第2章
孤児院放火事件 前編
麻薬漬けにされた子供たちの事件から2週間が経った頃。
「ん?何を真剣に新聞を読み込んでいるの?」オリヴィアは、ずっと同じページを読んでいるエドワードを不思議に思う。
「・・・」エドワードは、集中していると誰の声も聞こえなくなる癖があった。
「どうせ、何か事件があったんじゃねえか?」ハーヴィが代わりに答えてあげる。
「事件か?エドワード。」いつも朝に弱いチャーリーが、珍しく早起きして来た。
「・・・ええ。ちょっと残酷な事件ですかね・・。」エドワードは、チャーリーの言葉に反応する。
「ちょっとエドワード兄さん!なぜ私の言葉は無視して、チャーリーさんの言葉には反応するのよ!」オリヴィアは、朝食を準備しながら文句を言っている。
「いや、・・・ちょうど読み終わったタイミングだったから・・・」エドワードは、苦し紛れの言い訳をする。
「全くもう!エドワード兄さんだけ、朝食抜きだからね!」オリヴィアは、いつものようにプンプンしながら、台所へ戻った。
「オリヴィアは、昔からエドワードのことを慕っているね。」デイヴィッドは、二人のやりとりが微笑ましく思っていた。
「それで、今回の事件というのは何なんでしょうか。」ベンが早速聞いてみる。
「・・うん。ベンは、かなり驚くと思うけれど。ここから10km離れたグリーン孤児院で放火事件があったようだ。」エドワードは、新聞からの記事を皆に伝える。
「グリーン孤児院・・?」ベンは、かなり驚いたのか、持っていたカップを落としてしまった。
「誰か知り合いでもいるのか?」ハーヴィが、ベンに尋ねる。
「・・・え・いや・・僕の友人の弟や妹がそこのグリーン孤児院にいると・・。」
ベンは、放心状態になっていた。
「・・お気の毒だが、・・・孤児達は皆焼死したと書かれているよ・・。」
エドワードは言いづらそうに、ベンに伝える。
「・・っ!!誰の仕業なのか、絶対調べたいです・・。そして・・っ。」ベンは、力強く拳を握る。
「ベン。君の気持ちは重々承知しているよ。必ず僕が犯人を見つけよう。」
エドワードは、ベンの肩に優しく触れる。
「ですが、これは組織の仕業ではないかもしれませんよ?エドワード様の組織潰しの計画に・・」そこまで言うと、エドワードは、ベンを抱きしめた。
「組織関連でなければ、僕は動かないと思っているのかな?僕には、血も涙もないと?・・僕も孤児院にいたからベンの気持ち分かるよ、兄さんもね。」エドワードは、悔しさで涙が出ているベンの背中を優しく撫でた。
「ああ。」デイヴィッドはエドワードの言葉に返事をした。
「しかし、ベンはよ、どうやってエドワードと再会したんだ?孤児院が同じだったつっても、途中でエドワード達はホワイト伯爵の養子になったんだろ?」ハーヴィが、ベンの過去について尋ねる。
「・・・ぐすんっ・・それは、今思えば、エドワード様に大変失礼なことをしたと思っているのですが・・」ベンは、涙を拭いて、自身の過去について話し始める。
──────
エドワード15歳の時。ベン13歳の時。
「おい!そこのクソガキ待ちやがれ!!」男の罵声を余所に、一人の少年は雨の中必死に盗んだパンを持って逃げる。
「・・・っ!!はあっ!!!」素早く少年は、路地から路地へと逃げる。
「・・・おい、持ってきたか。」少年は、路地裏で待機していた男三人に盗んだパンを渡す。
「・・っはい!」少年の手からパンが男たちの元へいくが、少年は未だ手のひらを出していた。
「兄貴、お金は・・」少年は、恐る恐る聞いてみる。
「は?お金なんてあるわけねえだろ。お前はただのパシリだよ。」
ハハッと他の二人は嘲笑する。
「・・・・」少年は、そうやって柄の悪い連中のために盗みをして、報酬を得ていた。しかし実際、報酬をくれる人は僅かだった。
