流れ

 南入。私の持ち点は既に10000点を切っている。私の最後の親番であるこの局が踏ん張りどころだろう。

 六六2378①③⑤⑤南南白白 ドラ 南

 配牌の時点で大きな選択を迫られた。面子手として見るか、七対子として見るか――。

 私は小考の末、①を切り出した。ドラが南である以上、鳴いて進めるのは難しいだろう。本線は七対子、入り方次第では南と白のシャボ待ちで構えるつもりだ。

 三巡目に7を引き、七対子の一向聴となった。全員の捨て牌にヒントはなく、私は指の感覚を頼りに3を切った。

 捨て牌二列目に突入した時点で、白も南も出ていなかった。私の選択は間違っていなかったのだろう――と思いたい。

 次巡、2が重なってくれた。③を切り、とりあえずの8単騎にする。――なんとなく選んだその待ちが、私に災難をもたらした。

 まず次の小依の打牌が、③だった。私の③に合わせたという感じではなく、単純に自分の手牌を進行させるための切り出しだろう。つまり、③単騎を選んでいれば当たれていたということだ。

 さらに、続く美琴さんの切った牌が、8だった。私はぐっと堪えた。味方から当たっても意味はない。

 そして災難の極めつけは、亜希の打牌であった。彼女は美琴さんに続いて、8を切ったのだ。――同巡。当たれない。

 全員の切り出しに精神的なショックを受けてしまった私は、苦渋の思いを抱きながらもツモ山に手を伸ばした。

 引いてきた西を見て、救われたような気がした。西は場に一枚、待ち頃の牌だ。西が役牌である美琴さんの捨て牌は平和系に見えるので、彼女がこれを持っている可能性も低いだろう。私は気持ちを改め、8を切った。

 小依が手出しで6、美琴さんが東ツモ切り、亜希が一ツモ切り。そして私のツモ――8。

 湧き上がってきた激情を、私はなんとか堪えた。麻雀をやってれば、よくあることだ……他の対局者には聞こえぬよう小さく息を吐き、気持ちを落ち着けて8をツモ切る。

「ロン」

 小依の声だった。

 四r五五六六七r5567②③④

 ――残り1700点。親番はもうない。


 さて、この圧倒的な点数差で私にできることはなにか。

 決まっている。順位をひとつでも上にあげることだ。だが言わずもがな、本命は美琴さんのトップ取りである。ダンラスの私が変に手を出して彼女が二着に終わるという事態だけは避けたいところだ。

 一一三五八八九145西西白 ドラ 七

 第一ツモが二。私は迷わず5から切り出した。混一一直線だ。悩むことがあるとすれば鳴くかどうかであるが、なるべく鳴きたくはない。七対子に纏まっても構わないので、やはり脇から当たりたいものだ。

 しかし、五巡目に親の小依がリーチをかけてきた。――非常にまずい。突っ込めばまず捕まるだろうし、だからといってオリたところでツモられてしまえばまずトビだろう。

 一一二三五六八八九西西白白

 私の手はこのようになっている。一は現物なので問題ないが、将来的に飛び出るであろう八と九のどちらかが当たりそうな気がしてならない。

 ツモってくる牌が安全牌ばかりだったので現状維持はできているが、有効牌を引く乃至は鳴ける牌が出てきたときにどうするべきか。

 ――八巡目に、小依から西が出た。アガリに行くなら鳴くべきなのだろうが、どうにも踏ん切りがつかなかった。同巡に亜希からも西が出てきたが、私はやはりスルーした。そして次のツモで危険牌である6を引いてしまったので、私は完全に戦意を削がれてしまった。西の対子落としに走る。

