第2話 仕事仲間(改訂版)

 翌日の昼食時、キースは仕事仲間の中年男と食事をとっていた。


「正教会がらみの仕事だけど運び屋トランスポーターの旦那は付き合ってくれるだろうか?」とキースが問いかければ、「俺も“運び屋の旦那”も正教会が大嫌いなの知ってるだろ?」と冴えない中年男が呆れたような顔で応える。


 この冴えない中年男は、キースの頼み事が無理難題の類ということを一瞬で理解していた。キースが仲間の名前を呼ばずに“運び屋の旦那”などと生業を口に出す場合は、大抵、ろくでもない仕事の依頼である。仕事仲間には、その言い回しだけで十分に伝わるのであろう。


「キースの頼みだ。俺は付き合うけどさ。相棒のD.E.ドロシア=エレノアが里帰りしている最中だからいつものような火力は期待するなよ?」


 この男の名はカネヒラ。彼は財宝探索トレジャーハントという類の仕事を請け負っている。貴族や豪商の依頼で神代の時代の遺跡や聖遺物などを探索するのだ。所謂、盗掘である。

 小柄で黒髪、堀の浅いパッとしない見た目は、東の大陸の端にある小国の住人たちのようだ。カネヒラという名前もこの中央大陸では珍しい。冒険者組合長のアデレイドとは辺境開拓地の冒険者組合ができる前からの付き合いという噂だが、アデレイドの冒険者組合の創業が百年ももとせも前だから、普通に考えれば、この男の年齢には齟齬がある。既に墓の下で眠っていてもおかしくはない。


「D.E.の神殺しの力は不要だよ。迷宮の核は潰されてから一ヶ月も経っていない筈。だから迷宮内部には大型の魔物は居ない。必要なのは罠を解除する技だ。“お宝”の周りにヤバいものが張り巡らされているかもしれないだろ?」 


三条の滝みすじのたきだろ?」とカネヒラが細い目をさらに細める。


「ああ……」とキースははぐらかす。


 カネヒラから向けられた非難がましい視線を躱してキースは酒場の入り口へと目を逸らした。


「キースさんや……あそこに罠なんてないだろ?」とカネヒラがキースの視線を逃すまいとして睨む。


「おっと、こっちこっち!」とキースは声を上げ手を振る。

 

 入り口を背に座っていたカネヒラが体を捻って視線を向けるとそこには“運び屋の旦那”がゆっくりとこちらに来るのが見えた。


 運び屋の旦那の名前はジェフリー。彼は褐色の肌で目鼻立ちがしっかりしている。長い間の戦いの中で磨かれた歴戦の勇士に相応しい相貌となったが、元々の顔立ち自体は男性美に溢れていたと察せられる。巨人族のように大柄で分厚い筋肉の塊のようだ。黒黒とした髭を纏っていることもあり、初対面の者は厳つさに圧倒されてしまうだろう。


「ジェフリーさん。久しぶりだな」とカネヒラが嬉しそうにジェフリーに話しかける。


 厳つい男は、カネヒラの背中を大きな手でポンポンと叩き、彼の横に座った。


「王都往復だから二十日と一日か……確かに久しぶりだ」ジェフリーは給仕に辛口のミードとアユの揚物を注文しながらカネヒラに応える。


 ——ジェフリーさんとカネヒラは仲が良過ぎる。


 キースは少々面白くない。重厚なジェフリーと軽々しいカネヒラ。冒険の時も酒場で飲んでいるときも絶妙の間合いで二人は会話を楽しんでいるように見える。キースも彼らと一緒に仕事をするようになって五年経過しているが、まだまだ肝胆相照らす仲とは言い難い。冒険者としての経歴の差であろうか、若いキースがジェフリーやカネヒラと何も言わずに通じ合うには今少し時間がかかりそうだ。


「で、今回の仕事はどうだった?」


 キースが尋ねる。仕事を卒なくこなした仲間に首尾を尋ねることは冒険者たちにとっての礼儀だ。


「まずまずだった。道中、野盗とやり合ったが……」


 ジェフリーはキースに顔をむけ、ニカッと爽やかな笑顔を送る。


「野盗?」とキースは怪訝な表情を浮かべる。


 ジェフリーの馬車の形状は独特で目立つ。辺境伯領の冒険者組合の旗も掲げられている。嘗て人の身で神に最も近づいた冒険者と謳われたジェフリーを辺境伯領の野党たちが襲うとは考え難い。加えて辺境の大魔術師が率いる冒険者組合を敵に回すことなどあり得ないだろう。敵対した瞬時に鏖殺されるのが落ちだ。おそらく別の領地から逃れてきた不成者の類という程度にキースは受け止めた。しかし、


群狼団ぐんろうだんだ」


 しかし、その名前はキースの予想の埒外だった。群狼団は、公爵領の森林地帯を中心に広範囲で活動する野盗集団として知られている。公爵は、辺境伯の騎士団や王都騎士団の協力を得ながら何度も討伐を試みているが、殲滅できないでいる。複数の頭目が同盟を組んでおり、一つ頭の潰しても、他が残党を吸収して勢力を伸ばし、絶妙な拍子で分裂するため潰しきれない。

