第49話 女性下着の試着は如何? 2

 僕はそもそも下着を試着するなんてことを初めて聞いた。それで、お姉さんに質問したのだ。


 「女性の下着っていうのは・・・実際に、試着して選ぶものなんですか?」


 「ええ、そうです。女性のお客様でしたら、ご来店時にまず採寸させていただいて、いくつか下着をお店の方で準備させていただきます。それで、次にお客様に試着をしていただきます。それから、フィッティングと言って、お店のスタッフさんにその下着が合っているかどうか確認してもらうんです。下着のストラップを調節してもらったり、カップにバストを寄せてもらったりするんですよ。こうして、その下着がお客様のお身体にフィットすることをお客様もお店も確認してから、皆様、ご購入されるんです。採寸したサイズが今までと変わっていなくても、体形が変化していて着用感が変わってしまうこともありますので、試着とフィッティングが大切なんです。ですから、男性のお客様はお相手の女性の方を連れてこられて、ご一緒に下着を選ばれる方が多いんです。お客様のように男性がお一人で来られた場合には、このショーツのように男性でも良さが分かっていただけるものがあれば、男性のお客様にも試着をお勧めしているんですよ」


 なるほど。男性はともかく、女性は下着を試着して選ぶのか? 実は僕はそんなことも知らなかった。


 僕は妻とよく行くショッピングモールを思い出した。


 その中に僕たちがよく行く喫茶店がある。その喫茶店は、モール内に屋内テラスが張り出していて、そのテラスでお茶を飲むようになっていた。そして、毎年春から夏になると、そのテラスの前で女性の水着が販売されるのだ。僕は妻と二人でお茶を飲みながら、その水着売り場を眺めていた。別に水着売り場をのぞいていたわけではない。屋内テラスの真正面に売り場があるので、どうしても陳列されている水着が見えてしまうのだ。その喫茶店は若い女性の客が多い。おそらく、水着店の女性店主が意図して喫茶店からよく見えるように女性の水着を並べていたのだと思う。水着店を見ていて、僕は中に試着室があることに気づいた。若い女性たちが次々と好みのビキニやワンピースの水着を持って、その中に消えていくのだ。


 そのときも僕は「女性は水着を試着して選ぶのか!」と驚いたものだ。僕が知らないだけなのかも知らないが、僕は男性が水着を試着したなんて話は聞いたことがなかったのだ。


 そうか、女性は水着でさえ試着するのだ。まして下着だったら・・・よけいに試着するのだろうなあ。僕はそう思った。


 僕が試着を躊躇していることが分かったのだろう。お姉さんがもう一度僕に言った。


 「試着していただけたら、この良さがきっとおわかりになりますよ。ぜひ試着してください。これは試着用の見本のショーツですし、この下にこの紙のショーツをはいていただいたら、試着はまったく問題ありませんよ」


 そう言って、お姉さんは紙で出来たショーツを出してくれた。僕はショーツの試着というのはどうするのかと思っていたが・・・そうか! 紙のショーツをはいて試着するのか! しかし、そんな紙のショーツを見せられると・・・僕はなんだか恥ずかしくなって、真っ赤になってしまった。


 そのとき、僕は周りの女性客が僕に意識を集中しているのを感じた。周りの女性客たちは僕の方を見てはいないのだが、彼女たちの意識が僕に向いているのが分かったのだ。周りの女性客たちの・・・あの人、女性のショーツを試着するの?・・・という心の中の声が聞こえた。僕はもう一度真っ赤になった。あまり「試着、試着」と大きな声で言わないでほしい。紙のショーツなんて出さないでほしい。僕はお姉さんにちょっと大きな声で言った。


 「いえ、僕は試着は結構です」


 お姉さんはちょっと残念そうな顔をしたが、それ以上は僕に試着を勧めなかった。そして、結局、僕はお姉さんが勧めてくれたそのブラジャーとショーツを買うことにしたのだ。僕がそう決めるとお姉さんが言った。


 「では、これにスリップを合わせましょう」


 スリップ! また周りの女性客が聞き耳を立てたように思った。あんまり大きな声で下着の名前を言わないでほしい。僕はあわてて言った。「妻は」というところを強調した。


 「いえ、妻はスリップは着ないんですよ」


 「えっ、そうですか・・・では、ペチコートは?」


 「ペチコートもいりません。妻はペチコートも着ないんです」


 そうして、僕はやっと妻のプレゼントのブラジャーとショーツを買ったのだ。妻はたいそう喜んでくれた。僕がお願いすると、家で下着姿を僕に見せてくれたりした。


 一度買うと要領が分かるものだ。それから、僕は妻の誕生日プレゼントにかなりの頻度で女性の下着を買うようになった。女性下着以外のアクセサリーなどは目移りして選ぶのに時間がかかる。だが、その点女性下着だったら楽だった。予算とサイズを言ったら、後は店のお姉さんが選んでくれるのだ。


 しかし、あのときお姉さんは試着と言ったが・・・僕はあとで調べてみた。女性下着の店はほとんどが男性客の試着を禁止しているようなのだが、一部の店はなんと男性でも試着がOKのようなのだ。僕が行った店がたまたまOKだったのだ。そう言えば、それから僕は何度も妻のプレゼントを買うために、毎回違う下着ショップを訪問したが・・・試着を勧められたのは、最初に行った百貨店の下着売り場のあの店だけだった。


