真紅の海 前編
「お嬢ちゃんよぉ。こっちに来てくれさえすりゃいいのさ。」
薄気味悪い男が、路地で幼い女の子に迫っていた。
「い、いや!」
「そうかい。なら・・」
そう言った直後、女の子の背後に男の仲間なのか、別の男が女の子の口元に
ハンカチを当て、気絶させた。
──────
「しかし、気味悪い事件ばかりだよ。何だって、こんなに子供が失踪するんだい。」
カフェのオーナーであるお婆さんは、白髪でタバコを咥えながら、新聞を読み込んでいる。
「そうですね。確かに最近子供の失踪事件が多いようだ。」
エドワードは、あの事件から10年が経ち、20歳になっていた。
「そうそう、あんたみたいな美形な貴族様が、なんでこんな田舎町の郵便配達組織なんてしてるのさ?」
お婆さんは、新聞から顔を上げ、エドワードの顔を訝しげに見る。
「はは、中心都市にいるだけでは、世界は広く見えません。それに僕は気に入っているのですよ。自然豊かで、穏やかな気候のこの町を。」
エドワードは、カフェの窓から空を見上げる。そしてふと心で思った。このままずっと平穏な日々が続くなら、と。
「全く、変わった貴族さんだよ、あんたは。」
お婆さんはエドワードの言葉に呆れつつも、少し微笑んでまた新聞を読み始めた。
「只今帰りました。」エドワードは、自身の屋敷に帰ってくると、礼儀よく挨拶した。
「お、エドワードお帰り。」デイヴィッドは椅子に座って新聞を広げていた。
「エドワード兄さん、お帰りなさい!紅茶を淹れておいたわ。」
オリヴィアは、エドワードが帰る時間に合わせて紅茶を淹れておいた。
エドワードは、2人の微笑みを見て、あの事件後の出来事を脳裏に浮かべていた。
────あの事件から数日後
「君が、オリヴィア・ジョン・ホワイト嬢かな?」
ギルバートの予言通り、組織の者だと名乗る男数名が、ホワイト邸にやって来た。
「は、はい・・。」オリヴィアは、男たちの威圧感に少々怯えていた。
「それで君たちは・・」組織の一人が、エドワード達の方に目を向ける。
「僕たちは、先日ホワイト伯爵に養子として迎え入れられたのです。」
デイヴィッドが、当たり障り無く答える。
「養子・・そんな情報どこにも・・」男たちは、知らない情報に疑問を抱いていた。
「ここ最近の話なので、まだ情報として出回ってなかったのでは?
ホワイト伯爵は心優しいお方なので、慈善活動として僕たちを養子に迎えてくださったのです。」エドワードは、子供らしくにっこりと笑いかける。
「な、なるほど。」エドワードは、男達が少々安堵感を覚えている表情から、養子の僕たちがこの間の事件とは何も関係ないと思わせることができたと思っていた。
「早速本題に入ると、君たちのお父様にあたるヘンリー様とお兄様のギルバート様が、先日の爆破事件の際に事件に巻き込まれ亡くなってしまったのだ。」
男が、肩を落としながら言う。
「え・・」オリヴィアは、作戦通りの反応をする。
「・・すまない。貴族に恨みの持つ何者かが、君たちの屋敷外に爆弾を仕掛けたみたいで、ヘンリー様やギルバート様が尽力なさってくれたんだが・・・」
あたかもそれが事実かのように、男は語る。
「そ、そんな・・っ!!!」オリヴィアは、またまた作戦通りの反応をして、泣き喚く演技をして、その場から走り去る。
「オリヴィア嬢・・」男は、責任を感じているかのような顔をする。
「・・・そうですか。巻き込まれて、亡くなられた・・。犯人は捕まったのですか?」デイヴィッドはじっと男の顔を見る。
「いえ、それがまだ調査中でして。ですが、目星はついております。恐らく、路上に住む貧しい者の仕業かと。」男は嘘八百を並べる。
「・・それで、あなた方がここへ来た本来の目的をお話しください。」
エドワードは、目的を話すよう促す。その言葉を聞いたとき、男は少し違和感を覚えた。
「あ、はい・・。(なぜ、この少年は平然としていられるのか。)
確かに、これだけをお伝えする為にこうして参ったのではありません。
君たちを救ってあげたいのです。」
男は、ソファに座り直し、前のめりにエドワードたちを見据える。
「救う?」デイヴィッドが聞き返す。
「はい。君たちは今や、親のいない身寄りのない子供達。そこで、私たちの組織が
君たちを支援してあげたいのです。」男は、誇らしげに提案を述べる。
「そして君たちには、組織の人間として生きていただきたい。」
「それは、組織に忠誠を誓えということですか。」エドワードが問いかける。
「・・え、い、いや忠誠などというのではなく、君たちだけでは生きていけないので、組織の人間になれば、安全に暮らせるという意味なのですが・・。」
男は一瞬、幼いエドワードの口から出てきた言葉に動揺した。
「そうですか!では、組織の人間になりましょう。」
エドワードは、そう言って椅子から立ち上がり、男の前に手を差し出す。
「え・・あ、はい。全身全霊で君たちを支援することを約束いたします。」
男は、エドワードの手を取り、満面の笑みを浮かべた。そして、腹の中では、
かかったなクソガキとも思っていた。
組織の男達が来る数時間前。
「え?!演技!!?」オリヴィアの驚きの声が、屋敷中に響いていた。
