第46話 坐剤をお尻に入れられた 1

 さて、病院の話に戻ろう。


 僕は第三回目の点滴治療に際して、病院に再入院の手続きに行ったのだ。そして、採血を終えた僕は岸根医師の外来での診察を受けて、予定通り再度入院することになった。病室はいつもの803号室だ。こうして第三回目の、つまり最後の抗がん剤の点滴治療が始まった。


 僕は第二回目の点滴治療でも微熱が出たり、アレルギー反応に苦しんだりと散々な目に会ってきた。それに加えて、岸根医師は点滴する抗がん剤は第一回目、第二回目と進むにつれて強くなると言っていた。このため、第三回目の点滴治療を迎えるとき、僕の気持ちは「やった、これで最後だ」といったウキウキするようなものではなく、「いよいよ最難関がやってきた」というものだった。今度は一体どんな苦しみが待っているんだろう。そう思うと、正直言って僕の心は重く沈んだ。


 第三回目の点滴治療といっても、やることは今までと変わらない。24時間続けて抗がん剤の点滴をし、朝10時と夜10時には吐き気止めの点滴をするのだ。抗がん剤で白血球が減少していくと、朝10時と夜10時に抗生物質の点滴が加わった。しかし、抗がん剤の点滴薬が今までより強くなっているのだ。


 抗がん剤が強くなった影響はすぐに現れた。熱が出たのだ。第二回目の点滴でも、37度5分程度の微熱が出たが、今度は38度程度の熱だった。


 第二回目の点滴のときは、岸根医師は37度5分以上の熱が出たら、解熱剤の点滴をするように看護師さんに指示を出していた。解熱剤の点滴をされると、大量の汗が出て一時的には熱が下がった。しかし、また熱がゆっくりゆっくりと上昇していくのだ。このため、頻繁に解熱剤の点滴をしてもらわなければなからなった。これが僕にはきつかったのだ。そこで、僕は岸根医師に相談し、37度5分ではなく38度になったら解熱剤の点滴をするようにと変えてもらったのだった。


 しかし、今度はその38度の熱が頻繁に出だしたのだ。


 いくら38度の熱が頻繁に出るからといって、「第二回目の点滴治療のときのように38度で解熱剤の点滴をするのを、今後は38度5分になったら解熱剤の点滴をするように変更してください」と岸根医師に相談しても受け入れてもらえなかった。これは当然のことだ。解熱剤の点滴の基準を簡単に変えることには限界があるのだ。やむなく僕は38度に熱が上がるたびにその都度、解熱剤の点滴をしてもらったのだ。


 38度の熱がでると、さすがに身体がだるかった。慢性的な吐き気と睡眠不足に加えて、熱によるだるさが加わった。僕は解熱剤による汗の中で、それらに耐えていたのだ。


 ある夜のことだ。いつものように38度の熱が出て、解熱剤の点滴をしてもらった。汗が出て、熱はすぐに下がった。いつもだったら、そこから熱はゆっくりゆっくりと上昇するので、しばらくは38度には到達しないのだが、その夜は違った。何故かいったん下がった熱がすぐに上昇しだしたのだ。そして数時間すると、また38度になってしまった。病院ではベッドの横に体温計を入れるケースがあって、そこに常に体温計が差し込まれていた。眠れない僕はその体温計で頻繁に熱を測って状況を観察していたのだ。


 38度になると、すぐにナースコールをして看護師さんに来てもらうように僕は指示されていた。僕は指示通り看護師さんを呼んだ。若い女性の看護師さんがすぐに僕の病室にやってきてくれた。そして首をひねった。


 「また、熱が出たんですねえ? さっき解熱剤の点滴をしたばかりなのにねえ?」


 僕は聞いた。


 「こういう場合はもう一度、同じ解熱剤の点滴をすることになるんですか?」


 「いえ、同じ薬をそんなにすぐに使うことはできません。別の解熱剤を使うことになります」


 そして、看護師さんはナースステーションに戻って、しばらくしてまた病室にやってきた。


 「今度は坐剤の解熱剤です。お尻を出せますか?」


 坐剤かぁ? 僕は坐剤というのはそれが生まれて初めてだった。固形の薬をお尻の穴に挿入するということはもちろん知っていたが、いままで経験がなかったのだ。坐剤はイヤだなあ。なんだか痛そうだなあ? 大丈夫だろうか?・・・そう思うと、僕の肩がピクリと震えた。だが、布団をかぶって横になっているので、看護師さんはそれには気づかなかったようだ。


 看護師さんは持ってきた坐剤を横のテーブルに置くと、両手にビニールの手袋をはめた。ぴっちりと手にフィットする手袋だった。そして僕の布団をめくって言った。


 「横向きになってください。横向きになれますか?」


 僕の胸には点滴の太い針が突き刺さって、点滴のチューブがつながっている。そんな状態なので、横になるのは結構大変なのだ。もし、点滴のチューブが身体の下になって点滴の液の流れが止まったら、アラームが鳴ってポンプが停止するのだ。そうなったら、看護師さんにもう一度点滴液を送るポンプを起動してもらわなければならない。僕は点滴のチューブが折れないように注意しながら、ゆっくりと身体を横にした。


 しかし、横向き? 横向きでどうやって坐剤をお尻の穴に入れるんだろう?


