初戦
「あの、すみません。レートっていくらなんですか?」
その質問には、江上さんが
「千点五百円の、ウマがワンスリー。赤裏一発の祝儀が一本千円だよ」
無意識に顔が強張ってしまった。高いレートとは覚悟していたが、千点五百円ということは、箱一杯でちょうど私の持ち金である三万円となる。
それだけならまだよろしい。厄介なのはご祝儀だ。一度でも祝儀を含んだアガリをされれば、ラスを引いたときに持ち金が足りなくなる。
私は顔を上げて店内を見回し、カーディガンの女性を探した。彼女は使われていた卓の掃除に取りかかっており、私の視線には気付かない。
困っている私に、
「あなたが
「は、はい……すみません」
私は慌てて配牌を開けた。
四五八八⑥⑧34r5678南
これが配牌だった。第一ツモは⑧。当然、南を切る。
「ポン」
その声は黒崎さんだった。そこで私は、南がドラであることに気付いた。
「第一打がドラたぁ、なかなか気合いが入ってるねぇ」
江上さんが笑って言った。私は“ドラを見ていなかった”とは言えず、曖昧に笑って誤魔化す。
黒崎さんが無表情で②を切り、続く私の上家のオールバックの男が西を切った。
私の第二ツモは北だったので、これはツモ切り。
しばらく進展はなかったが、六巡目に、⑧を引いた。私は⑥を切ってリーチをかけた。
「お、来たね。シロちゃんの初リーチだ。ここはサービスするべきかな」
江上さんはしばらく悩み、ええいと言って⑦を切ってきた。――強いが、当たりではない。
続く黒崎さんが、一切の迷いなしに五をツモ切ってきた。これも強い。
「お構いなしだねぇ、クロちゃん。ご新規さんだろうが容赦なしってかい?」
「うるさい。少し黙ってなさい」
黒崎さんの容赦ない言葉に、江上さんは肩を竦めて左手で口を塞いで見せた。
オールバックが少し止まってから手牌の右端の西を切り、私のツモ番。
ここにいてくれたら楽なんだけど――私はそんな思いで手を伸ばした。
三――
「……ツモ」
私は半ば唖然としながら、その牌を手牌の右にそっと置いた。
「一発かぁ。流石、若いねぇ。こりゃ裏ドラもつくかな?」
江上さんの言葉どおり、裏ドラ表示牌は二であった。リーチ一発ツモタンヤオ赤裏――都合6
私のもとに18000点分の点棒と、祝儀である千円札が九枚置かれた。私は手の震えを必死に抑えながら、それらをしまった。
「いきなり親ッパネ引かれちゃ辛いってモンだよなぁ。今日のアタシがついてないのか、シロちゃんの若さの力か――いや、そう言っちゃ失礼ってモンさね。若さじゃなくて、実力と言ってやらにゃあね」
江上さんは相変わらず、愛想よく笑いながらそう言ってくれた。私はどんな顔をするべきかわからず、ただ曖昧に笑うだけ。
――ちらっと、対面の黒崎さんを見てみた。彼女はこちらには目もくれず、咥えた煙草に火を点けていた。
出端から
一本場、私の配牌はこんな形だった。
一一三三四六八九47北北發
今度はしっかり確認する――ドラは七。
第一ツモは四だった。私は
「今度は真ん中からと来たか。剣呑剣呑――」
江上さんがそう言いながら、北を切り出した。私はそれを即座にポンした。
江上さんの「ひえぇ」という
次巡のツモは無駄ツモだったが、その巡目に黒崎さんから一が出たのでまたポン。發を切って、こんな形になった。
三三四四六八九 一(一)一 北北(北)
待ちがよくなることは期待できそうもなかったが、とにかく先制でテンパイを入れたかった。テンパイになるなら、どこからでも仕掛けるつもりだった。
――しかし、ここからぱったりと進まなくなった。テンパイになる牌どころか、萬子をなにも引かなくなった。
チーの頼りである上家のオールバックは私の染め手を進ませまいと萬子を一枚も切らないし、江上さんと黒崎さんは萬子をバラバラと切りつつも肝心の三四だけは切らない。
そうこうしている内に、十一巡目、黒崎さんがリーチをかけた。
私は迷った。彼女の宣言牌が待ちに待った三だったからである。
鳴けばテンパイだし、飛び出る九は彼女の現物でもある――しかし、待ちは最悪のドラ
――結局、オールバックがツモりに行くのを、私は黙って見過ごした。リードがあるという気持ちもあったが、下手に振り込んでナメられたくないという
オールバックが黒崎さんの現物である③を切り、私のツモ――4。黒崎さんの河は
