第二の刺客
体当たりをするような勢いでやよいの扉を開けて中に入ると、先ほど見かけた二人組が既に卓に着いていた。
「てめぇが相手か。誰でもいい、さっさと卓に着きな」
粗暴な口調で私にそう言ったのは、真っ赤に染められた長髪が特徴的な少女。顔立ちや体格から見るに、私といくつも変わらぬように見えるが、彼女は高圧的な態度で「早くしろ」と続けてきた。
一方のもう一人――赤髪の対面に座っている綺麗な緑髪の少女は、卓上に揃えられた麻雀牌をじっと見つめているだけで口を開こうともしない。対照的な二人であった。
「あなたたちは……?」
「言わば道場破りね」
そう言いながら店の奥から出てきたのは、弥生さんであった。私は答えに察しがついていたが、続けて彼女にこう訊いた。「どういうことです?」
「例の組織の手先だそうよ。二人が勝ったら、店の経営権を組織に奪われるそうな」
私はぐっと緊張して、いまいちど二人組を見た。ついにこのときが来たのか――
「勝負は半荘三回。終わった時点で、オレたちとお前たちのポイントを合計し、どちらが上かで勝敗を決める。いいな?」
「ちょ、ちょっと待ってよ……いきなりそんなこと言われても――」
「うるせぇ。ガタガタ言ってねぇでさっさと卓に着けってんだよ。てめぇも麻雀打ちの端くれなら、口じゃなくて麻雀で語りやがれってんだ」
きっと睨みつけてくる赤髪の少女。
――正直、カチンときた。見ず知らずの相手に、どうしてここまで言われなければいけないのか。
私は“上等だ”と言わんばかりに卓に着いた。こうなったら、彼女を徹底的に負かして一言詫びを言わせなければ気が済まない。
「やりましょう、弥生さん。私たちが勝てば問題はないでしょう」
「あらあら、若いわねぇ。でももう少し待って頂戴。あなたの相方は私じゃないのよ」
「……え?」
そこで、誰かが扉を開いて店の中に入ってきた。――美琴さんであった。
「こんな朝っぱらから呼び出して、くだらない用事だったら容赦しな――」
不機嫌そうな表情で店に入ってきた美琴さんは、卓に着いている私を含めた三人を見て言葉を切った。
それから、小さく溜め息をついてから煙草を取り出し、それを咥えながら弥生さんに訊く。
「――子どもの勉強会に付き合えってワケ? なに考えてんのよ、冗談にしては面白くもなんともないわ」
「ただの勉強会ならよかったんだけどねぇ。賭かってるものがものなだけに、あなたを呼んだのよ」
「賭かってるもの?」
「ウチの経営権。この子たちは、最近話題になってる例の組織が送り込んできた刺客よ」
「……」
美琴さんは煙草に火を点けてゆっくりと煙を吸い込み、再び私たちのほうへと視線を移した。赤髪、緑髪、そして最後に私に視線を移してから、吸い込んでいた煙を溜め息をつくように吐き出す。
「――ま、いいわ。負けても責任は負わないわよ」
「ここぞの勝負じゃ負けないでしょう?」
「……さぁね」
美琴さんは空いていた私の対面の席に腰かけると、私に向かって言った。
「ルールはどうなってるの」
私は視線を上家の赤髪に流し、彼女に説明を催促する。
「アリアリの半荘、ウマは5-10、オカはつけねぇ。三戦やった時点でポイントの合計が多いほうの勝ちだ」
「ってことは二対二ってワケね。通しくらいは目をつむってあげるけど、下手な“イタズラ”したらそのときは腕を折るわよ」
「脅しかよ」
「本気よ」
美琴さんは横目で赤髪を睨みつけた。赤髪はその視線に応えるように睨み返したが、不意に表情を緩めると、卓上の赤いスイッチに手を伸ばした。
「てめぇらがどれだけの打ち手かは知らねぇが、所詮表の麻雀打ち如き、“サマ”に頼るまでもねぇや。“ヒラ”で打ってやるよ」
「大した自信ね。足元掬われないように気をつけなさい」
「余計な世話だ。――始めるぞ」
牌山が上がり、緑髪の起家で対局は始められた。
東一局、私は北家。
九九3456③③⑤北北白中 ドラ 九
ドラ対子に、役牌対子。残りの形もよろしい。初っ端から好配牌に恵まれた。
緑髪が第一打に②切り。
続く美琴さんが第一ツモに手を伸ばしながら、独り言のようにこう呟いた。
「人様の雀荘に突然殴り込みをかけてくるとは、例の組織ってのは随分と礼儀知らずな連中のようね」
「麻雀でチャンスを与えてやってるだけありがたいと思え。その気になりゃてめぇらがなにをする間もなくこの店の経営権を奪えるんだからな」
「どうやって」
「知る必要はねぇ」
「――あなた、口の利き方を知らないようね。歳はいくつ?」
「人にものを訊くなら、先に自分のことから教えるモンだろ」
刺のある赤髪の言葉に、私は美琴さんが耐えかねるものではないかとヒヤヒヤしていたが、美琴さんは冷静なまま自分の名前を口にしようとした。
「私は――」
「黒崎美琴。花京院蓮華、竜崎麗奈、六条雅とともに、裏魅神楽の麻雀界で名を馳せた女」
美琴さんの声を遮ってそう語ったのは、いままで一言も口を利かなかった緑髪であった。
「――そいつらと並べられるのはあまり気分がいいものじゃないわね」
「その話からすれば腕は確か。多分、私や
「誉めてくれてるのかしら? 緑髪のお嬢さん」
「
「……あなたは、赤髪よりかは口の利き方を知ってるみたいね」
全員の意識が麻雀よりも会話に向いていたが、三巡目に私が亜希という名らしい赤髪から北をポンしたのと同時に、散り散りになっていた意識が一瞬で卓上に集められた。
