第1話
「ゆず!飯いこ!」
お昼休憩になった途端 逢瀬 世界が
3ヶ月経ったとはいえ 失恋をした人、させた人がここまで仲睦まじいと周りも安心してしまうのだろう、先輩社員が「今日も仲がいいね!」とヤジを飛ばす。3ヶ月の間ではありえないような 失恋後初めてのヤジだった。しかし、空気が凍ることはなくみんながニコニコしていた。逢瀬 世界はその言葉と空気に一瞬だけ表情を曇らせたが、
「まーー!ゆずと俺は大親友っすから!」
と笑い飛ばした、なにも気づいてないだろう小宮 優子も「そーね!」と笑っていた。
3ヶ月前に取り残されているのは私だけではなく逢瀬 世界も同じのようだった。おかしいもんだな、この世は不条理でできている。とはいえ、私がここで癇癪を起こすのが1番不条理かつ理不尽だろう。私が腹を立て悲しく思うことはない。
「よーーく気まずくならないで仲良くできますよね、あたしだったら絶対に無理!!あ、ご飯一緒に食べましょ!」
2人が出ていった後を見計らって、後輩の
「そーーれなあ、言っちゃなんだけどなーんか見ててこっちがしんどくなるよね。まあどうでもいいんだけど!ご飯食べようか〜」
私、
今日もお弁当の出来はいいし化粧のノリもいい、完璧だ!と心の中で自分を鼓舞する。
「春川さんて逢瀬さんと小宮さんと同期ですよね、あんまり話してるの見ないからこの際聞いちゃいますけど不仲、なんですか!?」
由那ちゃんはいつも唐突に質問を投げてくるから困る。そうなのだ、私とあのふたりは同期で同い年21歳組だがあまり話さない。今は関わりたくない、という理由があるけれど最初は本当に理由なんてなかった。話さないでいたら仲良くなるようなタイミングも機会もなく入社して今年で既に3年が経っていただけ。
「えーー、不仲なわけじゃないよ多分。仲良くなるような機会がなかっただけ!だと思う!」
私は思っていることを簡潔に述べて笑った、あのふたりが私のことをどう思っているかは知らないが不仲ではないことを信じたい。
「そーなんですね!春川さんて明るくて話しやすいけど1番仲良し!って人いなさそうですよね」
そうだ、全部図星だ。別に壁を作っているわけではないがプライベートでも会社でも何故かそこまで人と仲良くなれた試しがないのだ。この子はデリカシーはあまりないが不快な気持ちにならないからすごい。
「うーーん、そうだねえ、できないんだよね。なんでだろう!って思ってるけど困ってないからいいかな!っていつも自己完結しちゃってるや」
「ふーーんそうなんですね、私の仲良し枠は空いてますからいつでも来てくださいね♡ じゃあデスク戻ります!」
「あは!じゃあその枠入っちゃおうかな、午後も仕事頑張ろうね!!」
「はい!ありがとうございます!(笑)頑張りましょう!」
何気ない会話をして私たちは解散をし、午後の仕事の準備を各々し始める。
「戻りました〜!」
「お!おかえり〜」
逢瀬 世界と小宮 優子も戻り、ヤジを飛ばした先輩社員が返事をした。逢瀬 世界はニコニコと「はい!」とだけ返事をし、小宮 優子に「じゃーね」と軽く手を振ってデスクに戻る。由那ちゃんと数十分前にした不仲説の話を蒸し返すとしたら羨ましくないわけではないが今更どうにもできないし、こうなってしまったら私は脇役に徹したいのだ。なんて考えていた矢先のことだった。
「あーー、逢瀬と春川ちょっと小物がなくなったから倉庫取りに行くついでに書類がまとめてあるダンボール持ってきてくれないか」
上司が私たちに頼み事をする、いつもは小宮 優子に頼むじゃないか!と反論をしたくなるが上司なりの逢瀬 世界への気遣いなのだろう。
「わっかりました〜!春川さん行こう!」
「え、あー了解しました!逢瀬さん待って!」
行こう!と言いながら先に行ってしまった逢瀬 世界を私は小走りで追いかけた。関わりたくないという気持ちとは裏腹に、私の思っている主人公に少し近づける嬉しい気持ちで動揺してしまう、最悪な気分だ。