これはいけない、本命だ。私はそう考え、三を切っていった。
それから四巡後、黒崎さんはツモアガった。
123456789四四五六 ツモ 七
裏ドラは乗らなかったが、跳満である。私は点数を支払いながら、自分の選択を悔やんでいた。
もしもあのとき三を鳴けていれば、あの七は私のツモになっていた。つまり、私のアガリだった。他の二人が鳴かなければの話ではあるが、その程度では気休めにもならない。
「萬子染めがいるなか、片方ドラの萬子の
「こんな場じゃ萬子の出アガリは期待できないけど、かといって処理に困るドラの受け入れをなくしたくもなかった。それならリーチでいいでしょう」
黒崎さんは江上さんにそう答えたあと、「それに――」と続けて私の河に並べられている二枚の三に視線を結びつけながら言った。
「曲げれば親が降りる可能性だってあったわ。そっちに賭けたまでよ」
「狙いどおりってワケかい。
私は自分がやらかした失敗の重さを噛みしめながら、手牌を中央の穴に流し入れた。
親が流れて東二局。私の配牌は前局のミスを
一二六3359④西北北白中 ドラ⑧
いちおう自風の北が
――その局はなにも進展せず、オールバックがダマで
困ったことにそれ以降も、私の手牌は最初のような輝きを失ってしまっていた。
南場の私の親も軽く流され、参加できずのまま南三局になった。
そこでようやく、戦える手牌が来てくれた。
三223344r⑤⑦⑧⑨西西 ドラ 四
七巡目である。
私が引いてきた東をツモ切ったあと、江上さんが西をツモ切った。
――
見送った私に待っていた次のツモは、なんとも微妙な牌である一であった。これではr⑤が出ていき、ドラも含まない安手になってしまう。
ツモ切ってしまおうかとも思ったが、私はあることに気付いた。私から見て、三が既に四枚見えているのだ。
二は江上さんとオールバックがそれぞれ一枚ずつ切っている。誰かが
私はr⑤を切り、リーチはかけずにダマを選択した。二着である黒崎さんとの点差は3600点。突き放すために打点をあげることもちらっと考えはしたが、怪しまれて二を止められてしまっては元も子もない。
ここは場を流すのが先決――私は自分の判断を念押しするかのように、心のなかでそう呟いた。
「リーチ」
江上さんの声だった。この
「アタシも少しはいいとこ見せないとね。負けっぱなしじゃ呑みにも行けないよ」
そう言って、千点棒を卓の真ん中の窪みに置く。私は慎重になって江上さんの捨て牌を見た。
北中二一(四) 9②西 リーチ④
ほとんどヒントがない。強いてあるとすれば、筒子の切り出し方から④⑤を持っているかもしれないという程度だ。それも入り目かもしれないし、そうじゃないかもしれない。
私は黒崎さんかオールバックが二を掴むことを期待した。しかし、黒崎さんはツモった牌を手牌のなかに入れて現物の9切りで、オールバックは③ツモ切りであった。
私のツモ番。引いてきたのは現物の北であった。
そのまま切ろうとした直後、私はオールバックが切った③にいまさらながら違和感を抱いた。リーチの一発目にしては、随分と強い牌を通したな――と。
長考することに対する「すみません」という一言を告げてから、私は改めてオールバックの捨て牌を見てみる。
彼はテンパイしている――そう考えたとしたら、この北は狙い目だ。私はオールバックと江上さんの二人に共通している
手は崩れるが、
江上さんが⑥、黒崎さんが⑥合わせ打ち、そしてオールバックが西――を、ツモりアガった。
四四七七九九11⑤⑤北北西 ツモ 西
――私はふうっと小さく息をついた。
オーラス。私は32600点持ちでなんとかトップは維持できているが、急激に追い上げてきたオールバックとはわずか500点の差しかない。
黒崎さんも27000点と、1300・2600ツモでひっくり返せる位置にいる。
ただ一人、江上さんだけが辛い状況であった。8300点持ちの彼がトップになるには、三倍満以上のツモが必要になる。
にもかかわらず、四人のなかでもっともこの状況を楽しんでいるのは江上さんだった。
「コツコツとアガってたかと思えば、いきなり
上がってきた配牌を楽しそうに開ける江上さん。私は祈る思いで配牌に手をかけた。
三四六七①①②⑧246白白 ドラ 6
悪くはない。が、特別いいワケでもない。白が早めに鳴ければ動きやすくはある。逆に言えば、白が鳴けなければ急所が多い。
