第13話 遭難
キースが消息を断ってから五日経過した。
『懊悩すれども諸事は落居せず。汝ただ往て為せ。然すれば万事落着せん』
不調法な吟遊詩人の語る一節を迂闊にも思い出し、カネヒラは無性に腹が立った。誰であっても、したり顔で判り切った事を言われるのは嫌なものだ。しかも
一昨日まで、中央王国全土の冒険者組合の長が参集する会合に、
カネヒラは、勇者一党の
カネヒラは、湧き上がる無力感を押さえ込むことに暫しの刻を必要としたが、何とか折り合いを付けた後、子供の頃からの相棒の
「キースは
二人の魔女の娘たちの諫言には逆らわない方が無難だろう。始源の魔女とは、広大な魔女の森を創生した、神代から大陸の南方の人々の間に言い伝えられる永遠にして不滅の存在——魔女の森における形而上。辺境伯領の人々は親しみを込めて大魔女様と呼んでいる。カネヒラはまさか始原の魔女が実在するとは思ってもいなかった。
神代の英雄や神々に選ばれた勇者でもないのだ。普通の冒険者が踏み込んではならない領分というものがある。彼は、魔女の娘たちとの長年の付き合いによって、その辺の間合いは判っていた。
「判っちゃいるが、納得できないぜ」とカネヒラが
対面に陣取っている
彼女の肩越しに組合長の視線があった。普段の無表情ではなく、何とも形容し難い表情でカネヒラを見つめていた。
組合長は事の始まりから全てを見通していたのだろう。顛末まで掌握済みなのだ。だからこそ、キースが一人で魔女の森の道案内に出るのを止めなかった。カネヒラは彼女に対して腹立しさを感じたが、彼女の真意が分かるわけもなく、彼はいつもの通り魔女の娘の手のひらの上で踊るだけだ。拗ねたところでどうにもならない。やるべきことをやるだけだ。
関係性が歪んでいるとは思うが、カネヒラはそのことには触れることなく、先ずは宥めすかさないと拙いと判断して、目下のところ知り得た事実をジェフリーに語った。
「——キースのヤツは魔女の森の底で楽しく過ごしているらしいからさ」
軽い感じで耳打ちしたのだが、ジェフリーはますます苛ついた様子へと変わった。言い方も不味かった。ジェフリーの怒りの炎に油を注ぐだけであった。ジェフリーは、正教会からの巫山戯た依頼に文句を言い始め、怒りを隠そうともせず、ドカドカと足音を立ててギルドの酒場を出て行った。大きな背中を見送り、カネヒラはため息を一つ漏らした。
気がつけば組合長の姿はない。ジェフリーを諭しに行ったのかも知れない。
背後関係をしっかり理解することは大切。この事態を巻き戻すことはできないが、敵の意図を正確に把握しておけば、続けて襲撃を喰らうことを避ることはできるだろう。
今回のキースの仕事は、正教会の五人の司教を道案内することであった。聖ジョージ・ロングヒルが没した地を探し当て、聖遺物を回収するための事前調査が彼らの目的だった。図らずも五人は改革派と呼ばれる司教たちであった。
改革派と呼ばれる一団は、各人の豊かな個性ゆえに周囲から悪目立ちしているだけで、徒党を組んでいるわけではない。主我が強過ぎて纏まりがなく、政治的な動きをすることなどない。一般庶民には各々人気があり、面白おかしく改革派と呼ばれているに過ぎない。
しかし、万が一、歴史的に最上の聖人と謳われる人物の終焉の地を改革派の司教たちに特定され、聖遺物や聖遺骸を持ち帰えられてしまえば、権威の逆転現象が起こりかねない。個性派揃いの改革派が正教会という組織を揺るがすことは間違いない。旧守派に限らず既得権者が、そのように危険視したとしても無理からぬ事であった。それほどまでに聖ジョージ・ロングヒルの没地の特定という事態の影響は大きい。しかも、それが神々の恩寵が届かない魔女の森の深部となれば、正教会の教皇庁としては穏やかではいられなかった。
「なるほど、尤もらしい説明だ」とカネヒラは納得する。
「——であれば、狙いはキースではない」