「組織の人間が、今日来るみたいなんだ。そしたら、彼らは僕たちに、
お父様とギルバート兄様の死は、事故死だと伝えてくる。」
デイヴィッドは、オリヴィアに事情を説明する。
「・・・何で、そんな嘘をつくの・・。わからないわ。なぜお父様とギルバート兄さんが殺されなければならなかったのっ・・!」
オリヴィアの心の傷は、数日経ったからといって簡単に癒えるはずがない。ましてや、殺されたなんて知れば。
「オリヴィア。これは複雑な事なんだけど、いずれ分かるときが来ると思う。
幼い君に理解すること自体、無理難題なんだよ。だけど、これだけは確実なんだ。お父様とギルバート兄様は、正しいことをする為に、命懸けで戦った。・・・だから、
僕たちでっ、彼らの遺志を継いで、実現しなければならないっ!」
エドワードは、強く拳を握りしめて、オリヴィアに説明する。
「エドワード。顔を上げて。」デイヴィッドが、下を向くエドワードに言う。
そう言われたエドワードが、顔をあげると、二人の笑顔があった。
「私は兄さん達みたく複雑なことを理解できるほど、頭は良くないわ。いずれ分かるなら、その時分かるのでも全然いいの。だけど、これだけは言わせて。
お父様達が守りたかったものを実現するために、兄さん達が戦うというのなら、
私も一緒に戦うわ!」
オリヴィアの目元の涙は乾き、8歳ながらに凛として佇んでいた。しかし、オリヴィアの手が少し震えている姿を、エドワードはしっかり見据えていた。だからこそ、エドワードは、拳に再び力が入る。
「オリヴィア・・」エドワードは、複雑な心境でオリヴィアを見つめる。
「そうだよ、エドワード。僕たちは一人なんかじゃないんだ。3人で、1つなんだ。」デイヴィッドは、エドワードの強く握りしめられた拳に優しく触れ、触れられたエドワードの拳が緩む。
「そうよ!エドワード兄さん!私たちは、共にずっと歩み続けるわ!」
オリヴィアも、エドワードの手に触れ、強い絆が結ばれたように、3人は手をギュッと取り合う。そして、3人は頭をコツンとつけ、誓ったのだ。
『歪んだ世界に、彼らが成し遂げたかった変革を、共に僕らが実現させよう』と。
そうして、3人は、組織の人間が来るのを待ち、組織からの提案を受け入れた。
そこから、組織によって支援される形になったが、エドワード達が成長してからは、一組織として仕事をするようになっていった。
──────
「・・・さん・・・エドワード兄さん!」
オリヴィアの数回かの呼びかけで、エドワードはハッとする。
「どうしたの?ずっとボーっとしてたみたいだけど。」オリヴィアは、エドワードの顔を不思議そうに覗く。
「いや・・。ちょっと昔を思い出していたんだ・・。」エドワードは、そう言って手を顔に当てる。
エドワードのその姿に、二人は苦笑する。
「それより、今騒がれている事件のことですが、どうやら子供ばかり失踪していますね。」エドワードは切り替え、本題に移る。
「そうみたいだね、先日も一人失踪したんだって?」デイヴィッドは、新聞の記事を見ながら発言する。
「ええ。これでもう10人程、子供達が失踪しています。恐らくとある組織の仕業だと思いますが。」エドワードは、紅茶を少し口に含む。
「とある組織は、なぜそんなことをするのかしら。」
オリヴィアは、焼いたクッキーを台所から持ってきて、可愛らしい皿に盛り付ける。
「そんなのは明確だよ。子供達に麻薬取引の足にしているのさ。」
エドワードは、確信の顔をする。
「なぜ麻薬取引だと思うのだ?」デイヴィッドは、新聞を読むのをやめた。
「子供達と言っても、被害者は貴族の子供ではないです。犯人は、ストリートチルドレンなどの貧しい子供達を狙った。そういった子供達なら、何をしていようが、周りの人間は興味すら持たない。ならば、違法である麻薬取引に違いありません。」
エドワードは、筋道を立て推理をする。
「さすがだな。それで、犯人組織の目星は立っているのかい?」
デイヴィッドはニヤッとして、エドワードが事件解決に近づいていることを確信していた。
「その前に、お話ししていた方々を、正式にメンバーとして迎え入れようと思います。」エドワードがそう言って、部屋の中に入ってきたのは3人の訳ありそうな男達であった。
「ああ、エドワードからちゃんと話は聞いていたよ。」デイヴィッドは、3人の男を歓迎していた。
「ちょっ!!エドワード兄さんに、ディヴィッド兄さんまで!これはどういうことですか!?私には、追加メンバーが来るなどの話は、一切なかったです!!」
オリヴィアは、自分だけ話してくれなかったことに憤慨していた。
「ごめんごめん、オリヴィア。これにはちょっと、訳があって・・」
エドワードが、オリヴィアを宥める言い方をする。しかし、彼女の怒りは収まらなかった。
「いつも、いつも!!そうやって優しい顔をしても、私は騙されませんからね!」
オリヴィアは、そう言ってプンプンしながら、リビングから出て行ってしまった。
「「「・・・」」」
3人の男達は、何も喋ることができず、気まずそうに佇んでいた。
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