不自然な選択

「花京院蓮華……」

 知っているらしく、瑞希さんが恨めしそうにその名前を呟いた。対してハナさんは、いつものようにおちゃらけて返答する。

「フルネームなんかで呼ばんといてーな。気軽にハナちゃんとでも呼んでよ」

「噂は聞いています。若くして裏の麻雀で凌ぎを削っている――そうですね」

「あたしのことなんてどーでもいいじゃん。それより、説明してよ。この卓がどんな卓なのかってのをさ」

 ハナさんは深々と椅子に座ると、足を組みながら上目遣いで瑞希さんを見据えた。

 それを受け、瑞希さんは“お前はどうする”と言わんばかりに私に視線を移した。

 私はハナさんに助けを求める。私の視線に気付いたハナさんは、ウィンクをしただけであった。――私は腹をくくり、彼女の上家に腰をおろした。

「それで? なんでこんな可愛い幼女たちを使って雀荘を荒らすようなマネしてんの?」

「――ただ単に権力だけを用いて店を奪うというのは興が削がれる。これは言わば、我々の主による慈悲なのです」

「話が見えないなー。麻雀で勝って店奪おうってこと? お宅がどんな組織かは知んないけどさ、そんなことしたら黙ってない連中がこの町にはいるんだよ?」

「宮代組のことでしたら、ご心配なく。既に話はついていますので」

「……は?」

 牌をいじって遊んでいたハナさんが顔を上げ、瑞希さんを怪訝そうに見つめた。瑞希さんは表情を変えず、続ける。

「裏魅神楽に存在するすべての雀荘を、我々のグループが取り仕切るようにするのです。宮代組には、いま以上のみかじめ料を支払うという条件を提示しました」

「ははぁ、カネで手の平返したってワケね。ま、このご時世、ヤーさんも決して楽な商売じゃないってことかな」

「――ですので、余計な心配はせずに思う存分足掻いてみせてください。とはいえ、あなた方がどんなに奮闘したところで、彼女たちには敵わないでしょうけど」

「とりあえずあたしたちは、この子たちに勝てばいいんでしょ?」

「ええ。勝てば手を引きますし、あなたには勝利に見合った金額をこの場でお支払いします」

「上等上等。始めよっか」

 ハナさんが卓の中央にあるボタンを押そうとしたので、私は慌ててそれを止めた。

「ま、待ってください、ハナさん! 負けたらどうなるか訊かないんですか?」

「いや、あたし負けないし」

「あのですね……」

 二人の無敗伝説について説明しようとしたところで、瑞希さんが再び口を開いた。

「負けたからといって命を取るようなマネはしません。ただし、それなりの額のカネは支払っていただきますよ」

「なーんだ、カネか。別にいいよ、いくら乗っける?」

「素点は関係なしの順位麻雀です。ラスがトップに百万、三着が二着に五十万です」

 私は思わず「え?」という声を漏らした。しかし、唖然とする私とは裏腹に、ハナさんは愉快そうに笑い出す。

「上等な脅し文句唄ってくれちゃった割には、遊びみたいな額だね。せっかくやるんだから、ゼロをもういっこ足そうよ」

「一千万の五百万――ということで?」

「嫌ならいいよ? そっちが決めたお遊びレートに付き合ってあげるからさ」

 ハナさんは牌を手の上で転がしながら、挑発気味に瑞希さんを見上げた。

 瑞希さんはその挑発を受けるものだと思っていたが、意外にも冷静に返答をした。

「――あなたのレートは承諾できません。こちらのレートで打っていただきますよ」