 彼らは隣国の元傭兵団あるいは称号を剥奪された貴族の家臣団という噂も絶えない。表向きは、王国において群狼団の全体像を把握しているものはいない。公爵領の広大な森林地帯を天然の要害とする不正規戦闘に特化した集団であり野盗というよりは野伏というべきだろう。

 群狼団は用心深く狡猾。隣接する辺境伯領の大魔術師が触れてはならない存在ということも熟知していた。アデレイドの庇護下にある弱者を襲わない限り、群狼団が辺境伯領に足を伸ばしてきたとしても見逃されていた。


 しかし今回は、アデレイドの子飼いのジェフリーの馬車を、しかも辺境伯領と公爵領の境で、襲撃するという暴挙に出たのだ。恐らく、そうせざるを得ない止むに止まれぬ事情でもあったのだろうか。


「あいつら妙に戦上手で厄介だ」


 カネヒラがつまらなさそうに付け加えた。彼は冒険者組合長に便利使いされることが多く、各地の冒険者ギルドに伝令に向かう場合は、国王や公爵が領民に提供している公共の乗合馬車を利用していた。その所為もあって群狼団には何度となく遭遇したことがあった。

 彼らの襲撃方法は、その名前の通り、さながら狼が狩をするように巧妙であった。また彼らは状況不利を悟ると直ぐに襲撃を取りやめる。後詰を出して仲間を回収しながら撤退する。その引き際は、実に見事なもので、さながら練達の近衛騎士団のようだ、とカネヒラは感心していた。


「それに……」とカネヒラが余計なことを言い出そうとしたとき、ジェフリーが右手を翳して、静止しながら言葉を被せてきた。カネヒラは致し方なしという表情だ。

 

「おかげで噂の王都の新人どもの実力を計ることができた。あいつらは最高位の冒険者たちにも負けてない」


 ジェフリーが運ばれてきた素焼きの酒杯とアユの揚げ物が乗った皿を受け取り、代金を給仕の盆にのせたが、一瞬の後、給仕が指で合図を送ると、ジェフリーが肯き、代金を追加した。


「そいつは驚きだ」とカネヒラ。


 芝居がかった仕草で驚いてみせ、自分の持っていた酒杯をジェフリーに向けると「小綺麗で線の細い坊ちゃん嬢ちゃんたちだろ?」などと新人冒険者たちを揶揄しながら酒杯と酒杯を軽く打ち鳴らす。


「貴族の子弟だからな。一流どころに確り訓練されているさ」


 王都で売り出し中の若い冒険者たちが羨ましいのか、キースが面白くなさそうに指摘する。彼とて自らの力で辺境での生活基盤を手に入れただけでなく、ここの辺境伯の信任も厚い。隣接する公爵領では無名ではあるが、今年数えで二十二歳になったばかりと若く、将来を嘱望されている。命が軽い冒険者の世界では、若くして大いに成功を収め、南方の辺境ではそこそこ名の通った冒険者であり、他の地域から流れてきた冒険者から妬まれることも屡々ある。しかし、本人にその自覚はないようだ。


 ——王都のしかも貴族の子弟だけで編成された冒険者一党。親からの支援金も潤沢に違いない。


 キースはそう思うと腹立たしさを覚えた。装備も逸品、技量もあり、実戦の経験不足を補って余りある。戦いの中で生き残ることは、何にも増して冒険者にとっての大きな糧となる。羨ましいの一言が心中で渦巻く。


「最初から差があるってわけだ」


 生まれの差を痛感したのかカネヒラも憮然とした表情を浮かべる。


「そんなもんだ。だが程度の差こそあれ結局、自分の手持ちの札で勝負するしかない。手札が多いに越したことはないが、迷宮じゃ死ぬときにはあっさり死ぬ。手札の数よりは運の良さだと思うぞ」


 ジェフリーはニカッと笑い、アユの揚物をパクリと一口にする。


 ジェフリーのお気に入りの料理であった。イタリアンパセリのような香草が振りかけられていて、ウスターソースのような軽めで少し甘いソースが添えられている。一口に食せば香ばしさとプリッとした白身の魚の食感が口に広がる。食べ慣れた味にジェフリーは満足を覚えた。


 さて話は少々脱線したが、ジェフリーの今回の仕事の顛末は次の通りだ。

 

 ジェフリーの馬車は群狼団に三日間間欠的に襲われまとわりつかれた。彼は、辺境伯領の領都を出発して直ぐ、自分の馬車が相当な手練に尾行されていることに気がつき、とんだ厄介ごとを抱え込んだ、と頭を悩ませた。


 翌日、群狼団の小隊が、早朝に襲撃を仕掛けてきた。杞憂では済まなかったのだが、大して脅威とはならなかった。彼は、そのことに違和感を覚えたが、大きく安堵もした。


 群狼団たちの追跡者は、そこそこ高い技量を持っており、集団戦に慣れているようであった。しかし王都の若い冒険者たちは、失態を晒す事なく、あっさりと襲撃者たちを退けた。