「ねえ!聞いた?!?今日こっちの町にエドワード君が来るって!」
「え!!嘘!?こっちの町にも、配達の仕事してくれるの?」
少年は、そんなキャッキャッと明るい声色で話す少女達の会話を微かに聞いていた。
「・・・エドワード、お兄ちゃん・・」少年は、空腹のあまり意識が朦朧としていた。
「・・・・かい?・・・」誰かの呼びかけすら耳に届かなくなり、少年の意識は途絶えた。
「・・・っは!」少年は数時間後、ベッドの上で目を覚ます。
「・・・ここは・・」見慣れない部屋に少年は困惑する。
「おや、お目覚めかい?君は確か、・・ベン・ブラウン君だったかな。」
そこには、ココアを持って佇むエドワードの姿があった。
「・・っ!!!エドワードお兄ちゃん!!!」ベンは、嬉しさのあまりガバッと起きると、頭に激痛が走る。
「ダメだよ、安静にしていないと。君は、雨の中ずっと外にいて風邪をひいたみたいだからね。」エドワードは、優しくベンを横にさせて布団をかける。
「・・エドワードお兄ちゃんに・・僕はずっと会いたかったんです・・。だから、孤児院から抜け出して、エドワードお兄ちゃんが属すと聞く組織へ向かいたかったっ・・だけど、・・僕地図とか分からないから、エドワードお兄ちゃんの居場所が分からなくて・・」ベンは、必死に今までの心境を明かす。
「そうか・・。そこまで僕のために、してくれたんだね。ありがとう。もし君が良かったら、僕のお手伝いをしてみない?」エドワードの提案に、ベンは満面の笑みを浮かべて承諾した。
──────
「そうして、エドワード様とは、少しばかりですが一緒にお仕事をさせていただいて、盗みなどの経験から、スニーキングスキルを習得したんです。」ベンは、エドワードとの再会を語る。
「なるほどな。じゃあ、地図の見方もエドワードに?」ハーヴィは少し小馬鹿にしたように聞く。
「ちょっ!地図の話には触れないでくださいよ!今じゃ大学だって行けるほどの教養を身に付けたんですから!エドワード様のおかげですが。」ベンは、胸を張って言う。
「まあまあそこまでにして。この事件についての話し合いをしようではないか。」
デイヴィッドは、新聞をテーブルに広げる。
「ああ、これ以上外れた話はしてられねえぜ。」チャーリーは、タバコを吸い出す。
「それで、エドワード。これからどうするんだ。」ハーヴィは、朝食を食べながら尋ねる。
「とりあえず、記事から情報を整理してみましょう。」エドワードは、デイヴィッドが広げてくれた新聞を見つめる。
「グリーン孤児院で放火事件。孤児達は皆焼死・・。午前0時に放火された模様。
院長、悲痛な胸の内を明かす・・・。院長は助かったということかしら。」
オリヴィアは、新聞の中身を覗いて記事を読み上げる。
「そうみたいだね。とりあえずグリーン孤児院の場所に出向いて見よう。」
エドワードはそう言って、手を顎に当てて考え込む。
「何か気になることがあるのかい?」デイヴィッドは、エドワードの考え込む姿を見て不思議に思う。
「・・いえ、全ては現場に行ってみたら分かると思います。」エドワードは、少々引っかかる点があった。
エドワード達は、馬車でグリーン孤児院まで向かった。
「はあー!疲れたぜ!やっと着いたけど、これからだもんな。」ハーヴィは、全身を伸ばして、あくびをする。
「ふん。これしきで疲れるなんて、情けないな。」チャーリーは、タバコをくわえながら、コートを着直す。
「・・しかし、酷いです。跡形もなく全焼していますね。」ベンは、変わり果てたグリーン孤児院を見て、驚愕する。
「ところでエドワード。俺たちが、捜査してるなんて知られちゃまずいんじゃないか?」ハーヴィは、エドワードがどのように捜査の理由を付けるのか気になっていた。