 僕は坐剤というとベッドの上に犬のように四つん這いになって、看護師さんにお尻の穴を突き出した格好で、薬を挿入してもらうのかと思っていた。そんな格好はなんとも恥ずかしい。僕が坐剤と聞いてイヤだなあと思ったのは・・そんな格好を連想したからでもあったのだ。しかし、看護師さんに命じられたのは横向きの姿勢だった。素人目には横向きよりも四つん這いの方が、お尻の穴に坐剤を挿入しやすいように思えるのだが・・・どうも違うようだ。横になって、それからどうするんだろう。僕は首をひねった。


 そうして、言われた通りベッドの上で横向きになった僕は、その姿勢で看護師さんの次の指示を待ったのだ。すると、看護師さんが言った。


 「それでは、着ているジャージとパンツを降ろしてお尻を出してください」


 僕はジャージとパンツをお尻の膨らみの下まで降ろした。ちょうど、お尻の真ん中より少し下という位置だ。横になっているし、点滴のチューブがあるので、それ以上は降ろしにくかったのだ。すると、看護師さんが少し首をひねった。


 「その位置だと・・お尻に入れにくいですね。じゃあ、ジャージとパンツを全部脱いでしまってもらえますか?」


 えっ? すると・・・下半身が裸?


 僕は横向きのままで、ジャージとパンツを脱ごうとしたが、やっぱり点滴のチューブが邪魔になって、うまく脱げなかった。


 すると、看護師さんが僕のジャージとパンツをゆっくりと引き降ろしてくれた。ジャージのズボンとパンツが僕の足先からすっぽりと抜けると、僕の下半身が露わになった。お尻から下が丸出しの状態だ。いくら病院とはいえ、若い女性の看護師さんにこんなふうに下半身を丸出しにするのはやっぱりなんとも恥ずかしい。下半身を見られるのは入院して二回目だと僕は思った。第二回目の点滴治療のときに、僕は輸血を受けた。そのあとシャワーを浴びたのだが、シャワーから出て、まだ全裸でいるところでアレルギー反応に襲われたのだ。すぐに看護師さんや岸根医師がきて処置を行ってくれたが、僕は床に倒れて、アレルギー反応によるかゆみで全裸のまま床をのた打ち回ったのだった。看護師さんにお尻から下を見られるのはあのとき以来だ。


 そんな僕の想いなどはお構いなしに、看護師さんの事務的な指示が僕のお尻の方から聞こえた。


 「それでは、上になっている足を折り曲げて、前に倒してください。ちょうど横向きにランニングをしているような格好をしてみてください」


 僕は上の足を折り曲げて、膝をお腹の方に持ってきた。そうすると、看護師さんの言うように、ベッドの上で横向きになってランニングをしているような格好になった。


 すると今度は、看護師さんが手の平をお尻の穴の両側に当てて、お尻の両側の膨らんだ丘のところを左右に大きく押し開いたのだ。そうされると、僕のお尻の穴が大きく押し広げられてしまった。そして、看護師さんは僕のお尻の穴にぐっと顔を近づけた・・・ように思えた。というのは、看護師さんの顔は僕のお尻の側にあるので、僕には彼女の行動が見えなかったのだ。気配で彼女が僕のお尻の穴に顔を近づけたと感じたのだ。


 ここは病院だ。そして僕は入院患者だ。処置の一環として、病院の中で看護師さんが入院患者のお尻の穴をこうやって見ることは・・おそらくちっとも珍しくないだろう。


 しかし、僕は今まで一度も、こんなふうに誰かにお尻の穴をじっくりと見られたことはなかったのだ。それに看護師さんといっても・・・若い女性だ。若い女性にお尻の穴を大きく押し広げられて・・・そして穴のすぐ近くに顔を近づけられて・・・お尻の穴をじっくりと観察されている! そう思うと・・・僕の顔は真っ赤になった。なんとも恥ずかしかった。穴があったら入りたかった。もちろん、「穴」というのは洒落しゃれで言っているのではない。文字通りの意味だ。そして、僕は緊張した。なんだか異様に胸がドキドキした。看護師さんの吐く息がお尻の穴にかかっているような気がした。僕は思わずお尻に力を込めた。僕のお尻がカチカチにこわばるのが自分でも分かった。


 看護師さんの声が僕のお尻の穴のすぐ近くから聞こえた。


 「うーん。ものすごくお尻に力が入っていますねえ。お尻の力をもっと抜いてください」(つづく)

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