 以後、散発的に馬車は、日に数回の襲撃を受けるのだが、その都度、冒険者たちは巧妙に連携を取り、自分たちの身と馬車を守った。

 やがて公爵領に入るころ、馬車は王国の巡回騎士団に遭遇した。それを契機に群狼団は襲撃を諦めて撤収。その後、王都までは何事もなく天候にも恵まれ、新人の冒険者たちはジェフリーの手料理を楽しみながら、穏やかに家路を辿った。


「偶然だと思うか?」


 酒もまわり饒舌になったジェフリーが一通り話終えると、今回の騒動について、キースの意見を求めた。


「どうかな……」


 キースは考え込む。


 ——何故、群狼団はジェフリーさんの馬車を襲った?


「ジェフリーさん。今回の仕事は代行だったよな?」とキースがジェフリーと目を合わせる。


「そうだ。王都の冒険者組合の副本部長からの名指しだった。何でもこの仕事を受けていたご同業が急病で倒れたらしい」


 ——そういうことか。


 群狼団にとって、ジェフリーが運び屋の仕事を引き継いだことは、予定外のことであった。馬車の形状と掲げられた旗で対峙してはならない相手だと判る筈だ。あえて襲撃を仕掛けたのは、そうせざるを得ない理由があった。


 ——多分、資金提供者からの依頼だ。


 ジェフリーの話を聞く限り、群狼団は申し訳程度に襲撃を仕掛けたに過ぎない。小規模で稚拙な襲撃を繰り返し、本気ではないことを暗に伝えてきたようだ。適度に襲ったところで標的は王都の巡回騎士団に遭遇した。群狼団にしてみれば、依頼者に対する十分な言い訳になるだろう。話が違うと言いがかりをつけることもできる。巡回騎士団が群狼団の仕込みという線も捨てがたい。


 ——では、今回の件は、何だというのか?


 襲われたのは若い貴族の子弟たちだ。次男や三男とはいえ、王都の民衆の注目を集め、賞賛を浴びていて、王妃様の覚えも愛でたいと噂されている。長子たちが、自分の地位を脅かされると思い込むのも無理からぬことだろう。


 ——跡目争いに親族やら寄子やらが絡んでいるのだろう。


 キースは大まかな正解にたどり着く。しかし、それ以上、詳しく考えることはない。好奇心に負けてはならない。冒険者にとって一番大切なことは身の安全を図ることだ。


「お貴族様ってのは大変なんだな」


 キースは呟き、ジェフリーは満足したように頷く。カネヒラは近くにきていた給仕にセクハラ紛いの冗談を飛ばしている。


 ——落ち着きの無いオッサンだ。


 確かにカネヒラは落ち着きがない。しかし謀略の手筋を何手でも先読みができる男だ。群狼団が仕掛けてきたことを聞いた瞬間、裏側の仕掛けを読み切り、群狼団の騒動への興味を失っていた。因みに、この事件の依頼者と群狼団の間に入った仲介者は既に殺されていた。


「王都の新米どもは、経験不足が祟って迷宮主には届かなかったようだが、多分、その経験が次の冒険に生きるだろう」


 苦笑いを浮かべながらカネヒラの様子を眺めているジェフリーが応える。


「ま、これから何度も何度も困難な状況に向き合うさ。都度、乗り越えられるのなら、名の知れた冒険者一党になるかもな」


 カネヒラは、給仕の絶対領域に乾杯しながら、言わずもがなの言葉を繋ぐ。彼の言い回しは実にお座なりだ。古参の冒険者としての経験が囁いたのか、噂の新人冒険者たちは遠からず消えるだろうと興味を失っていた。ジェフリーはカネヒラの態度から何かを察したようで、視線を移してキースを見遣る。


「それで?」

 

「ああ、俺たちの仕事ね。帰ってきたばかりで悪いけど、ジェフリーさんに三条みすじの滝まで馬車を出して欲しいんだ」


「行って、回収して、帰ってくる。早ければ五日だ。組合の荷馬車の方が節約できるだろ?」


「食糧と水は少なくとも十五日分は必要と見ている。装備も全部持っていく。組合の荷馬車は小さいからね」


「無駄になるぞ?」


「今回は簡単な仕事じゃない……と思う」


 理由を聞いてもいいかと問いかけるジェフリーの目視線。


 キースが薄手の皮袋を置くと、それから白金貨が出てきた。彼ら冒険者たちが見慣れた金貨や大金貨ではなかった。破格である。前金で白金貨を出すのは、王族からの依頼を除けば、可能性は一つに絞られた。


「受けたのか?」


 ジェフリーの問いかけには言外に非難が込められている。


「押し付けられた」と諦め顔でキースはジェフリーに応える。


 キースとジェフリーは同時にアデレイドの冷たい顔を思い浮かべていた。


 ――――――――――――――――――――


 第2話「仕事仲間」の補足はこちらです。


 https://kakuyomu.jp/works/16816700429198197656/episodes/16817330647606347929

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