「ふふ……ま、そういうんじゃ仕方ない。いいよ、百の五十でいこうじゃない」

 そこで、私はようやく口を挟むことができた。

「ま、待ってくださいよ!」

 百万はおろか、五十万だって持っていないのだ。私にはこの卓につく権利がない。それを告げようとしたのだが――ハナさんが私の口に人差し指を押しつけてきた。

「だーいじょーぶ。カネならあたしが用意してあげるから。そもそも負けなきゃいいだけじゃん。トップ取れなくても二着ならプラスだよ?」

「い、いや、でも……」

「やろうよ。あたしも最初は面白半分で首突っ込んだんだけど、もう引っ込むワケにはいかなくなっちゃったからね」

「どういうことです……?」

 ハナさんは再び瑞希さんに視線を合わせながら言った。

「お堅い人間気取ってるような奴って、どうも気に入らなくてね。徹底的に叩きたくなっちゃったんだ」

「――やれるものなら、やってみなさい」

 瑞希さんは初めて表情を緩ませ、ハナさんに嘲笑を返した。

「よし。席決めから始めようじゃない。シロちゃん、あたしの上家になっても変な気遣わなくていいからね?」

「は、はぁ……」

 アシストはしなくていい――ということだろうか。私は私でトップを目指して打てばいいのだろう。

 しかし、向こうも同じとは限らない以上、多少は助け合いながら打ったほうがいいのではないかとも思った。だが、コンビ麻雀を打ち慣れていない者が突然やろうとしたところで、自分の麻雀をイタズラに崩してしまうだけだろう。やはり、ここは普通に打つべきだ。

 前回トップだった凛音ちゃんが親決めのサイコロを振り、私が起家で始められた。


 ルールはこの店に倣ったもので、東風戦のアリアリ、そして場センゴだ。

 大きなアガリが一度でも出ればそれが勝負を左右することになる東風戦にとって、親番は非常に重要な局である。

 ――のだが、よりにもよって起家である私の配牌は苦しいものであった。

 一四六九127②③北北發中 ドラ 中

 第一ツモは三だったので、いちおう下の三色を考え、九から切り出す。それから、私は目だけを動かし、対戦相手である二人の少女を改めて観察してみた。

 対面に座る凛音ちゃんは、先ほどから感情というものが一切感じ取れないほど表情を変えない。逆に下家の蘭那ちゃんは、第一ツモのときに好牌を引いたらしく表情を綻ばせていた。両極端な二人だが、麻雀のほうはどうなのであろうか。

 両者ともに、第一打牌にはこれといった特徴はなかった。蘭那ちゃんが北を切り、凛音ちゃんが中――いや、中とは十分におかしいではないか。中はドラの役牌だ。

 配牌の時点で、既に十分な形なのであろうか。続くハナさんが南を切り、私はぐっと緊張しながら第二ツモへと手を伸ばした。

 引いてきたのは、中であった。普通なら小躍りでもしたくなるようなツモなのだが、どうにも不気味に思えてしまった。

 凛音ちゃんは次巡に私が中を対子にすることがわかっていたから、一巡目に中を捨てたのだろうか。

 ともかく、ドラの役牌が対子になったことは事実だ。これを鳴いてアガればまずまずのスタートを切ることができる。發を切ってみたが、周りに動きはなかった。

 次巡、私は五を引いた。12を落として手を広げることも考えたが、素直に7切り。

 その三巡後、凛音ちゃんから四枚目の北が切り出された。当然スルーしたが、これで中が鳴けなかった際に中と北のシャボ待ちに取りづらくなった。北を落として萬子を伸ばすという手作りを本線に考えるべきか。