「そこは安心してください。僕たちは、この町の伯爵家の茶会に招待され訪れた。しかし、事件にあったグリーン孤児院が近くにあったので、”たまたま”気になってお話を伺いにきた、という体です。」エドワードは、不適に微笑んだ。
「なるほど。では、ハーヴィ、チャーリー、ベンは、私たちのお付きの役をしなければならないようだ。」デイヴィッドは、順を追って三人を見る。
「え!じゃあ、この礼服は、そのためにですか?」ベンは、事前にエドワードに言われた通り着用した礼服を見てみる。
「うん、設定には忠実にしないとだからね。ハーヴィの眼帯は仕方ないけれど、チャーリーのタトゥーは、手袋で隠させてもらったよ。」エドワードの抜かりない用意に、ベンはまた感心する。
「それでは、院長先生の元へ話を聞きに行きましょう。」事前に調べておいた、院長の家へ一行は向かった。
「なるほど。ジェームズ伯爵の茶会に。」院長の家に着くと、院長はエドワードたちを快く出迎えてくれた。
「ええ。そんな時に、このような残酷な事件を耳にしてしまい、少々お話をと、思いまして。まずは、心よりお悔み申し上げます。」デイヴィッドは、出された紅茶を一口飲むと、カップをテーブルに置き、院長の瞳を見つめた。
「・・いえ、わざわざホワイト伯爵家のディヴィッド様とエドワード様からお悔やみの言葉をいただけるだけでも、恐れ多いです。誠に感謝いたします。」院長は、丁寧にお辞儀をする。
「それで、スコットさん。事件当時のことを詳しくお話しいただけますか。」エドワードは、院長の表情や仕草を詳細に見ていた。
「・・ええ、もちろんです。子供達は、いつも通りあの日は寝ていたはずです。そして私は、このように家もあり、家族もいますから、孤児院では寝ずに自分の家に毎晩帰ってきます。ですが、午前0時頃、何者達かが孤児院に火を放ったと翌朝になって聞ききました。」院長は、事件について詳しく説明する。
「・・・そうですか。ところで、スコットさん。お昼に、ステーキとワインを召しあがられましたか?」エドワードは、的外れな質問をする。
「え、・・あー、確かに今日のお昼は、そんなメニューでした。」院長は、エドワードの質問の意味は分からないが、質問の答えをする。
「来週、僕たちの屋敷で茶会をする時に、ご一緒いかがですか。」またまた事件の話とは、関係のない内容の話をエドワードはする。
「あ、え・・私なんかが行って良いのであれば・・。」その回答を聞いて、エドワードはニッコリとする。
「もちろんですよ!それでは僕たちもあまり長居してはいけませんので、そろそろ行かせていただきますね。今回の事件の犯人が捕まることを、心より願っております。」エドワードは、丁寧に挨拶をして、院長の家を後にする。
「それで?もう全てが分かったという顔をしているね?」デイヴィッドは、エドワードに確信の顔を向ける。
「え!?あれだけの会話で何が分かったのですか?!」ベンは、デイヴィッドの言葉に驚きを見せる。
「・・ええ。完全に院長が犯人で間違いないでしょう。」エドワードは、断言する。
「なぜ院長だと?説明してくれエドワード。」ハーヴィはキツく結んだネクタイを緩める。
────
一方、スコット邸にて。
「ねえ、あなた。先ほど来ていらしたのは、亡きホワイト伯爵家の御子息達のようだけれど、何の用でしたの?」院長の妻は、エドワードたちが帰った後に、自身の夫に尋ねる。
「ああ、確かジェームズ伯爵の茶会かでここら辺を訪れて、孤児院の事件が気になったみたいだ。」院長は、本棚の整理をしながら答える。
「ジェームズ伯爵の茶会?・・・最近、茶会など開かれていないわよ・・。」
院長の妻は、身震いを覚える。
「・・何、だと?・・」院長は、その言葉を聞いて、整理していた本を床にドサッと落としてしまう。
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