「追いついた!行こう!って言ったわりにめちゃめちゃ早いのやめてよ、、って、え!?うっっわ!?」
エレベーターの前で逢瀬 世界を見つけて声をかけたらなんと逢瀬 世界が虫のおもちゃを私に向かって放り、吃驚して咄嗟に変な声が出てしまった。
「すげー驚くじゃん!いい反応すぎ!」
逢瀬 世界は楽しそうに大笑いしている、いや笑いすぎだろってくらい笑うのやめろ。
「笑いすぎじゃん!なんでそんな虫のおもちゃなんか持ってんの、」
「挨拶みたいなもん!俺と春川さんて同期なのに全然話したことないもんなー」
ポーンと音がなりエレベーターの扉が開く。「どーぞ」と言いながら逢瀬 世界が先に乗せてくれるジェスチャーをしたので「ありがとう」と言ってエレベーターに乗る。続く様に逢瀬 世界も乗って扉を閉めてくれる。
「確かに、あんまり話したことないよね」
何か言わないと、と思って咄嗟にでた言葉だった。白々しすぎる私の言葉に気づいてか気づかないでかは知らないが「そーだよね」と逢瀬 世界が笑う。私はただこの人はとても笑顔が似合う男だなと思った。
ポーンと音がなりエレベーターが止まった。私は開のボタンを押し、「どうぞ」と逢瀬 世界に声をかけた「どーも」とニコニコしながら降りた逢瀬 世界に続いて私もエレベーターを降りる。変な感覚だなと思った、3年も同じ会社で同じオフィスで働いているのにこんな状況にドキマギしてしまうことも逢瀬 世界と会話をしていることも全てが変な感覚だ。
「倉庫って俺らのオフィスから遠いから嫌だよな〜、俺さー!春川さんと話してみたかったんだよね!」
不意に話し始めるの心臓に悪いからやめて欲しいな、なんて思いながら「そーなの?それはありがと」と可愛げのない返事をしてしまった。「うん!」と返してくれたはいいもののこっちからも話しかけようと思うが話題がないな、と話すのを諦めることにしたその時だった。
「春川さんって俺がゆずに振られたの知ってるよね」
知らない人はほぼいない、としか返せない質問に動揺した。なんて返せばいいのかこんなぶっ込んだ質問をしてくる逢瀬 世界はとんでもないなと思ってしまった。
「あー、ごめん返しづら、「知ってるよ」」
前のめりで割り込み返事をしてしまった、逢瀬 世界に気を遣われるのが何故か嫌だった。続けて私は言う止まってくれればいいのに口が動いてしまった。
「逢瀬さんがフラれてるところも実は見た、人通りの多いところでの熱烈告白、すごいなと思った。馬鹿みたいに玉砕してたけど」
「え゙!?見てたの、はっず〜〜!!俺ちょー惨めじゃん!忘れて!!」
顔を真っ赤にして必死「忘れて!」という逢瀬 世界を見た。嗚呼、私はこの人のことを見ていただけで本当になにも知らないんだな。と痛感した。ここで傷つきそうになったが傷ついたら何か感情が生まれてしまいそうだった。
「忘れないよ。あんなん忘れられないデショ、早く資料と小物取って戻らないと怒られる」
「忘れてよ〜〜、あ!俺資料のダンボール持つよ」
「それは助かるありがとう」
「当たり前じゃん、女の子に重いもの持たせるわけにはいかないからね〜!」
「デキル男は違うね〜!ありがとう」
「まあね〜惚れんなよ!」
「惚れないかな、、、」
なんて平然を装って喋るが軽口を叩いて話せるなんて思っていなかったから心臓が飛び出しそうなのを抑えながら話した。しかし、これは恋ではない憧れだと思う。逢瀬 世界を"主人公"だと美化しすぎていると言われたらきっとそうだ、そうなのだが私の中の理想像では好きにさせてほしい。
私は「戻ろうか!」と逢瀬 世界に声をかけ倉庫を一緒に出た、もうこんなに関わることはあまりないだろうと、この瞬間をちょっと惜しんだが安心している自分がいた。
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