幕間劇
その宇宙船の船体基調は直方体。艦首方向から見た形状は鉛直方向に縦長な八角形を成す。全長は凡そ15km、全幅1.5km、総重量は11億4千万トン。銀河間航行機能を有している。地球から発祥した文明は、既にタイプ1を超えて、銀河内の複数の知的生命体と緩やかな連合体を形成するまでに至った。勿論、日常的に諍いは存在して、この宇宙船も例に漏れず戦闘艦である。
艦首前面には、大口径の質量兵器の発射口が6門装備されており、上下に三門づつ並列している。星間物質を消滅させる次元縮退装置が側面に沿って横方向に延び、淡い青色の光を放っている。
艦首方向から艦尾へと視線を移動させると、側面には前方と後方の両舷には上下二列にレーザー砲塔が320門。分厚い外部装甲からドローンやポッドの射出用のセルが疎に1,024機が覗いていた。この外部の艤装や装甲は自己修復機能を有する特殊な金属体で構成されている。通常時には固定された形状であるが、必要に応じて如何様にも変化させることができる。有機金属物質の知的な群体だ。
尾部には2基の大型主推進ユニットと4基の補助推進ユニットがあり、黄色に光っている。乗組員は4人の人型生命体のみ。彼ら以外は、2,000体のアンドロイドの乗組員が宇宙船の機能を維持している。
乗組員たちは、“中型商船”と主張しているが、これほどの重武装の商船は存在しない。彼らが所属する星間系連合の近隣を探しても、この船に比肩する戦闘艦を有する星間国家は、極めて僅かである。
「空間の歪曲を検出。距離120光秒。方位337.2。仰角0.71。飛翔体が
観測手が機械的に事実を伝える。
「自動航行装置解除。姿勢制御系切替。手動制御。面舵。舳先合わせ」
それなりに立派な座席が艦橋の中央を占め、その上にどっかと座る船長が命じる。折悪く自動航行装置の不良で制御機構の再起動に迫られている中、これまで全く検知されていなかった飛翔体に観測装置が反応した。速度が速過ぎて進路変更が間に合わない。最早、通常操作では避けようがない。
操舵手が顔を顰めつつ、忙しなく空間に投影された複数のパネルを指で操作する。艦の機能回復を急ぐ。
「姿勢制御系切替。手動制御。面舵。舳先合わせ」と操舵手が復唱する。
「重力波検出。飛翔体の短距離跳躍。さらに接近中」と観測手が淡々と事実を告げる。
「艦首次元縮退装置起動」と砲撃手。
乗組員たちは飛翔体を消滅させるべく次元縮退装置を起動させる。
「重力波検出ねぇ……。この辺りにタイプ2の文明なんて在ったか?」
船長は、誰に対してか判然としない問いかけを行う。
この自称商船の重武装戦闘艦に正体不明の高速飛翔体がさらに速度を増して接近する。
「防護障壁を抜かれるぞ。おいおいおいッ!」と砲撃手が慌てる。
「対衝撃防御!」
船長の命令は間に合っていない。防御壁を抜かれることで発生した衝撃は、全長15kmの重武装戦闘艦の全体に伝わり、船体が大きく揺らぐ。
「動力制御回路切断。動力伝導核切断。被害制御が間に合わない。拙い——」
操舵手が呟く。彼の声はモニターコンソール経由で船長の耳に届く。船長の眼前に投影されていた操舵手が占める操縦席の投影部分が抜ける。船長の拡張現実が消えて、艦橋を囲うパネルが滲み出る。視野に浮ぶのは、本来の装置類だ。
「被害報告!」
船長が操舵手に呼びかけるも反応はない。
右手に投影されていた砲撃手の姿も揺らぐ。
「ドローンかっ!外殻が抜かれたぞ!」と砲撃手が叫ぶ。
耳を聾する凄まじい音が伝播してくるのを肌にも感じる。
船長が前方右側の観測手に操舵手の代わりを命じる。
「Ω起動準備。余剰次元展開」
しかし、現実の書き換えを可能とする
船長は、自席に座ったまま、コンシールドホルスターに差し込んでいた拳銃を抜き、自分の正面の虚空に向けて構えている。五百年前の軍用自動拳銃であるM1911A1のレプリカだ。精巧につくられているが、素材はこの時代のものであり、発射される弾丸は命中すれば対象の原子間結合に作用し、物理構造を侵食して破壊する物騒極まりない代物。
『何用だ?』
虚空が揺れる。声が響く。しっかりと聞こえてはいるが、音声とは思えず、言葉を言葉として認識はできない。しかし何と問われたか船長は理解できた。
「物見遊山さ。連星が合体するそうじゃないか?」
この宙域は太陽系を基準にすると「ちょうこくしつ座銀河」のNGC 253の辺領部にある連星系。船長は、今回の目的を素直に伝えるため、天の川銀河連邦の公用語で応えた。
——果たして伝わるのか?
