変わるもの、変わらないもの

@yoguru2

とある冬の日

「テルは今回どうだった?」


横に座るケイタが問いかけてきた。


俺たちは高校近くのコンビニ、その駐車場端に並んだベンチに腰掛けている。

12月も後半の寒い時期だからか、他には誰もいない。


「B判定だったよ。ケイタは?」


「D判定……」


「珍しいな。最近はAとかBばっかだったじゃん」


「まあな……」


ピピピピピ


スマホのアラームが鳴る。

3分経った合図だ。


「じゃ、お先に」


俺は閉じていたカップ麺の蓋を開ける。

中身は天ぷらそば-緑のたぬきだ。


「ついでに後2分、計ってくれよ」


出来上がりまで5分かかる赤いきつねの蓋を押さえながら、ケイタが頼んでくる。

ケイタはいつもそうだ。


俺たちは田舎のちょっとした進学校に通っていて、大して強くもない部活のチームメイトだった。

それなりに熱い青春を送って、多くの同級生と同じように夏に部活を引退した。


引退後は学校の空気も変わって、受験や志望校の話が徐々に増えてきた。

夏から変わり始めた空気は季節の移ろいと共に段々と重さを増して、最近はひどく息苦しさを感じるようになった。


冬休みだというのに、教室は3年生でひしめき合っている。

多分、学習塾とかに通っている人もいるのだろうけど、それでもクラスの半分くらいは机が埋まっている。

誰も昨日見たテレビの話や今度発売されるゲームの話はしない。

なんならちょっとしたくしゃみさえ許されない。


そんな空気が嫌でお昼くらいは学校の外に出たかった、というのが極寒の中ベンチに座っている理由だ。


「2分経ったぞ」


チラリと時間を確認して、ケイタに教えてやる。


「サンキュー」


蓋を開けると白い湯気がケイタの眼鏡を曇らせる。

模試の判定が悪いのもあってか、表情そのものも曇っている。


「なんかさあ、最近集中できねえんだよなあ」


「なんでよ?」


「だってほら、あと3ヶ月もすれば卒業だし。不安じゃん。受験もそうだし。テルとも別々の大学になるだろうし」


ケイタはポツポツと悩みの種を列挙する。


「まーお互い志望校に受かればお別れだわな」


俺は実家から通える地元の大学を、ケイタは地元を出て関東の大学を目指している。


「なんか言い方、冷てーのな」


「でも事実じゃん」


「俺もテルと同じとこ受けよっかな」


「はあ?」


俺は耳を疑った。

何バカなことを言っているんだ、という言葉が喉元まで出かかったがなんとか堪える。

言葉を押し戻すようにスープを一飲みする。


「お前、やりたいことがあるからわざわざ九州でて東京の大学行くんだろ?そんな適当なこと言ってんじゃねーよ」


「まあそうなんだけどな……」


俺だってケイタの気持ちがわからないわけじゃない。

友達と離れるのは正直寂しいし、高校までと大学じゃ色んなものが大きく変わる気がして漠然と怖い。

だからといって友達がいるからって挑戦を止めるのはきっと後悔するはずだ。

そしてそのことをケイタがわかっていないわけがない。


「俺はケイタのこと、結構ソンケーしてたんだぜ。やりたいこと決まってて、それに向かって勉強頑張ってメキメキ成績上げてさ」


「大したことじゃねぇよ」


「なんとなくでみんなに流されて受験して、特に行きたいところもないから地元受けて、俺みたいなやつも多いのにケイタはよくやってるよ。だからそんな一時の不安でせっかくの夢を棒に振るなよ」