 次のツモで④を引き、早くも決断のときが来た。北を落として手牌を横に伸ばしていくか、それとも、中のポンテンを取れる12落としか。

 私は小考したのち、北を切った。中のみに頼るよりも、三色もまだ狙える前者の路線のほうがアガれる確率は高いと判断した。

 そして二巡後、私のもとに二が来てくれた。これでテンパイではあるが、役がないので出アガリは利かない。

 一二三四五六12②③④中中 北

 またも選択のときである。④と①を振り替えての三色、乃至は中を刻子にするという手変わりを待つか、それともリーチをかけて先制するか。

 しかし、私は迷うことなく北を切ってリーチをかけた。理由としては、①が既に二枚切り出されているのと、索子が全体的に安かったからだ。

 私のリーチを受け、蘭那ちゃんは現物の7切り。凛音ちゃんは引いてきた牌をそのまま河に並べた。――それは5であった。かなり強い牌である。案の定、ハナさんが反応した。

「怖い怖い。ツモ切りに当たり牌なし――ってところ?」

 その言葉に、凛音ちゃんは視線を私の手牌に結びつけたままこう答えた。

「当たり牌以外は切ってもいいの」

「言ってくれるね。いつかドカンと振り込まなければいいけど?」

 ハナさんは微笑を浮かべながら、同巡に蘭那ちゃんも切った7を切る。

 私の一発目のツモは、西であった。河に置いたと同時に、凛音ちゃんがおもむろに口を開いた。

「カン」

 私は耳を疑った。ポンならまだしも、親リーがかかっている状況で大明カンをするとは――

 凛音ちゃんは平然と私の河から西を拾って手牌の右側に置き、新ドラを捲る。――新ドラは六。

 その一連の動作を私とハナさんが怪訝な思いで見守っていると、蘭那ちゃんが口を開いた。

「不思議がることないよ。凛音にとって、この鳴きはきっとアガるために必然の鳴きなの」

「親リーかかってるなかでの大明カンが必然の鳴き?」

「まー見ててよ。論より証拠っていうでしょ?」

「――キミ、何歳?」

「十二だけど?」

「そう。あたし二十三なんだよね」

「へぇ、もっと下かと思ってた。お姉さん、なんか子どもっぽいし」

「……年上の人には敬語を使うべきじゃない?」

「蘭那、そういうの面倒臭いから嫌いなの。そもそもお姉さんだって人のこと言えるの?」

「馬鹿にすんなよ、チビっ子ちゃん。この魅神楽にあたし以上に礼儀正しい人間なんていないんだからね」

「あはは、面白いね、お姉さん」

「……」

 どこか似ている二人の会話を傍らに、麻雀は刻一刻と進められていく。

 二回目のツモは三で不発。その後も九、⑥、②と続く。

 そしてリーチをかけてから五巡が過ぎたとき、凛音ちゃんが引いてきた牌をそっと手牌の右端に置きながらこう発声した。

「ツモ」

 五六七八八八4566 西(西)西西 ツモ 3

 値段は700・1300と高くはなかったが、私は彼女の最終手出しの牌、七が気になって仕方がなかった。その牌を含めた最後の手格好は、以下のようになる。

 五六七七八八八4566 西(西)西西

 6を切れば、四七、六九の四面張。特に九は八が暗刻ということに加え、私が一枚、ハナさんが一枚切っているだけなので待ち頃の牌だ。フリテンになるというワケでもない。なぜ、わざわざ36の亜両面に受けたのだろうか。

 ――なんとなく、答えは出ていた。ハナさんがそれを口にしてくれた。

「四面張を捨てて、シロちゃんのアガリ牌3を喰い取ったってワケ? いい感性してるね、黒髪のお嬢ちゃん」

「感性なんかじゃない。これは当然の結果」

 凛音ちゃんの消え入りそうな儚い声。ハナさんと私は同時に凛音ちゃんに視線を移した。

「西をカンすれば凛音にドラがひとつ乗ったから、加えて対面のお姉さんのツモに3があったから、凛音はこうしたの。なにも特別なことじゃない」

「――3があるって、どうしてわかったの?」

 私の質問に、凛音ちゃんは自分がツモった3を手に取り、それをまじまじと見つめながら答えた。

「牌が教えてくれたから」

「は、牌が……?」

 凛音ちゃんは真顔だ。本気か冗談か、わからない。

 すると、ハナさんが自分の手牌から一枚を手に取り、凛音ちゃんがやっているように自分もまじまじとその牌を見始めた。

「なるほどねぇ……いやいや大したモンだよ。ホントにこんなことができる人間がいたなんてね」

 ハナさんは中央のボタンを押し、持っていた牌を穴に落としてこう続けた。

「せめて一矢は報わせてもらおうかな。やられっぱなしじゃこっちも収まりつかないしね」

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