カネヒラの呟きは至極真っ当であった。更に報告書を読み進める。
冒険者組合に事前に知らされていた聖人の没地の情報は、広大な魔女の森にあって、確りと絞り込まれていた。
カネヒラが依頼書の原本の署名欄を確認すると、その筆跡は見覚えがあった。過去に勇者と聖女を回収した際、渡された依頼書の署名欄の筆跡。個性的な字面によって、すぐに同一人物のものと判断がついた。冒険者組合の職員たちによる鑑定結果も
そうであるならば司教たちが標的だとカネヒラは断じた。しかし、巻き込まれたとして、キースにまで類が及ぶだろうか?という疑問が浮ぶ。
正教会の改革派と呼ばれる個性的な司教たちの経歴を読む限り、魔物討伐だけでなく従軍経験があり、近接戦闘に対応できる。暗殺部隊にとってそう簡単な相手ではない。ベテランの司教に奇跡を行使されながら闘われては、三十一人衆の
「不意打ちを喰らった、と考えるべきだろう」
カネヒラが傍の
魔女の森で大人数による待ち伏せなど不可能だ。いくら集中力が散漫になりがちだったとは言え、キースは神代の双剣と冒険者組合長の魔道具を使って広範囲に索敵できるのだ。彼の目から逃れて、伏撃など魔女の娘でもない限り不可能だ。カネヒラは、ここまでの思考の跡を手繰りながら、結論に至る。
「五人の司祭の中に裏切り者がいた、ということか……」と一人納得した。
教皇庁が大司教たちを監視する目的で、何年も前から
「才能も突出しすぎると厄介ごとを招くようだな」
カネヒラが手元の報告書から
人の毒心に慣れている練れ者であれば、
どのような理由があるにせよ、正教会側の身勝手な振る舞いで、冒険者が一人命を落としかけた。何れ何処かで今回の意趣返しはさせてもらうと心算を固めた。カネヒラ自身も正教会には思うところがある。三十一人衆も気に入らない。
カネヒラに限らず、辺境の冒険者組合の職員や冒険者は、今回の騒動で、正教会に対する悪感情を抑えることはできないようだ。なかでもキースの熱狂的な支援者のモモに至っては、組合職員にも関わらず——本来感情を抑えるべきであろう——殺気を漂わせている。
ただならぬ気配の猫人族に冒険者たちは誰一人として寄り付かない。お陰で冒険者組合の受付の仕事は全く捗らない。
いずれ時間が解決するだろうが、冒険者組合がまともに役割を果たしていない。組合長も匙を投げている。さてどうしたものか、再びカネヒラが悩み出し、振り出しに戻る。
「カネヒラ。ウザイ。いい加減諦めろ」
そうこうしているうちに、ギルドの受付の奥から背の高い女性が近づいて来る。長く続いていた事務方との折衝を終えたようだ。カネヒラの前に来て会釈をすると音もなく座った。彼女の周りだけ、騒々しい酒場とは異なり、静謐で満たされているかのようだ。
魔女の娘に抱きつかれているカネヒラの目の前には、正教会の南方統括、
瞳も深い緑色で、肌は色白というよりは、青白い印象を受ける。血行が悪いにもほどがある。陽に晒されない生活が長いのか、不死者の代表格たる吸血鬼だと告げられても誰も疑わないだろう。
半年前、勇者一党の回収依頼の際、面会したことはあるが、印象は変わらない。彼女はごく一般的な容姿の王国人の女性というものだ。血色が悪いという以外は可もなく不可もなし。万人が振り返るとまでは言えないが、多分美人の類なのだろう。
自身の冴えない容貌を棚に上げて、カネヒラが上から目線で、そのように評するにも理由がある。この辺境の冒険者組合の女性たちが桁外れに美人なのがいけない。アデレイド、モモ、そして彼の相棒の
それに加え、先日王都で開催された組合の会合で出会った中央王国の第一王女や筆頭公爵家の次女は、神々しいまでの美貌の持ち主であった。カネヒラにとって身近な女性の容姿は、いずれも際立った者たちばかりで、彼の中の
カネヒラの身勝手な基準はともかく、この
