足取りは軽く

「いい天気ですわね」

 麗奈さんとともに蘭遊荘を出た私は、裏魅神楽の路地を彼女と並んで歩いていた。

「そうだ。渚ちゃん、一緒に昼食でもいかが? 以前食事をご馳走するといってそのままでしたし」

「……」

 なにも言わない私に、麗奈さんは笑みを浮かべたまま首を傾げた。「どうかなさって?」

 私は正直に答えた。

「店を奪われたんですよ……? どうしてそんなに明るく振る舞えるんです?」

 麗奈さんは笑みをそのままにこう訊き返してきた。

「あら、もっと落ち込んだほうがよくて?」

「そういうワケでは……」

「ふふ……正々堂々と勝負をした結果です。悔いはありませんわ」

「でも……」

「それとも、店を奪い返すためにいまから地下組織に殴り込みにいきましょうか。渚ちゃん、手伝っていただけます?」

「は、はい……?」

 私は耳を疑い、唖然としながら麗奈さんを見つめた。そんな私の顔を見て、麗奈さんはくすくすと笑う。

「冗談ですわ。地下街を束ねるほどの組織に単身殴り込みにいったところで、結果はわかっています。そんな愚かなマネはしませんわよ」

「……ですよね」

 私は、彼女になんと声をかければいいのかがわからず、言葉に詰まってしまった。

 蘭遊荘で実践されているレートから考えれば、場代だけでも相当な利益が生まれる。麗奈さんは自分で作り上げた、それさえあれば一生遊んで暮らせる言わばカネの成る木を、勝負の結果とはいえ奪われてしまったのだ。普通の人間なら、発狂するどころの話では済まないだろう。

 しかし、彼女は平然としている。盗み見た横顔は実に清々しい。なぜ、そんな顔ができるのだろうか……

「――以前、わたくしが抱く博奕の思想というものについてをお話ししましたでしょう?」

 不意に、麗奈さんがそう切り出した。私は頷いてみせて、続きを催促する。

「カネを賭けているうちは、本当の博奕ではない。それ以上に大切なものを賭けてこそ、博奕の真髄に触れられる――信じていただけるかはわかりませんが、わたくしは先ほどの勝負を心から楽しんでいましたのよ」

「た、楽しんでた……?」

「ええ。負ければ、いままで積み上げてきたものすべてが一瞬にして無に帰してしまう。しかし勝てば、その危機からは脱することができる。その一瞬の解放感こそが、博奕の醍醐味なのですよ」

「……」

「ふふ……理解できない、というお顔ですわね」

「申し訳ありませんが」

「渚ちゃんにもわかりやすく説明するなら――例えば、三軒リーチがかかっているなか、それらを掻い潜ってツモアガリをする。そのときの感覚に似ているのではないかと」

「……それは確かに気持ちいいですね」

「そういうことです。危機を脱したときの快感――それは一度病みつきになってしまえば、求めずにはいられなくなってしまうものなのです」

 彼女の話に納得しかけていた私であったが、不意に現実を思い出した。

「でも、麗奈さんは……その、負けてしまった。危機を脱したワケではないじゃないですか。それなのにどうして――」

「敗北の苦渋もまた、次の博奕への高揚感に繋がります」

「え?」

「次こそは負けない。そのために前回の反省点を改め、新たな知識を身につけたり有効な戦略を考えたりする――そのように勝利に向けて試行錯誤するのもまた一興と言えるのではないでしょうか。少なくとも、わたくしはそう考えていましてね」

「は、はぁ……」

「ふふ……別に賛同は求めていませんわ。人の考えは十人十色――理解される必要などありませんから」

 麗奈さんはにこにこと優しい笑みを浮かべながら言った。

 ――博奕の魅力にとらわれてしまった人間の尋常とは呼べぬ考え。正直、やはり理解はできない。

 それでも、見習いたいと思える点はあった。どれだけ手痛く負けても腐らず、人に八つ当たりすることもなく、ただ次の勝利のために前を向いて生きていく。

 馬鹿馬鹿しいと言われるかもしれない。しかし、自分に従ってまっすぐに生きている。

「……麗奈さん」

「はい?」

「いい天気ですね」

 私の言葉に、麗奈さんは微かに震えた声で「そうですね」と返した。

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