 このままツモられるのを待つだけなのか――悲観的な思いで小依がツモるのを見届ける。

 しかし、その巡に事は起きた。小依が五をツモ切ったところで、美琴さんが手牌を倒したのだ。

「ロン。2000点」

 六七123455667北北

 平和ドラ1。値段は安いが、リーチを蹴ったという点が大きい。さらにこのアガリで、美琴さんがトップとなった。

 次局は美琴さんの親。私はどう打つべきなのか……


 南三局。この局は決着が早かった。私の手は説明する必要もない悪手であったのだが、美琴さんが六巡目にしてこんな手をツモアガった。

 二三四七八九九九23456 ツモ 7

 ドラは4。1300オールのアガリだ。

 気になった点は二つある。まず、ツモアガった同巡に私が1を出したのだ。当たれば2900点で私のトビであり、美琴さんのトップが確定する。なぜ当たらなかったのだろうか――ということ。

 そしてもうひとつは、なぜリーチをかけなかったのだろう、という点だ。この早い巡目での三面張なら他の三人がベタオリをしても遅かれ早かれ自分でツモれると踏んでもおかしくはない。むしろそう考えるのが自然とも言えるのではないか。

 ただ、ひとつだけ思い浮かんだ理由を挙げるとするならば、味方である私をトバしたくなかったということだろうか。それなら上記二つの疑問は解消される。

 そうだとすれば、私は彼女の期待に応えなければいけない。なんとか三着にはならなければ……


 南三局一本場。

 一三五13557③④東南北 ドラ 四

 いままでの悪手に比べれば悪くはない。理想は三四五の三色といったところか。

 しかし、相変わらずツモが利かず、思うように手が纏まらない。加えてこの局は早い段階で亜希がダブ南と②をポン、さらに五を四六の形でチーしたので、中盤に入った頃には既になんでも切って進められるという状況ではなくなっていた。

 やはり、この牌勢ではどうにもできないのか。十三巡目、祈る気持ちでツモりにいくが、引いてきたのは無関係な八。亜希には現物だったので、そのままツモ切り。

 このままではまずい。亜希に満貫でもツモられようものなら、その時点で私はトビだ。やはり頼みの綱は――

「リーチ」

 美琴さん――と心のなかで呟いた瞬間、彼女がリーチをかけた。既に終盤、どんな形のリーチなのだろうか。

 亜希は既にテンパイしているらしく、やや強い8をツモ切った。私はもう攻める気力すら残っていないので、全員の共通安牌である1を切る。小依は小考した末、手牌の右端から北を切った。

 そして美琴さんの一発目のツモ番――彼女は引いてきた牌を手牌の右端に置いた。

「ツモ」

 四四r五六七1234r5678 ツモ 9

 リーチ平和一発ツモ一通赤赤ドラドラ。一本場なので8100オール。

 ――では済まなかった。裏ドラが2だったので都合11翻。親の三倍満で12100オールとなった。

「な、なんだこりゃ……オレまで飛んじまった」

 美琴さんの見事なアガリ手牌を見ながら、苦笑とともに亜希が呟く。

「次が最終戦ね。渚、気合入れて打つわよ」

「は、はい……!」

 マイナス47ポイントという派手なトビラスを喰ったのは私だが、美琴さんはプラス72ポイントという圧倒的なトップ。

 合計の差は、25ポイントにまで縮められていた。

 私は改めて、美琴さんという打ち手の素晴らしさを実感していた。

 これ以上迷惑はかけられない。仮に負けたとしても、次こそミスのない納得のいく麻雀を打ってみせる――


 心機一転で臨む最終戦。起家は二回戦目と同じく私となった。

 六七八125r⑤⑦⑨東東西發發 ドラ 5

 東一局の配牌だ。各種役牌が鳴ければ簡単にいきそうだが、鳴けなければちょっと苦しい。第一打牌は迷わず西。

「ポン」

 美琴さんの声であった。

 味方が親のときは――と、くだらぬ持論はそろそろ捨てるとしようか。

 これまでの対局のなかで、私は美琴さんからだけでなく敵の二人からも学んだことがある。それは、証明はできないが確実に存在するであろう、俗にいう“流れ”というものだ。

 麻雀を打つ者なら誰しも経験があると思うが、どんな手でも簡単にアガれてしまい、またどんな牌を切っても当たらないという状態になることがある。

 リーチをかければ一発ツモ、裏ドラは乗って当然――“バカヅキ”などとも呼ばれるこの状態は、なんとも不思議な現象だ。その日の運で決まったりもするが、ちょっとしたことがキッカケとなっていきなりその状態になったり、また、ちょっとしたことが原因でその状態から脱してしまったりもする。