彼女の側仕え達は、磨けば普通以上の美しさを発揮することを知っており、常々、勿体ないと残念がっていた。美麗さを維持するには、本人の努力も必要なのだ。決して側仕えが手抜きをしている訳でもないのだが、彼女は最低限にも満たないことしか求めないし、させようとはしないのだ。側仕えたちの気苦労が絶えないのは想像に難くない。
組合長から彼女の人となりを聞いていたカネヒラは、彼女に仕える従者たちのことを気の毒に思った。主人が冴えないことを他の大司教の側仕えから揶揄されていることだろう。カネヒラは、
「カネヒラが変な事を考え始めた」
そう言い残すと、ふわふわとギルドの酒場の天井付近まで、ゆっくりと浮き上がり漂い始めた。
カネヒラと大司教は、
「人里に住まう黒の妖精種の方にはじめてお目にかかりました」
「あれは何と言うか特殊で、まあ害はないですよ」
「そのようですね」
「キースの奴のことですが——」
彼女は学究肌で、聖人の足跡を文献からたどり、多くの遺物や聖地を特定した。その功績で、齢二十五歳にして、南方統括の大司教の座を獲得していた。一部では聖女と呼ばれるほど神聖なる力に満ちていたことも理由ではある。何より聖ジョージ・ロングヒルの巡礼地を全て発見したという功績が高く評価されてのことだ。そして今回、かの聖人が最後に没した地を特定したのだ。
彼女は、歴史、聖人、聖遺物以外には興味を示さない。本人は権勢も権威にも興味を示さない。大司教という地位については、禁書にふれることができる立場という一点において、大いに喜ばしいことであり、大司教に推挙されたときは、飛び上がって喜んだという逸話が辺境の地にも伝わってきていた。
彼女の目の前にいる冴えない男などは、彼女が正教会の内部の政争の渦中にあることを気の毒には思うが、そのような現実を知ったところで、何もできはしない。身を弁えた普通の冒険者に過ぎないのだ。それでも気休めくらいは口にする事ができる。
「ご友人たちは残念です。お悔やみ申し上げます。組合側のことはあまり深刻にならんでください。キースは生きてますから——」
「「「「「「「「「「生きてるのかよ!」」」」」」」」」」
一斉に酒場にいた他の
「——あぁ、皆はちょっと静かにしていてくれないかな」
それ以上は、特にキースの状況については冒険者たちには説明はしない。一呼吸置いてから
「大司教様。もう遅いですから、今日のところは、スティーブ司祭様の治療院で御休みください。詳しい話は明日にでもお伝えします」
「えッ!?」
言葉に詰まる。息を呑むほどの美貌がかさなってみえた。しかし瞬きをした後は、ごく平均的な中央王国の女性の風貌に戻っていた。光の加減による錯覚か——と気を紛らすように大きな声で仲間の名を呼ぶ。
「おーい。ドナルドさんよ。大司教様を宿泊先まで送ってあげてくれよ」
「俺か?」
「今ここにいる連中の中で一番強いだろ?」
数拍の沈黙。互いに交わす目線。ドナルドは理解したようだ。対人に限れば、この辺境開拓地の冒険者組合で一番強いのはジェフリーであり、運び屋なら当然引き受けることではあるが、残念なことに
「わかったよ」と立ち上がるドナルド。
「よしなに」と大司教が声を掛ける。
ドナルドに連れられてギルドの酒場を後にする
「認識阻害の術……」とカネヒラが呟く。
魔術師や呪術師でもなく大司教が認識阻害の術をつかうなど面妖なこともあるものだとカネヒラは思った。正教会は魔術や呪術に対して快く思っていない。全ては信仰・恩寵・奇跡で片付くということはない。有用性はどちらかといえば、魔術や呪術の方が高い。奇跡は現世利益的な部分で負けることも多く、正教会としては面白くない。鬱憤晴らしとばかりに魔術や呪術などを縦横に操る術者を一段下に見ている。その正教会の高位者が魔術や呪術をつかうだろうか、という疑問が浮かぶが考えても仕方がない事だと頭を切り替え、一瞬だけ覗き見た大司教の別の貌は、只の錯覚として直ぐに忘れることにした。