――七巡目、亜希がリーチをかけてきた。私は自分の手牌に視線を落とし、眉をひそめる。
九九34567③③⑤ (北)北北
北を鳴いて以降、手はほとんど進んでいない。だがそんなことよりも困るのは、ポンテンを視野に入れるために残しておいた筒子がリーチの捨て牌を見るに本命に思えた。
私のツモ番――引いてきたのは⑥であった。さて、どうするか。
初牌ではあるが通りそうなドラを落としていって手を作るという路線もあるにはあるが、それでは打点が大幅に下がる。そんなマネをするくらいなら、索子を落としていったほうが賢明ではないだろうか。
――と、普段の麻雀ならそんな風に考えるだろう。
しかしこれは二対二のコンビ麻雀である。味方の点棒も削ってしまうツモよりも、敵からのロンアガリを狙うのがセオリーだ。特に味方が親の局はよりいっそうツモアガリを避けるハズだ。
だが、リーチときた。私と美琴さんからのオリ打ちを狙えるようないい待ちができたということだろうか。
様々な思案を張り巡らせた結果、私は本命に見える筒子の③を落としていくことにした。――もっともらしい言い方をしたが、なんのことはない。通りそうな牌が当たるなら、その逆をいってやれという単純な思考だ。それに、迷った挙句に放銃するより、まっすぐ進んで振り込んだほうが心情的にもよろしい。
「ちっ……てめぇトーシロか。一発で暴牌振りやがって」
「――当たりなの?」
「ちげぇよ」
「じゃあ喋らないで。紛らわしいわね」
「あ?」
「言っておくけど、私を口でビビらそうなんて考えないでね。その態度で委縮させるのがあんたの
私は亜希をきっと睨みつける。亜希は獣のような形相で私を睨み返してきた。いまにも飛びかかってきそうな雰囲気である。
すると、小依がリーチの現物である六を切りながら亜希にこう言った。
「亜希。麻雀に集中して」
「わかってる。わかってるよ、くそっ……」
“ざまぁみろ”と心のなかで悪態をついたのも束の間――私は美琴さんに怒られた。
「渚。必要以上に煽らないの」
「……すみません」
――亜希のざまぁみろという心の声が聞こえた気がした。
その直後、彼女のツモ番。彼女は引いてきた牌を盲牌で識別するなり、手牌の横にパチンと叩き付けた。
二三三三四r五五五③④⑤⑥⑦ ツモ ⑧
リーチタンヤオ一発ツモ赤、裏ドラが⑦だったので、跳満である。
敵である私と美琴さんからは3000点ずつ、そして、味方の小依からは6000点。
「不思議そうな顔してねぇで、さっさと点棒をよこしな」
私に向かって右手を差し出しながら、亜希が言った。
どんなに腹が立っても点棒を投げるという愚行はしないと心に決めている私は、苛立つ気持ちを必死に抑えながら亜希のもとにそっと五千点棒を置く。
「――味方の親番に役アリの手でリーチをかけるなんてね。挙句味方に跳満の親被りをさせるとは」
「理解できねぇか? いまにわかるさ」
亜希は得意そうに微笑を浮かべながら、私のもとにそっと千点棒を二本置いた。
東二局、味方である美琴さんの親番だ。
一一二四七⑤⑦⑦⑧⑧23東 ドラ ⑧
さっきほどわかりやすい配牌ではないが、悪くない。どう進めても満貫にはなってくれそうだが、私は出アガリが利く形に作っていこうと考えた。
第一ツモ、1。東は美琴さんのためにギリギリまで温存しておこうと判断し、七切りから始めた。
特に動きもなく、六巡が経過した。その時点で、私の手はこうなっていた。
一一二四⑥⑦⑦⑧⑧⑨123
役なしだが、勿論リーチはかけていない。五か三を引いての平和か、⑥か⑨を引いて一盃口がつくのを待ち、脇からの出アガリを狙う。
小依から三が出てきた。これは仕方ないだろう。リーチをかけていたら出なかったハズだ。
二巡後、五を引くことができた。二を切り、平和ドラドラの三六待ちテンパイ。――さぁ、当たり牌を出してしまえ。
しかし、私の狙いも虚しく、次の私のツモが三であった。
雀頭を落とすという選択もないワケではなかったが、私はアガリを選択した。場は既に中盤――アガリ牌のあとには当たり牌とも言うし。
「ツモ、1300・2600……」
普通に発声したつもりではあったが、やはり不本意であるという感情は隠せなかった。
「ヌルいな。それがてめぇの麻雀か?」
すかさず亜希が煽りを入れてくる。私は点棒を回収しながら答える。
「――うるさい。人のアガリにケチつけないでよ」
「はっ、てめぇこそさっきケチつけてきやがったじゃねぇか。人には言うが自分には勘弁ってか? そりゃ通らねぇぜ、ド素人さんよ」
「ッ――!」
私のなかでなにかがキレそうになった瞬間、両肩にぽんっと手が乗せられた。
「はいはい、落ち着いて。口じゃなくて麻雀で戦いなさい。そっちの赤髪の子も、ちょっとは遠慮して頂戴ね?」
いつの間にか背後に立っていた弥生さんが、私の肩を軽く揉みながらそう言った。
私は湧き上がってきた激情をなんとか抑え、浮かし気味になっていた腰をすとんと落として姿勢を正した。
そのとき、なんとなく、美琴さんの顔に視線を移した。
彼女は無表情で、私のアガリ手牌と捨て牌を眺めていた。
――その無表情のなかに失望のような感情が隠れているように見えたのは、私の気のせいだと信じたい。
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