 そして、麻雀を打ち慣れている者はその概念に干渉することが上手だったりする。懐疑の声が聞こえてきそうだが、意図的にその状態を作り上げてしまうのだ。

 その方法は、理論だけでいえば至極簡単な話――ひとつもミスをしないで打ち続けること。だが言うは易しであり、それが一番難しいのだ。

 特に初心者の場合、そもそもミスをミスとすら認識できない。認識するためにはやはり、以前挙げた経験と知識が必要不可欠だろう。そこが初心者と上級者の最たる違いだとも思う。

 ――今回のコンビ麻雀において、私はくだらぬ持論に沿って打っていたせいで、自分の状態を自ら悪化させていたのだ。リーチをかけるべき手をダマにしたり、普段と違った捨て牌読みを披露した挙句放銃をしたり――など。どれもいま考えれば、立派なミスと呼べることだ。

 だから美琴さんの一巡目西鳴きにも、もう疑問を抱かなかった。なんのことはない、彼女からすればそれが当然の手順というだけだろう。

 私も余計なことは考えずに、ただトップを取ることのみを考えて打つべきなのだ。――二戦目に入る前に美琴さんが言った言葉は、そういう意味だったんだ。

 五巡目、美琴さんから東が出てきた。私は即座にポンをして、ドラの5を切ってテンパイに取った。

 六七八12⑦⑧⑨發發 東(東)東

 途中で嵌⑥ではなく⑧が埋まったのでr⑤はなくなっていたが、九を引いたり發が利用できれば打点が上がる余地はまだある。

 運良く二巡後、九を引けた。これでチャンタがついた。

 しかし、いいことばかりは続かなかった。その巡に小依が④を切ってリーチをかけてきたのだ。

 美琴さん、亜希は手の内から現物を切り、私のツモ番。――⑤。

 安全牌ではない。だが、私は本命は萬子と睨んでいた。意を決し、ツモ切る。

 ――通った。そして小依のリーチ一発目の牌が、3であった。

 リーチを蹴っての、5800点のアガリ。立ち上がりは上々だ。この調子でねじ伏せてやる――


 一本場。前局のアガリは自信のあるものであったが、配牌はその意に反してかんばしくなかった。

 二四六九九356①①⑨白發中 ドラ 白

 ドラの白でも引ければ一気にアガリへの意欲が高まるが、現状では無理にアガリにいくよりも他家に楽をさせない打ち方をしたほうが賢明と言えるだろう。役牌は抱え、私は⑨から切り出した。

 先制をされて私はオリることになるだろう――と思いながら打っていたが、意外にもこの局は長引いた。三列目に突入するまで誰もなんの動きもなく、静かにツモ山だけが減っていった。

 結果、流局。亜希の一人テンパイであった。ちなみに、彼女のテンパイは以下の形だ。

 567789④⑤⑥白白發發

 私は手牌の右端に置いてある配牌からいた三元牌を見て、小さく息をついた。


 親が流れて東二局、二本場。

 この局は亜希が四巡目にリーチをかけてあっという間にツモアガった。リーチ平和ツモドラ2で満貫だった。親が小依だったのでチームの点数的には痛くなかったが、彼女に手が入り始めていることが懸念される。芽が出てくる前に潰してしまわなければ。


 ところが、続く東三局でも亜希にアガられた。巡目は十四巡目と深かったが、メンタンピンツモ赤で再び満貫のアガリであった。

 私も決して劣る手牌ではなかったが、一向聴になってからの両面両面がなかなか引けず、結果亜希に先を越される形となってしまった。

 次は亜希の親番。――嫌な予感がしてならない。

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