ケイタの返事はない。

少し考え込むように手元を見つめている。

眼鏡が曇って表情はよくわからない。

俺は気にせず話を続けることにした。


「ネットで見たんだけど、俺らが今食ってるこいつらって関東だと味が違うらしいぞ」


「は?」


「だから、お前は東京の大学に行って俺に関東の緑のたぬきを届けてくれ」


「いや、意味わかんねえだろ。今どきネットショッピングで簡単に手に入るだろ」


「やだよ、めんどくせえ。ケイタに頼んだからな。絶対だからな!」


「ちっ、仕方ねぇな」


舌打ちしながら顔を上げたケイタの眼鏡はまだ曇っていて目元は見えない。

ただ、口元は確かに笑ってみえた。


「送料、きっちり払ってもらうからな」


「いや、帰省した時にでも手渡しでいいから」


結局俺も寂しいのだ。

だからこんな下らない約束でケイタを元気づけながら、大学になってもケイタと会う口実を作っているのかもしれない。


「じゃあ帰省の費用が送料ということで」


俺もケイタも大して面白いわけではないのに笑ってみせる。


そして無言で麺を啜る。

雑談がすぎたせいで麺がスープを吸ってしまっていた。


「麺と一緒なんだよ」


「はあ?」


「適切なタイミングがあって、それを逃すのはまずいってこと」


「なんだよそれ」


「うまいだろ」


「あんまり」


残りのスープをすっかり飲み干すと、ケイタが勢いよく立ち上がった。

右手が差し出される。


「早く戻ろうぜ。時間がもったいない」


「誰のせいだと思ってんだよ」


その右手をしっかりと握って俺は立ち上がった。





そんな一年前の冬のことを思い出すと、チャイムがなった。


ピンポーン


「あー鍵開いてるからそのまま入って」


インターホン越しに来客へ呼びかける。


「おじゃましまーす。久しぶりだな」


「卒業して以来だから9ヶ月ぶりとかだろ。夏休みもお前帰ってこなかったし」


「バイトとかサークルとか忙しかったんだよ」


ケイタは志望校に合格し、関東での暮らしを満喫しているようだった。


「ってか、テルが一人暮らしとか意外だわ」


そういう俺も志望校に無事合格した。

色々心変わりもあって、今は一人暮らしをしている。


「それにしてもこの部屋寒くね?」


「今の今まで窓開けっぱなしにしてたからな」


「なんでそんなことするんだよ!」


「これくらい寒い方があの日っぽいじゃん?」


そう、今日は一年前のなんてことない約束を果たす日だ。


「確かにな。ほら、これがお願いされてた関東の緑のたぬきな」


「じゃあケイタにはこれ。久々に故郷の赤いきつねを食べな」


俺たちは東日本と西日本、それぞれの商品を交換する。


「お湯はもう沸いてるから早く食べよう」


俺は何度か沸かし直して沸騰間際を保っていたヤカンを持ってくる。

ケイタは何気なく携帯を取り出していた。


「あれ?何してんの?」


「何って、5分計ってんだよ」


ケイタが当たり前の顔をしているが、一年前にはあり得なかった。


「あっちじゃプラス2分計ってくれるお人好しがいないもんでな」


ピピピピピ


3分経ち、俺のスマホが先に鳴る。


「それじゃ、お先に」


蓋を開けると、確かに若干スープの色が違うように見える。

飲んでみるとやっぱり何となく味も違うようだ。


「なんか違うな」


「違うよな。こっちも結構いけるぜ」


ピピピピピ


さらに2分経ち、今度はケイタのスマホが鳴る。

ケイタは蓋を開けると、よく息を吹きかけてからスープを飲んだ。


「やっぱりこの味よ。変わんねえな」


「そういえばケイタ、眼鏡やめたの?」


「あーコンタクトにしたんだよね」


「大学デビューかよ」


向かい合わせに座った俺たちは正面を見て笑い合った。



暮らす場所、通う学校、食べる物、出会う人。

今の俺たちは一年前と比べていろんなものが違う。


慣れ親しんだ味を懐かしく思い、自分で時間を計り、コンタクトになり。

俺とは異なる環境の中で、ケイタは色々変わったように思える。


これからも変わっていくんだろうし、多分、変わらない部分の方が少ないんだろう。

それでも変わらないものもあるし、そういう変化を楽しめていけたらいいと思う。


例えば友人が届けてくれた東日本の緑のたぬきみたいに。

例えば地元の変わらない赤いきつねみたいに。

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