逆転条件
①②③④⑤⑤⑥北北中 (南)南南 ドラ ①
九巡目だ。マークすべき亜希はいまだなんの動きもない。だが、見え見えの筒子混一をやっている私に対して筒子を連打している。彼女のテンパイは近いだろう。
そして二巡後、亜希が8を切ってリーチをかけてきた。しかし、私も次のツモで⑥を引けたので、テンパイを入れることができた。
小依はこの半荘苦しい展開が続いているらしく、即座にオリ気配。美琴さんはワンチャンスの八を通した。オリたワケではなさそうだ。
亜希の一発目のツモ――アガリではなく、⑥が河に切り出された。私は心のなかで“悪運の強い奴め”と呟きながらツモ山に手を伸ばす。
引いてきたのは、7。私は一旦手の内に入れ、彼女の捨て牌を睨んだ。
筒子が安く、萬子が極端に高い。ぱっと見で判断するなら萬子待ちだとは思うのだが――
しかし、宣言牌の8が気になった。5が切られているので、468からの切り出しではない。9は既に四枚出尽くしている。ならば688か、668からの切り出しか。いずれにせよ、5を切っているのにテンパイまで8を持っていたということは、その周辺の面子に
思案の末、私は北を落としていった。この7、どうにも臭う――
私がオリてから五巡後、亜希がツモってきた牌を手牌の右端に叩き付けた。
四四四六七八①①⑥⑦⑧68 ツモ 7
裏ドラ乗らずの6000オール。――放銃を免れはしたが、これで完全に亜希のダントツ状態。まったくもって安心はできない展開だ。
東四局、一本場。
なんとしても亜希の快進撃を止めなければと意気込むが、彼女の勢いに気圧されてしまっているのか手牌が落ちてしまっていた。
打点云々ではなく、アガリすらも遠い配牌をもらい、また、ツモも噛み合わない。
これは本格的にまずいぞ――と思ったが、頼れるパートナーである美琴さんが活躍してくれた。自風の北ポンから始まり、13のチーに⑧のポンと仕掛け、八巡目に北ドラ1をツモアガった。
これで南入。点数状況は、私が20000点、小依が4400点、美琴さんが14100点、そして亜希が61500点だ。
なんとか亜希のダントツ状態を崩さなければ。私はいまいちど気合を入れ直し、牌山を上げた。
一三三三r五3369④⑦南西西 ドラ 三
望外の配牌ドラ暗刻なのは嬉しいが、他がよくない。役牌でもあればマシなのだが、これではスピード面で負けてしまうだろう。
9切りから始め、二巡に一枚有効牌を引き入れる形で進んでいき、十巡目にこうなった。
三三三r五六七123④⑦西西
①以外の筒子はなにを引いてもテンパイの構え。できることなら両面になってくれることを祈るばかりだが、次巡、私が引いたのは②であった。
全員の捨て牌を見る。③は二枚切れだ。
しかし、私から見て④が四枚見えていた。となれば、③は悪い待ちではない。私は意を決して⑦切りリーチをかけた。
一巡は特になにもなく、私のツモも空振りだったが、二巡後に亜希から③が出た。彼女もなまじ手が入るばかりに、オリるにオリれない状態であったのだろう。
私はさらに点差を縮めてやろうと意気込みながら一本場に臨んだ。
一二三四五六八九4557中 ドラ 六
これが配牌だった。既にほとんど形が見えている。私はかなりの自信を持てていた。
三巡目に3を引き、一向聴。七が先に埋まるようなら、ツモ狙いのリーチをかける気でいた。
しかし、先ほど好調の亜希の親を美琴さんがそうしたように、今度は小依が動いた。私がツモ切った⑤と⑦をそれぞれ嵌張で鳴き、そのままタンヤオドラ1をツモアガった。
いまさらではあるが、敵も決して甘い打ち手ではない。すんなり決まることはなさそうだ――
6700点持ちと苦しいハズの小依が、この親番で一気に息を吹き返した。
まず初めに私と美琴さんからそれぞれ白と南を鳴き、筒子の混一に纏めて4000オールを引きアガった。
続く一本場にてメンタンピンツモをアガり、2600は2700オールの収入。
そして二本場にて私から西単騎のリーチ七対子をアガり、4800は5400のアガリをものにした。
あっという間に美琴さんも私も抜かれ、敵にトップ二着と並ばれてしまった。万事休す――
これ以上連荘されてしまっては相当に苦しい。運命の三本場、私の配牌はこうだった。
二三456778⑧⑧⑨東西 ドラ ⑧
いい配牌だ。ドラ対子に加え、面子候補も確保できている。ドラ雀頭の平和を目指し、字牌の整理からスタートだ。
ツモに恵まれ、いい形の索子がそのまま上手く纏まってくれた。五巡目にはこのようになっていた。
二三34567789⑧⑧⑨
そして次巡、2を引っ張ってきた。一通を見るのは流石にやり過ぎだろう。私はツモアガリ狙いのリーチをかけた。勿論、万が一美琴さんから出てしまうようなことがあっても見逃すつもりだ。
幸い、美琴さんに攻めている様子はなかった。亜希も同じく、リードを守るために西の暗刻落としをしている。
しかし、小依は違った。彼女は入り目の2を平然と切り、かなりキツい三まで切り飛ばしてきた。私のリーチに真正面から殴り合うつもりだろう。
そして十巡目、小依に追いつかれた。彼女は⑦を切ってリーチをかけてきた。
ここで私が振り込むようなことがあれば、もう完全に敵側のペースとなってしまうだろう。私は祈る気持ちでツモ山に手を伸ばした。引いてきたのは――⑧。
「ッ――」
アガリ牌以外は切るしかないとわかっていても、思わず手が止まりそうになった。自分が対子使いの三枚目のドラ――嫌な予感しかしない。打牌に力が入ってしまい、強打気味に⑧を置いた。
――通ったらしい。小依は私が切った⑧を見遣ったあと、ツモ山に手を伸ばした。
小依のツモ牌は4。アガリではなく河に打ち出される。
美琴さんと亜希がそれぞれ安全牌を並べ、再び命運を握る私のツモ番が回ってきた。
ぐっと力を込めて盲牌をする。萬子――四だ!
