



「だから!お前は、なんでエドワードの1週間の便事情を知ってんだよ!!!!」ハーヴィの大きい声が、列車内に響き渡る。







「ックシュ!」その頃、エドワードはトンプソンさんの話を聞きならがら、くしゃみをしていた。




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