 どうも最初の店だけが、男性の試着がOKだったようだ。


 インターネットでさらに調べてみると・・・彼女とか奥さんの下着を買うと言いながら、自分が着る下着を買うことが目当ての男性客も結構いるようなので・・・最初の店では、僕がそういう男性客と間違えられたのかもしれない。そういえば、最初の店に入るときに、僕は勇気がなくて、百貨店の下着売り場を行ったり来たりしていて、店のお姉さんに怪訝な眼で見られたのだった・・・


 あるいは・・・僕は女性の下着売り場にいると、各店舗の売り上げ競争が非常に厳しいことを感じるのだ。あんなに厳しい職場なのだから、もし僕が売り場のお姉さんだったら「お客様が男性だろうが構わない。男性であろうと試着していただいて、このショーツの良さを分かってもらって、1枚でも多く商品を販売したい」と切に思うことだろう。あのお姉さんはそういう気持ちで僕に試着を勧めてくれたのかもしれない。


 僕は女性下着を男性が試着する是非を議論する気はない。いろいろな意見があると思う。もっと言うと、僕のようにいくら妻のプレゼントを買うためでも、そもそも女性下着の店に男性が入っていくこと自体に嫌悪を示される女性の方も数多くいらっしゃると思う。こういった、女性の店に男性が入る是非もここでは議論も避けたいと思う。


 さて、話を病院に戻そう。


 病室で僕は考えた。今年の誕生日プレゼントはどうしようか? 僕は病室から出るのを禁じられている。僕が買いに行くことはできない。ヘルパーさんにプレゼントを買ってきてもらうことは可能だが、やはり僕が選びたい。仕方がない。今年は通販だ。そう思った僕は携帯で通販サイトを調べた。アクセサーなどは品数が多すぎて選ぶのが大変だった。僕は吐き気で苦しんでいる身体だ。なるべく楽に選びたかった・・・そうなると・・やっぱり女性下着だ。


 僕は前記の経験などから女性下着は実際に見て、そして触れてみないと違いが分からないことは理解していた。しかし今の僕にはそんなことはできない。ブラジャーとショーツのサイズは分かっている。僕は通販サイトに出ているブラジャーとショーツのセットの中から妻が好きそうな大きさ、色、柄、生地などを選んで注文し、妻の誕生日の午前中に家に届くように手配した。妻は宅配便が午前中に届くのが好きなのだ。


 誕生日になった。妻が昼から病院に来てくれた。宅配便は午前中に届いたそうで、妻は下着のプレゼントをたいそう喜んでくれた。あまりにうれしかったので、僕が贈った下着をさっそく着て病院に来たと言うのだ。そこで、僕は妻に頼んだ。


 「ねえ、どんな下着か見せてくれない?」


 「えっ?」


 妻は面食らったような顔をした。僕は妻に言った。


 「僕は下着はいつも店で見て買うのだけれど、今回は入院中なので、仕方なく通販で買ったんだ。だから僕は生で下着を見ていないんだよ。どんな下着か見てみたいんだ。病室でちょっと下着を見せてよ」


 妻はブラウスのボタンをいくつか外した。そして、ブラウスを少しめくってみせた。ブラジャーのバストの端っこだけが僕の眼に入った。だが僕は不満だった。


 「それじゃあ分からないよ。買った下着の全体が見たいんだ。ここで、服を脱いで見せてくれない?」


 妻が驚いて首を振った。


 「ここで脱ぐの? そんなの嫌よ。岸根先生が来たら、びっくりするでしょ」


 「岸根先生は午前中にきたから今日はもう来ないよ」


 「でも看護師さんが入って来るでしょ」


 「看護師さんやヘルパーさんはみんな女性だから構わないじゃない」


 「女性でもいやよ。こんなところでブラとショーツだけになっていたら、みんなびっくりするじゃないの」


 「でもどうしても見たいんだよ」


 そして、僕は「見たい、見たい」と言いながら、右手を伸ばして人差し指で妻のおっぱいの山のところをつんつんと押した。指先にぷにゅっとした感触があった。マシュマロよりは固い。やわらかいおもちみたいだ。この指の先に僕が贈ったブラジャーがある。


 僕は妻のおっぱいの山のところを指でつんつんするのが大好きだ。誰のおっぱいでもいいというわけではない。妻のおっぱいがいいのだ。僕は何かおねだりするときには、いつもこうして指で妻のおっぱいをつんつんするのだ。そして、妻が僕の手を払いのけると僕はこう言うのだ。


 「おっぱいは触っても減らないのだ」


 するといつも妻がこう切り返すのだ。


 「おっぱいは触ったら減るのだ」


 僕たちはいつもこの儀式を繰り返す。この日もこの儀式を行った。しかし、この日はそれでも僕はつんつんを止めなかった。


 「やめなさい。人が来たらどうするの!」


 妻は僕の指をもう一度手で払いながらやさしく僕をたしなめた。そして少し考えた。駄々っ子をどのようにあやそうかといった顔だった。そして口を開いた。


 「どうしても見たいと言ってもダメ。あなたが全快して退院したら、家で見せてあげるわ」

 

 そして妻は帰っていった。それから・・・妻の下着姿を見ること・・・それが僕の全快を目指す推進力になった。(つづく)

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