「やはり気が付いたか」
顔をあげると目の前にアデレイドの冷たい美貌が飛び込んできた。
「ああ、説明とかいらないからな」
カネヒラは両手を軽くあげ、手のひらをアデレイドに向けて、断りの仕草で応える。ある意味で降参の姿勢とも取れる。
「あれは魔性でな。大抵の男は、あれの美麗さにまどわされ、発情して、歯止めが効かなくなるのさ。幼き頃のあれは、散々、危ない目にあったものだ」
カネヒラはがっくりと頭を垂れる。春先の獣じゃあるまいし、とアデレイドの言葉を心の中で否定しながら、彼女の言葉を遮ろうと試みる。
「聞こえないし。聞きたくもない」
だが無駄だ。
「それゆえ私が認識阻害の術をかけたが、術は永続するものではないぞ」
アデレイドは嬉しそうに、そして妙に軽やかな口調で続けた。
カネヒラは、何故そのようなことを為したのか、何時からそうしたのか、などの疑問を口にしてはならない、と瞬時に判断したのだが——
「あれは俺の錯覚だ」
彼の言葉にアデレイドが口角を釣り上げにんまりと笑う。カネヒラは迂闊であった。見えたという事実を口に出してしまった。渋面をアデレイドにむける。アデレイドはそれに応えるように嬉しそうに言い放った。
「
嗚呼、世の中が引っ繰り返るようなことをさらりと言いやがったよ、とカネヒラは頭を抱えた。そんな重大な事実を告げられたとして、彼に何ができるというのか?
「周りに聞こえるだろ」
「妾は間抜けではないぞ」
「認識阻害かよ!」と思わず叫ぶ。
「オチもついたところで今日はお開きさね」
補遺(ヒルデガルドの事情)
カネヒラ程度の一般的な冒険者が知り得ることではないのだが、ヒルデガルドはこの世界における当代の大聖女として、神々に選ばれた本物である。しかし、神々は、大聖女に関する神託を正教会に降ろすことなく、教皇の動向を見守っている。其れ故、彼女の社会的な立場は、依然として序列第五位のただの枢機卿に留まっている。「ただの」というのは語弊があるかも知れない。序列第五位の枢機卿は、中央王国の公爵を凌ぐ権威がある。なお当の本人にその自覚は全く無い。
彼女は信仰の人ではない。趣味人以外の何者でもない。歴史と聖人を好み、史跡を調べ、新たな遺跡を発見し、聖遺物を集めては一般庶民向けに展示し、聖人の功績を人々に周知することに無上の喜びを感じる。神々は、彼女が趣味に没頭できるように、特別な恩寵や祝福を与えた。
神々から特別に与えられた恩寵によって、彼女は他者の追従を許さない程、縦横無尽に奇跡を行使することができる。一般庶民から見れば、信仰心に篤く、慈悲深く、清廉で清貧、正教会の理想を体現化したような人物に見える。歴史に名を残す聖人や聖女たちは、そのような人物だけであった。残念ながらそれは
正直なところ、彼女が慈悲深いか否か、判断に迷う。彼女の慈悲深さは、実事で業と割り切っている節がある。清廉で清貧と見做されているのは、歴史以外に興味が向かわないだけであって、学問の探究や遺物収集には恐ろしいほど貪欲で妥協することはない。王都周辺の領境の修道院で生活する一般の修道女や聖女と呼ばれる司祭の方がよほど清廉清貧で慈悲深い。
中央王国では、聖女が社会的機能体として、秩序維持のために必要とされている。魔物が溢れる世界において、効率よく魔物を退ける聖人や聖女という存在は欠かせない。正教会は、遥か昔から認定制度を整え、数多の聖女たちを人為的に作り出してきた。女性の信仰者が、広域の治癒や広域の浄化など派手な奇跡を発動しやすいこともあり、見栄えの良さを重視する正教会が好んで聖女を世に送り出してきた。
正教会が認定した聖女候補の中から神々がお気に入りを見つけて、聖女として神託を与えることも多く、認定制度と実際の聖女との間には、然程の齟齬は生じなかった。
