罠
東三局、亜希の親。
一三五八⑤47南南西北白發 ドラ 東
がくりと配牌の良さが落ちた。まるで、前局のアガリを咎められているようだ……
亜希の第一打が南であったが、この手で仕掛けるワケもいくまい。私はスルーして、第一ツモへ。――r⑤。
どんな配牌だろうとツモ次第で化ける。それが麻雀だ。私は前向きな気持ちで字牌の整理から始めた。
バラけている字牌を整理し終えるのに八巡かかったが、手牌の進行具合は悪くなかった。
一二三四五r⑤⑤⑦677南南
ここまで育ってくれれば、もう南を叩いてもいいだろう。そう思った直後、小依から南が切り出された。私はすかさずポンした。⑦切り。
次巡、亜希から8が出たのでこれもチーし、三六待ち2000点のテンパイを入れることができた。値段は安いが、あの配牌から考えてみればかなり上等な展開といえるだろう。
――と、安心したのも束の間。小依が北を切ってリーチを宣言した。私はさっと緊張し、彼女の捨て牌を睨んだ。
平和系には見えなかった。序盤から各種三、五、七といった中張牌が惜しげもなく切られ、後半になるにつれ
素直に読めば、七対子だろう。本線は字牌、次点に捨て牌に並んでいる牌のスジといったところか。
リーチを受けて私の一発目のツモは、よりにもよってもっとも切りづらい牌であった。――初牌の東。しかもこれはドラだ。
いくらなんでもこれは切れない。七対子だった場合、一発目だから跳満は確定する。さらに裏ドラが乗れば倍満にまでなってしまう。
――しかしだ。さっきも同じ読みを展開したが、コンビ麻雀だとしたらドラの東単騎は考えづらいのではないか。リーチをかけてしまえばそんな牌はまず出ないし、よしんばツモアガったとしても親が味方である以上あまり美味しいアガリではない。
だったらダマに構え、敵である私か美琴さんからこぼれるのを狙ったほうが賢明なのではないか。
考えれば考えるほど、東は通りそうな気がする。
私の手は2000点だが、この東さえ通せば押し勝てるだろう。限りなく確信に近い根拠なきその自信が、私に東切りを決心させた。
――が、現実は非情であった。
「ロン」
三三七七八八①①⑨⑨白白東
不幸中の幸いというべきか、裏ドラは乗らなかった。しかし、前述したとおり一発なら跳満だ。
「おいおい、東はドラだぜ?」
「う、うるさい……!」
亜希の煽りの言葉を突き返し、小依に12000点を支払う。
私は謝罪をする気持ちで美琴さんを見た。――美琴さんは先ほどと同じ無表情で、私の捨て牌を見つめていた。
怒っているのだろうか……私は美琴さんと視線が合うのを気まずく思い、すぐに目を逸らす。
それから、心のなかで気合を入れ直した。いまこのときは、謝罪は言葉でなく麻雀で示すべきだろう。
東四局、挽回のチャンスともいえる私の親番だ。
六八九九124③⑧東南北北中 ドラ 三
配牌が悪いのは予想していた。既に私は手痛いエラーを重ねているのだから。
しかし、諦めるワケにはいかない。まずは南から切り出し、とにかく手を広げることに専念しようと考えた。
――だが、この悪手が捨て牌一列目を過ぎてもまったく変化しなかった。連荘狙いには最適な東や中といった役牌も重ならず、引いてくるのは二や9といった手牌とは繋がらない牌ばかり。
さらにそうこうしているうちに、亜希がリーチをかけてきた。
