第39話 『予知』って超能力? 3
やはりドイツに仕事で一人で行ったときのことだ。前に書いたガラスのコップが割れた『事件』の後のことだった。日本の空港を出発するときに、僕は時間があったので空港の中にある売店をぶらぶらしていた。
すると、ある店で昔流行った紙製の使い捨てカメラが置いてあるのが眼に入った。
使い捨てカメラって、まだ売っていたのか? そう言えば最近はあまり見かけなくなった。昔はよく使ったなあ。
僕は懐かしくなった。出張は短期間で観光地には寄らない。だから僕はカメラなどは一切持っていなかった。それに今は携帯にカメラがついている。何かあったら、携帯のカメラで写せばいいんだ。しかし、その使い捨てカメラは何とも懐かしかった。観光地に寄る旅ではないのだが、なせか僕は自分がその使い捨てカメラでドイツの風景の写真を撮ると思った。それで僕はそんな気分に押されて、何気なく使い捨てカメラを一つ買ったのだ。そしてカバンの中に放り込んで、僕はドイツに向かった。使い捨てカメラのことはすぐに忘れてしまった。
ドイツでは予定した用事を順調にこなすことができた。そしていよいよ滞在の最後の日になった。明日はICE(ドイツの高速列車)でフランクフルトまで行って、フランクフルト国際空港から日本に帰るのだ。最後の日の仕事は夕方までかかる予定だったが、意外に早く終わった。僕がヴュルツブルクというドイツの田舎町の予約していた宿に入ったのは、現地時間の午後4時ごろだった。ヴュルツブルクは人口10万人ぐらいの典型的なドイツの田舎街だった。
クリスマスまであと10日あまりというときだ。ドイツの冬の日暮れは早い。外はもう暮れかけていた。僕は宿で荷物を整理した。すると、あの使い捨てカメラがぽろっと転がり出たのだ。僕はカメラを買っていたことを思い出した。するとなんだか、無性にそのカメラで写真を撮りたくなったのだ。そうだ、せっかくドイツに来たんだから、あのカメラを持ってこの田舎街をぶらぶらしてみよう。
僕は片かけカバンに使い捨てカメラを放り込んだ。そして、宿のドイツ人のおばさんに英語で書かれた街の地図をもらって、散策に繰り出したのだ。
英語の地図の記載によると、ヴュルツブルクというその街はロマンチック街道の起点に当たるという。あとで調べてみると、ロマンチック街道というのは、ヴュルツブルクからフュッセンまでの約400kmの街道のことだそうだ。街道沿いにはローテンブルク、ディンケルスビュールなどの中世の都市が点在し、またノイシュヴァンシュタイン城、ハールブルク城などの中世の古城があることでも有名だという。このため、世界中から観光客が押し寄せている。そして、街道の起点はヴュルツブルクとされている。
しかし、観光客はロマンチック街道の次の宿場であるローテンブルクからロマンチック街道巡りを開始するのだそうだ。このため、ヴュルツブルクがロマンチック街道の起点だといっても、観光客はほとんどいないということだった。事実、僕が街を歩いたときも、冬という季節のせいもあるだろうが、ドイツ人を含めて観光客らしい人にはまったく巡り合わなかった。
僕の泊まった宿はそのヴュルツブルクの旧市街地区にあった。宿のドイツ人のおばさんは僕に旧市街地区の英語の地図をくれたのだ。
僕は英語の地図を見ながら旧市街地区をそぞろ歩いた。一周歩いて回るのが、急げば20分ぐらいで終わる小さなエリアだ。僕はゆっくりと歩いた。市役所の出張所のような建物を見て、それから中世の面影が残るような市民会館に立ち寄った。そして、川に沿って歩いてからスーパーに入って水を買って、街の大通りを抜けると・・もうさっきの市役所の出張所に戻っていた。
クリスマスまではまだ10日ほどあったが、出張所の前の広場ではクリスマスの屋台がたくさん出て、市民でにぎわっていた。いわゆる、ドイツで有名なクリスマスマーケットと呼ばれているものだ。屋台といっても売っているものは日本の夜店とはちょっと違った。日本では屋台というとやきそば、たこ焼きなど食べ物の屋台が多いが、そのときのヴュルツブルクのクリスマスマーケットには食べ物の屋台はほとんどなく、子ども向けのおもちゃや雑貨、食器といったものが主体だった。その屋台を子どもや大人が楽しそうにのぞいていた。
市役所の出張所のような建物・・市民会館・・クリスマスマーケット。短いが楽しい散策だった。僕はそれら、街の風景を気の向くままにあの使い捨てカメラで撮ったのだ。携帯では写真は撮らなかった。
日本に帰って、使い捨てカメラを現像してみて驚いた。妙なものが写っていたのだ。
古い市民会館の前には空中に無数の小さな白い影が写っていた。それは明らかに人の顔だった。白一色だが、眼や鼻や口や髪形が白黒のコントラストになっていて、それらをはっきりと見分けることができたのだ。男の顔も女の顔もあった。そして、すべてが中世のような髪形だった。男は中世の肖像画によくあるような両耳のところでカールした髪をしていた。女は髪をアップに高く結いあげていたのだ。そして、すべての顔にひものような白い線がついていた。その白い線は曲がりくねって写真の縁まで続いていた。まるで、中世の無数の男女の頭がひもをくゆらせて、空中で舞踏会をしているようだった。僕はろくろ首を連想した。首がすっと伸びて、頭だけが空中を移動する、あのろくろ首にそっくりだったのだ。
ろくろ首というと小泉八雲の怪談が有名だ。僕は、ろくろ首というのは人間が創り出した想像上の妖怪だと思っていたのだが・・・この写真を見てからすっかり考えが変わってしまった。おそらく、写真などが無い遠い昔に、僕が撮った写真のような『ひものついた顔』を肉眼で見た人間がいたのではないだろうか? そして、それが、ろくろ首という伝承として現代に伝わったのではないだろうか?