聖女認定されることは、本人や家族、それに郷里にとって、大変な栄誉となるが、要求水準が甚しく高く、認定後の戒律も厳格に遵守することを求められる。全てが清らかなる者でなければならない。血筋も重視される。
時々、神々の気まぐれにより、娼婦、流民、それに犯罪奴隷に対して、神託が降ろされることがある。そうした場合は、正教会が直ちに別人の人生を用意して、体面を整えてきた。大抵の場合、修道院の孤児院育ちということで取り繕える。必要であれば関係者を墓地送りにすることもあった。聖女の神聖さを堅持するためであれば、正教会は不誠実であり続けることを厭わない。
そのような正教会にあって、仮令、神々から神託が降されたとしても、ヒルデガルドを聖女認定することはできない。彼女の厄介きわまりない素性が議論の俎上に載せられることはないが、社会的に消すことのできない不都合な真実は、正教会において、決して受け入れることのない穢れと見做される。
彼女に纏わる不都合な真実とは、中央王国を支える五大公爵の筆頭家の醜聞の類であった。彼女は公爵家の血筋であり、彼女の存在が公爵家のお家騒動を引き起こした。実のところ大して珍しい話ではない。有り体にいえば
本来ならば、産声を上げることもなく母親と一緒に謀殺される筈であったのだが、どうしたわけか生き延びて、辺境伯領の有力者たちの庇護下で健やかに育った。今や序列第五位の枢機卿の地位を占めている。
禁忌によって生まれた子供は記録上すでに死んでいて、公爵家にとっては忌まわしい記憶ではあるが、終結済みの出来事なのだ。また
教皇庁の不倶戴天の敵——
神々から与えられた恩寵も然る事乍ら、血統的な賢しさもあり、彼女は長じるにつれ才覚を開花させ、多方面で驚嘆すべき業績を残すようになった。辺境の有力者たちは、この異才児が見出されたことを大いに喜び、絶大で熱烈な支援を彼女に与えた。
才気があれば司教までは辿り着ける。だが大司教や枢機卿の地位を得るには資金力が不可欠。現世はカネで動く。神々の愛だけでは足りないのだ。彼女は辺境伯たちの資金的支援に大いに感謝した。これで歴史の研究が捗る、と彼女は素直に喜んだ。彼女にとって大司教とは禁書庫の閲覧権なのだ。有力者たちはいずれ見返りを求めるであろうが、彼女は其の辺り割り切っており、神々の恩寵を利用して現世利益を与えることを躊躇わないだろう。
神々は、そのような打算的な関係であっても、自分達の
愛し子は、神々が創り出した
この世界の人族では、禁忌を繰り返し犯さない限り、深緑の髪の毛と深緑の瞳を同時に保有することはできない。仮に子供の頃に深緑でも、年を経て維持されることは滅多にない。大抵、青みが薄くなり、髪の毛かあるいは瞳、またその両方で赤みが増してゆく。まつ毛からなにから深緑の色味を維持できる個体を掛け合わせだけで、生み出すのは至難の技なのだ。しかし、神々の愛し子は、成長しても御髪も瞳も深緑であった。しかも恩寵によって発動する奇跡は範囲も効果も倍々奔騰していった。
そこに存在するだけで、厄災を招くような幼な子が、辺境の
神々は、暫しの間、不満を抱いていたようだが、結果として、魔女の娘が神々の愛し子を人の世の毒心から守り、愛し子が平穏無事な生活を送ることができるようになったことに感謝するようになった。
神々の身勝手さと魔女の娘のお節介によって、中央王国の権力機構から大聖女が隠蔽されることになった。今でもヒルデガルドは、歴史好きの大司教に過ぎず、その出自には疑いの目を向ける者もいるが、公爵家の血筋は依然として暴かれてはおらず、
かつて大聖女が存在したのは
大聖女が世に出ないことは、中央王国とその一般庶民にとっての不幸なのかもしれない。第二の隆盛期を迎えるのは、当分先になるだろう。
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