こうなればもはや選択肢はひとつ。放銃だけはしないようオリるのみだ。私は対子の北を切り出していった。
「あっ――」
切った瞬間、私は思わず声を漏らした。同時に、亜希が口を開いた。
「ロン」
一二三七八九789北北中中
リーチ一発チャンタ北――さらに裏ドラ表示牌が西であった。倍満である。
私は数秒前の自分を叱責した。オリると決めたのに、なぜ北を切った……? 現物なら他にいくらでもあるではないか。それなのになぜ……
「トビだな。一戦目はこっちのワンツーフィニッシュってワケだ。張り合いがねぇぜ」
亜希の嘲笑。私は自分が切った北を見つめながら、奥歯を噛み締めることしかできなかった。
「三回戦と言っていたわね。次に行きましょう」
まるで公開処刑を受けているような気分の私を救ってくれたのは、美琴さんの声であった。彼女は卓の赤いボタンを押して牌を落とし、脇の二人を交互に見て催促した。
それを受け、亜希がアガった手牌を中央に落としながら言う。
「災難だな、あんた。こんなド素人が相方だなんてよ」
「災難といえば災難ね。こんな朝っぱらから呼び出されて、ノーレートの麻雀を打たされているんですもの」
「はっ、同情してやるぜ」
「でも――」
美琴さんは卓上に出された不足分の点棒を自分のケースに入れながら、続けた。
「渚は素人なんかじゃないわ。ナメてると痛い目見るわよ」
「――言ってろ。そんな口が利けなくなるほど徹底的に叩いてやるからな」
「それは楽しみね」
美琴さんはくすりと小さく笑い、牌山を上げた。
あまり触れたくはないが、いちおう一戦目のトータルを記しておくと、私たちがマイナス50の、亜希たちがプラス50。
私のミスが招いた結果とはいえ、初戦からコンビ揃って三着とラスを引かされたのはかなり痛い。次で挽回しなければ……
「渚」
美琴さんに呼ばれた。私は顔を上げ、「はい」と返事をする。彼女は手牌に視線を落として理牌をしながら言った。
「コンビだからとか、そういう余計なことは考えないで普通に打ちなさい。じゃなきゃ負けるわよ」
「普通に――ですか?」
「ええ。いつもどおりに、トップを取ることだけを考えるのよ」
「……わかりました」
頷きはしたが、真意は汲み取れなかった。コンビ麻雀とはお互いに助け合いながら打つものではないのか。そんなイメージがあったのだが……
二回戦は私の起家で始められた。気合を入れて配牌を開ける。
二九13589⑧⑧西北白白發 ドラ ⑦
――期待はしていなかったが、やはり悪い。こんな牌勢では白を仕掛けてもドツボに嵌まるだけだろう。しばらくは我慢の時間だ。
進んでいるような、停滞しているようなツモを繰り返し、十一巡目。リーチの声がかかった。しかし、それは美琴さんのものであった。
私は安心した。敵のリーチはマズいが、味方のものなら問題はない。私は親だが、敵にアガられるよりは数倍マシだ。
美琴さんのリーチに立ち向かう者はおらず、彼女がゆっくりとツモるのを待つだけの局となった。そして流局間近、海底の二つ前の牌で美琴さんはツモアガった。
二二二2344r56④⑤⑦⑦ ツモ ③
裏ドラは乗らずだが、跳満のアガリだ。――私の支払いは6000点。
私は前の半荘で疑問に思っていたことを再び思い出していた。味方の親番で役アリでも、リーチをかけるものなのか……?