『去れ。我らの主星は乱れぬ』
認識した音が多重に重なりそれらが前後に酷くズレて聞こえた。発せられた言葉の意味は理解できるが、この音素を人が発することなど無理だ。本来の情報を載せた音素は、可聴域を超えている可能性がある。
やっかいな相手と対峙することになったと後悔したが、この遭遇自体予測の埒外であり、予め備えることは難しい。防御障壁も強化外殻も何もかもが存在していないように、全てを突き破って、眼前に現れたそれは人智を超えた存在であった。
——仕方なし。
船長は心中で呟く。そして「ああ……そいうことか。わかった」と声に出すと、拳銃の安全装置を入れてコンシールドホルスターに戻した。
すると相手は実態を伴う存在として見えるようになった。空間が揺らぐ。多色の光が揺ぎに併せて踊る。そのモノとの境界面はキラキラと輝き純度の高い音を発しているかにおもえる。光点がゆっくりと流れ、揺らぐ空間がまるで触手の塊りが蠢いているかのように見える。
「簡素な言葉」
歳の若い女性の声が透明な鈴音のように響くと、褐色の肌、燃えるような赤い髪、金色の瞳の少女が笑う。印象はまるで猫。
——近いぜ。
猫のように笑う少女は、お互いの鼻が触れ合うほどの近さまで、顔らしきものを近づけていた。
「不思議な匂い」
——あゝ、そうか。
「
——こいつは系統が違う。
ふっと笑いだけ残して少女が消えた。
『またね』
船長は少女の声を直接認識した。
再び、
勘弁してくれと言わんばかりに船長は左右に頭を振った。暫くして、
「大丈夫か?」
砲撃手の声が艦橋に響く。
「生きてるぜ」と船長が答える。
船長の右側に砲撃手の姿がふっと浮かび上がる。艦橋の拡張現実投射機能の一部が回復した。
「そいつはよかった。で?ありゃ何なんだ?」
砲撃手の声には不機嫌さが声音に混じっている。
「仔山羊さ……」という船長の言葉に砲撃手は、左の眉端(正確には眉ではないが)を上げて、厄介ごとと言わんばかりの表情を浮かべた。
「仔山羊だって?……何だよ、それは……」
船長は答えない。暫しの間。砲撃手が何か思いついたように口を開いた。
「あれか?仔山羊って、あれか?」
「
「仔山羊ってのに初めて遭遇したが……」と砲撃手が悔しそうに言葉を続ける。
「
「
「それと船長。艦内で次元振動弾頭使用は禁止です」と観測手。
「気をつけるよ」と船長。
「艦橋直上のドローン投射装置の保護回路がまだ切断状態だ。回復しとけよ」と砲撃手が観測手に命じる。
「
「嘘だろ」と砲撃手が頭を振る。
「船長。舵回復。制御機能正常。こちらから動力伝導回路を接続状態にします。Ωの復旧工程を再起動してください」と操舵手が軽やかに具申する。
「無事でなによりだ」と艦長が安心したように操舵手に伝える。
「ええ。こちらは
「それを無事って言うのかね?」
「無事です」
「了解了解。では、進路変更。座標α01、β06、γ10。恒星系の
船長は続けて命じる。
「三式七番十一機を展開」
「おい。防御用ドローンは帆じゃねーぞ!」と砲撃手が抗議する。
「帆にもなるだろう?」
「メンテが大変なんだよ」
舌打ちしながら、砲撃手は命じられた通り、ドローンを展開する。重武装戦闘艦はゆっくりと艦首を恒星系外へと向ける。暫く、沈黙が続いた後、船がゆっくりと加速する。
「連星系の衝突合体を拝めると思ったのだが」と船長が謐く。
「こんなことめずらしくもありませんよ」と操舵手。
「商業用共通貨幣の原料を入手できる機会なんてのは滅多にないぜ」と砲撃手。
彼らは諦めきれないという悔しさを滲ませる。
「
事象の消失。珍しいことではない。何が起きたのかと頭を悩ませる。暫くして船長が莫迦げた結論に至る。
「
船長がしたり顔で応えた。
「そういえば……
「あん?」
「あそこだよ。あそこ」
船長と砲撃手は気安い関係だ。
「ああ、
「それだよそれ」
「航行記録だと10年前です」と観測手が付け加える。
「別個体なのか同一個体なのか、俺たち
「まあ、わからなくていいさ。触らぬ神に祟りなしというヤツだ」
船長がニヤリと嗤う。
「なんだよ、それ……」
「古い古い言い回しさ。俺の祖先が住んでいた惑星の小さな島の常套句だ」
このトラブル以降、船長の思いとは裏腹に、彼らはこの星系をたびたび訪れることになる。
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