後のテロリスト
かがむと割れる三段腹
後のテロリスト
心臓が忙しなく動き回り、吐き気と震えが止まらない。
これから俺はテロリストになるのだ。
これまでの人生真面目一本で生きてきた自分にとって、初めての犯罪で、大罪だ。
落ち着こうと、深く深く息を吸う。濃く濁った芳香剤の匂いが鼻につく。
ここはトイレとは思えないほど綺麗で、清潔にしている。それだけに気持ち悪い、この匂い。
手に握りしめているニット帽をぐいと顔を覆うまでかぶる。
両目に当たる部分はあらかじめ切り取ってある。しかし、少々目が横に広いようだ。
ニット帽の黒が中央についてうっとうしくて仕方ない。
ぐいと引っ張ったり伸ばしたりしても、完全に視界が開けることはなく、そのうちなんだか息苦しくなって、ニット帽を脱いでバッグの中に捨てる。
これなら口にも穴を開けておけばよかった。ぜえぜえと酸素を取り入れながら、そんなことを思った。
気がそがれた。顔と頭が暑い。空いているすりガラスの窓から、木に留まった蝉が鳴き始め、耳をつんざいていく。こんなことをやめて、早くトイレから出て冷房の効いた場所に向かいたい。という心持になった。いまなら警察に追われることも、家族が後ろ指を指されることもない。借金は何十年もかけて払おう。許されるのであれば、だが。借金という言葉で取り立て屋の顔を思い出し、進むも戻るも地獄だと、自らの状況が八方ふさがりだと悟る。支払期限は一週間をとうに過ぎている。今もこそこそとこの建物にはいったのも、これからテロリストに見せかけた強盗をするからという理由だけではなかったのだ。今世間を騒がしているテロリストの紋章を右肩にかける。星と丸と十字が重なった、子供の描いたような陳腐な紋章。けれど、それを身体に掲げるとなぜだか勇気がわいてきた。
後のテロリスト かがむと割れる三段腹 @raihousya
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