それに美琴さんがアガった手は、ダマで出アガリしても満貫ある。なおさらダマで脇からの出アガリを狙うべきなのではないのだろうか。
私の疑問が解消されることはないまま、次の局へと進められた。
東二局、小依の親番。私の配牌は相変わらずだった。さっきと同じようなものだったので、記述は割愛させていただく。
この局は美琴さんと亜希のリーチ合戦となり、私は当然、親の小依もオリに徹する展開となった。
結果、美琴さんが引き勝ち、リーチ平和ツモ赤をアガった。この引き勝ちは、大きなアドバンテージを作れたと言えるだろう。
しかし、仲間がアガったことで多少気は楽になったが、これで私の牌勢が回復するとは思えない。美琴さんに頼るだけでなく、私自身もなんとかしなければ……
東三局、連続和了で持ってきた美琴さんの親番だ。ここは私がアガるよりも、美琴さんの好調をさらに強めたいところ。私はアシストに徹するという心意気で配牌を開けた。
四四r五五五七九46⑦⑦白發 ドラ 四
私は目を疑った。ボロボロの牌勢であるいま、突然このような高打点を望める配牌が来るとは、いったいなんのイタズラか……
経験則上、こんなときは罠という場合が多い。テンパイ乃至は一向聴までは行くが、あと一歩が間に合わず、相手に放銃してしまう。麻雀を打つ者なら、誰しも経験したことがあるハズだ。
――しかし、罠と思っていたこの配牌が、六巡目にはこんな風に育った。
四四四r五五五七七456⑦⑦
タンヤオ赤ドラ三。ツモれば三暗刻までつき、倍満まで届く。さらに途中で④をツモ切ったので、河もいい具合に仕上がっている。
私はやはり、ダマを選択していた。脇から出れば満貫だし、仮にツモって美琴さんに親被りをさせてしまったとしても、倍満なら大きなアドバンテージとなるだろう。
二巡後、亜希が⑦を切ってリーチをかけてきた。私はようやくまともなアガリを決めることができたと、一安心した。
「へぇ、満貫か」
「文句ある?」
「……別に」
亜希は小さく鼻で笑い、私のもとに八千点分の点棒を置いた。――相変わらず嫌味な奴だ。
ところが、美琴さんの視線が気になった。てっきり称賛を込めたものを向けてくれるかと思っていたのだが、彼女はどこか冷めたような視線を私の手牌に注いでいた。
このアガリのどこが悪いの……? 私は焦燥にも似た感覚に突き動かされ、牌を中央の穴に落とした。
東四局、憎き亜希の親番。麻雀に余計な感情を持ち出すのはよくないことだとは知りつつも、こいつだけはどうにも鼻持ちならない。――最速で流してやろうかな。
そんな私の
一二1369⑨⑨東南北發發 ドラ 五
第一ツモの二を手の内に納め、とりあえず手牌を横に伸ばそうと字牌に手をかける。
――ちょっと待った。この手、ある意味チャンスとも言えるのではないか?
八種十牌。奇跡のツモが連続すれば、よもやの役満という可能性がある。そこまではできなくとも、混老対子、チャンタなど、考えようによってはアガリ目は十分に考えられる。
私は掴んでいた北から手を離し、6から切り出した。
四巡目に小依が切った北を美琴さんがポンした以外、特に動きはない。
九巡目、私の大本命である国士無双は、一向聴となっていた。残る牌は①と中だ。いずれも場に一枚出ているだけであり、可能性は大いにある。
流石に派手な切り出しになってしまっているので全員にバレてはいるだろうが、それもそれで構わない。オリてもらえるなら失点を防げるのだから。
そして三巡後のツモ、私の親指が待ち望んだ大きな丸を識別した。これでテンパイ、中待ちだ。
私の發切りに、敵の二人がそれぞれ反応を見せた。小依はツモに向かう手がいつもより少し遅れ、亜希はすっと目を細めて私の發に視線を注いでいた。
味方である美琴さんは例によって無表情。――味方が役満テンパイしたんだから、もう少し嬉しそうにしてくれてもいいのに、とも思った。元来そういう人でもないといえばそうではあるが。
私はすっかり勝った気分で敵の打牌に注目していた。
「リーチ」
小依の声だった。彼女は平然と私に危険なハズの東を切り、それを横に曲げた。
――私の国士に気付いていないハズがない。それなのにリーチ……?
まさかな、とは思った。しかしそう考えれば、そのリーチには納得がいく。
私は小依の手牌の右端三枚を見つめ、生唾を飲み込んだ。中は暗刻……?
私のツモ番。引いてきたのは二。――オリるのでなければ、ツモ切るしかない。
「ロン」
一三四五六七八九九九 中中中
私は思わず唇の端を歪め、小さく息をついた。
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