僕はドイツのあの田舎町を思い起こした。そうだ。街を散策していたとき、この古い市民会館の前で僕は確かに何かを感じたのだ。それで、周りには誰もおらず、古くて暗いだけで何の観光的な要素もない市民会館に向かって、僕は使い捨てカメラのシャッターを押したのだ。
また、クリスマスマーケットの前の屋台の雑踏にもおかしなものが写っていた。人ごみの中に大きく男性の姿が写っているのだが、服だけが写真に写っていて、顔や手や髪の毛などが真っ黒になっているのだ。服装で男性だと分かるのだ。真っ黒というのは黒色ではなく、暗闇の真っ黒だった。その身体の黒い影が、彼の後ろでカラーで写っている人々の姿に重なるようにして黒く写っているので、髪形や手の指の形まではっきりと判別できるのだ。まるで、雑踏の中でその男性の衣服を残して肉体だけが暗黒の闇に溶けてしまったようだった。
さっきのろくろ首といい、この男性の闇に溶けた身体といい、僕はこんなものは初めて見た。いずれも僕の想像をはるかに超えたものだった。
さらには、街灯がありえない形にゆがんで写っていたりした・・・・・
これらは一体何だろう? 僕は思った。幽霊ではないようだが・・妖怪?・・結局、僕には幽霊のようなものとしか言いようがなかった。ただ、幽霊のようなものではあるが、写真からは邪悪なもの、怖いものという印象は受けなかった。僕は写真から、あっけらかんとした明るさのようなものを感じたのだ。
僕は今までこんな写真を撮ったことがなかった。では、どうして僕の写真にこんなものが写り込んだのだろう? 僕がこれを写真に撮ったのは偶然だろうか? 僕は首を振った。いいや、違う。偶然ではない。僕は必然であることを確信したのだ。僕は旅を振り返ってみた。
空港で偶然使い捨てカメラを見つけて購入した・・
ドイツの宿で偶然そのカメラが出てきた・・
なぜか僕は無性にそれで写真を撮りたくなった・・
街を歩いてその使い捨てカメラで写真を撮った・・
偶然それには奇妙なものが写っていた・・
なんだか、使い捨てカメラでその写真を撮るように導かれたようにしか思えないのだ。そして、僕は後にも先にも、そんな幽霊のような不思議なものを写真に撮ったのはそのときだけなのだ。ドイツで幽霊のようなものを写真に撮るために、偶然ではなく必然として、日本の空港で使い捨てカメラを見つけたのだと僕は思った。
前に僕は次のように書いた。
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この『確信』する感覚は経験した人でないと分からないと思う。僕の『確信』するというのは、『予知する』こととは少し違うのだ。単純に言うと、僕の『確信』するというのは、『予知する』に『100%の確率でそうなると思う』を加えたような感覚なのだ。
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観光地に寄る旅ではないのに、日本の空港で使い捨てカメラを見たとき、僕はなぜか自分がその使い捨てカメラでドイツの風景の写真を撮ると思ったのだ。これがこのときの『確信』なのだ。これが僕が『ドイツで幽霊のようなものを写真に撮ることは偶然ではなく必然だった』と思った理由だ。
では、そんな写真を撮ることが必然だったとして・・そこに何の意味があるのだろうか? これが僕には分からないのだ。これから、僕に分かるときが訪れるのかもしれない。しかし、前に書いた正夢なんかと一緒で、そんな意味は特にないのかもしれない。
このようにして、僕は特に意味はなく、何かを『確信』することがよくあるのだ。そして、経験からその『確信』が現実になっていくことを知っていたのだ。この続きは後で述べることにしたい。(つづく)
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