オールバック――江上さんが言うには遠藤という名前らしい彼が東から切り出し、
私の第一ツモは7であった。これはいい。ネックのひとつである
江上さんがうーんと少し悩んでから、打⑥。彼は高い手を作る必要があるのだから、どうしても目立った切り出しになるのは仕方がない。
しかし、その後の黒崎さんの切り出しが気になった。彼女は一打目に5を切ったのだ。
私は眉をひそめた。5はドラの隣である。そんな牌に利用価値を見出さないケースは大きく分けてふたつ考えられる。まずひとつは、ドラをふたつ以上抱えているというケース。もしもそうなら、一打目に切ったくらいだから暗刻という可能性が高いだろう。
そしてもうひとつは、ドラ入り面子など不必要なほど他が整っている手というケースだ。――どちらにせよ厄介ではあるが、私は後者のほうが面倒だと思った。先制されてはそれだけで相当不利になる。
その目立った一打には他の二人もやはり警戒心を抱いたらしく、江上さんは低く唸るように笑い、遠藤さんはわずかにツモる手が遅れた。
それからしばらくは特に動きもなく、巡目だけが進んでいった。その時点での捨て牌で、江上さんは萬子の混一だろうと推測ができた。黒崎さんと遠藤さんの捨て牌は、依然として掴めない。
かくいう私は、二を引いて4を切ったくらいでそれ以外は変化がなかった。
しかし、それから二巡後に黒崎さんから白が出てきた。私はすっかり面前で進める気になっていたので、白を鳴くという選択肢が頭から消え去ってしまっていた。
「ポ、ポン……!」
“序盤は白を鳴こうとしていた”ということを思い出した瞬間、反射で声が出た。二枚の白を晒し、4を切ってから黒崎さんの白を取りに行く。
「ポン」
遠藤さんの声だった。彼は私のものとは違う落ち着いた声で発生を済ませ、二枚の4を晒した。
私は嫌な予感がした。次の切り番で2を切ったとき、その予感が当たっていたことを知った。
「ポン」
親にふたつも鳴かせてしまった。切り順が逆なら――いや、捨て牌を見るに彼は喰いタンだ。逆でも鳴かれていただろう。問題なのは、テンパイしたのかどうかということだ。私は彼の捨て牌を睨んだ。
しかし、八は黒崎さんが一巡前に切っていた。八は鳴けなかった――それならば、六七七からの切り出しではない。五七七、乃至は五五七からの切り出しか。
私は思案した末に、五の対子持ちと読んだ。江上さんが萬子の染め手を進めている以上、萬子で受けるのは得策ではない。だとすれば、五となにかの中張牌のシャボ待ちに受けるハズだ。そしてその中張牌とは恐らく、筒子だろう。
また、別の可能性として五を雀頭として使っていた場合だとしても、やはり待ちは筒子の可能性が高いと踏んだ。そして幸いなことに、私の浮き牌である②は彼の現物だった。
私はツモ山に手を伸ばした。引いてきたのは、r五。私はしめたと思った。嬉々として②を切り、58待ちのテンパイに取る。
「ロン」
私は耳を疑い、顔を上げた。黒崎さんが、流麗な手つきで自分の手牌を倒した。
二二四五六333666③④
タンヤオドラ三、満貫。文句なしの逆転である。
私はいまさらながら、黒崎さんの捨て牌を改めて見た。第一、萬子の混一がいる局面の中盤で初牌の白を切り、気付かなかったが、その前には中だって切っていた。他にも親に鳴かれそうな牌が平然と並べられている。
恐らく、とっくにテンパイしていたのだろう。私は自分の注意力の弱さを痛感した。リーチがかかるまでは大丈夫――そんな思い込みが心のどこかにあったのだと思う。
放銃に弁解の余地はなかったが、そういうつもりではなく、私は黒崎さんに訊かずにはいられなかった。
「3、6の暗刻は……」
「配牌からよ」
「テンパイしたのは、中切りのときですか?」
「中はツモ切り。テンパイしたのはその前、この③切りのときよ」
黒崎さんは捨て牌の③を人差し指でコンコンと突いた。私は無意識のうちに体に入っていた余計な力を抜き、椅子に深く座り込んだ。
「ラストね」
トップから三着への転落。ウマを合わせた点棒分の負け金額は7500円であり、場代は一人2500円。
東一局のアガりの祝儀がほとんどの支払いを
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