「ツモ……!」
リーチ平和ツモドラ2。そして裏ドラが8であった。僥倖の跳満だ。
これで再び私が二着に浮上した。さらにツモアガリの頻出によって亜希の点棒も削れており、彼女との点差は6200にまで縮んでいた。
しかし、懸念事項が味方である美琴さんの点棒だ。彼女は3500点持ち。次の親番で満貫以上をツモられれば即終了となってしまう。
だがその一方で、“美琴さんなら大丈夫だろう”という楽観的な思考も頭のなかにはあった。彼女がこのまま静かにやられるハズもない――
私の希望的観測は現実になってくれた。小依が親番でやったように、今度は美琴さんが連続和了を決めた。
満貫以上のアガリは出なかったが、喰いタンヤオドラ1の1000オールから始め、リーチ平和ツモドラ1の2600オール一本場、東ドラ2のテンパネ2600オール二本場、そして三本場でほとんど満貫と
四本場で小依が北ドラ1を美琴さんからアガったことで連荘は終わってしまったが、怒涛の連続和了によってかなり点棒が平たくなった上、美琴さんがトップに立った。
――ここで一度、状況を整理しておこう。トータルポイントの差は25。その差を上回るには、まず最低条件として私と美琴さんでワンツーフィニッシュをする必要がある。つまり、私がアガらなければ勝利はないということだ。
加えて、仮に私が満貫をツモアガってトップを取り、美琴さんが二着という結果となったとしても、縮まる差は24ポイントとなるのだ。それでは1ポイント足らず、私たちの敗北となってしまう。
結論から言うと、必要なのは亜希か小依からの満貫直撃か、跳満ツモである。
「――まさかここまで追いつかれるとは思ってなかったぜ」
オーラスを始める前に、亜希がぼそりと呟いた。それを受け、美琴さんが咥えた煙草に火を点けてから答える。
「勝負事は最後までわからないものよ。まぁ、かくいう私も、ここまで上手く事が運んでくれるとは思っていなかったけど」
「自信なかったのかよ?」
「私はあったわ。渚次第だったのよ」
「渚って、こいつのことか?」
「他に誰がいるのよ。――コンビ麻雀に対して余計な先入観を持っているみたいだったから、まずはそれを捨ててもらう必要があったわ。でも、他人に言われたところでなかなか納得はできないもの。自分で気付き、改めようという気持ちにならなければ先入観というものは捨てられないわ」
美琴さんはそこで言葉を切り、煙草を一口吸った。ゆっくりと煙を吐き出してから、続ける。
「でも、渚は私の期待に応えてくれたわ。そうなればあとは最善を尽くし、運が傾いてくれるのを祈るだけ。そしてなんとか運も味方してくれた結果、現状に至るわ」
「――まだ逆転されたと決まったワケじゃねぇ。渚とやらが跳ツモかオレたちからの直撃をしねぇ限り、合計ポイントはオレたちが上で終了だ」
「そのとおり。だから私は天命を待つことにするわ。人事は尽くしたつもりだからね」
美琴さんが私に視線を移し、微笑を浮かべた。私は小さく頷き、深呼吸をする。
「始めるぞ」
ラス親である亜希が牌山を上げ、すべてを決するオーラスが開始された。
配牌を開けた瞬間から“おや”とは思った。理牌をしているうちにその感覚は明瞭なものになっていき、最後に待っていたのは私の気持ちを昂らせてくれる歓喜と期待であった。
一二三③③③34678發發 ドラ ①
25待ちのテンパイである。第一ツモで引ければ文句なしの逆転である役満、地和だ。
他家の第一打でアガる人和は、やよいでは6翻に設定されている。つまり、亜希が第一打に2か5を切った場合でも勝利を決定させることができる。
この大一番でこの配牌――私はまるで劇画のような運命じみたものを感じられずにはいられなかった。
亜希の第一打は北。人和はならず。しかし、私は一切悲観しなかった。
第一ツモに25がいる。確信めいたその予感を胸に、私は牌山に手を伸ばした。
――五。私の体を満たしていた温かなものが、すーっと冷めていくのがはっきりとわかった。所詮、現実とはこんなものなのだろう……
現実の厳しさを改めて実感したところで、私は束の間忘れることができていた直面している現状のことを思い出す。必要なのは跳満ツモか、敵への満貫直撃。
私は第一打を切り出せず、一巡目から長考に入ってしまっていた。
この手で条件が、クリアできるのだろうか……?
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