第44話 僕は女子寮の寮生だった 2

 その女子寮は2階建てで、1階に寮生の部屋と食堂や休憩室などの共用ゾーンがあって、2階はすべて寮生の部屋になっていた。僕が入ったときは、全部で20名ほどの女子寮生がいた。寮生の部屋は全部で25室近くあったので、まだ空室があったのだ。


 さて、こうして僕の女子寮生活が始まったのだ。読者の皆様は、男性が女子寮で暮らす場合、お風呂やトイレはどうしていたのだろうと思われるだろう。特に女性の読者の皆様は気になると思う。もっともな話で、僕もお風呂とトイレが気になったのだ。


 幸い隣の男子寮にもお風呂があった。そこで、僕はお風呂は男子寮のお風呂に入りに行っていた。問題はトイレだ。


 女子寮のトイレは全て女子トイレで、当たり前だが男子トイレは無かったのだ。このため、僕は管理人さんから女子寮の女子トイレを使っていいと言われていた。女子寮の寮生の了解も得ているというのだ。


 女性の読者の皆様は「本当に女子寮の女性の寮生が、男性に女子トイレを使うことを許したの? いくら同じ寮の寮生であっても、男性にそんなことを許すわけがないじゃないの?」とおっしゃるだろう。もっともな話だと思う。ただ、僕が実際に女子寮に住んでみると・・・男子寮のトイレを使うというのはものすごく不便で、女子寮のトイレを使わせてもらって、僕は本当に助かったのだ。


 まず、男子寮のトイレに行こうとすると、どうしても往復だけで15分ぐらいかかってしまうのだ。それに、男子寮の中を歩くスリッパをいちいち持っていかねばならなかった。具体的に言うと、男子寮のトイレに行く場合・・女子寮の2階の僕の部屋から階段を降りて女子寮の入り口まで行って・・履いていたスリッパを巾着の手提げ袋に入れて靴を履いて・・女子寮を出て・・道路を歩いて・・男子寮の入り口で靴を脱いで、スリッパを出して履いて・・男子寮のトイレで用をたして・・これを逆に繰り返して女子寮の2階に戻るわけだ。どうしても往復に15分ぐらいかかってしまうのだ。


 それに女子寮には門限があった。夜11時を過ぎると入り口が施錠されるので、好き嫌いを言っている余地はなく、夜11時以降は女子寮のトイレを使わざるを得なかったのだ。


 女子寮の女性の寮生たちはこういった僕の不便を考慮してくれて、僕に女子トイレを使うことを許可してくれたというわけなのだ。


 だが、そうは言っても、男性がなかなか女子トイレに入れるものではない。特に、僕はトイレの中に女子寮生がいるときは中に入ることができなかった。だって、例えば数人の女子寮生がトイレの中でおしゃべりをしている場面を想像してもらいたい。そんな中に男性が一人でトイレに入って行って、女子寮生をかき分けて個室に入るのは何とも恥ずかしいものだ。


 このため、僕はいくら不便でも、普段は男子寮まで行って、男子寮のトイレを使うようにしていた。ただ、雨の日などにいちいち女子寮を出て、男子寮まで歩いて行って男子寮のトイレを使うのは正直大変だ。だから、さっき書いた夜11時以降や雨の日なんかには、中に誰もいないのを確認してから僕は女子寮の女子トイレを使わせてもらった。つまり、僕はいくら使用を許可されていたとしても、女子寮の女子トイレを使うのは必要最小限に抑えていたというわけだ。


 こういうふうに女性ばかりの中で生活していると、僕は女性に関するある不思議な経験をどうしても思い出すのだ。


*******


 以前、仕事で東京のある会社を訪問したことがある。その会社は23区内のある町にあった。僕はその町もその会社も訪問するのは初めてだった。夏の暑い午後だった。実はその会社の前にもう1社別の会社を訪問する用があって、2社をはしごする予定だった。1社目の用が早く終わったので、僕は早めに2社目であるその会社の最寄りの駅に一人で行ったのだ。2社目の打合せまでに2時間以上の時間があった。僕はこれ幸いと喜んだのだ。


 というのは、会社によっては、夏は応接室や会議室のクーラーをガンガンに冷やして来客を出迎えてくれるところがあるのだ。クーラーをきかせているのは、もちろん、暑い中をようこそいらっしゃいましたという歓迎の意思表示だ。しかし、時おり、サービスが行き過ぎてしまって、部屋を冷凍庫の中ではないだろうかというぐらい冷え冷えにしているところがあるのだ。汗をかいてその会社を訪問したとたんに、そんな冷凍庫のような応接室などに入れられたら、たまったものではない。僕は何度も風邪をひいてしまった。訪問先がよく知っている会社ならクーラーを緩めてもらうのだが、初めての会社では「クーラーを緩めてください」とはなかなか言いにくいものだ。会社によっては、せっかくの好意でクーラーをきかせておいたのに、好意を無駄にするのかといった解釈をするところがあるのだ。


 そういうわけで僕が喜んだのは、打合せまでに2時間以上あるので、その会社を訪問する前に喫茶店に寄って汗を引かせておこうと思ったからだった。


 さて、僕は最寄り駅から喫茶店を探して、汗をかきながら歩いた。そこは小さな会社が入った雑居ビルがたくさん立ち並ぶ地域だった。しばらく歩いたのだが・・・喫茶店がさっぱり見つからないのだ。真夏のかんかんでりの午後である。たちまち、のどが渇いてしまったのだが・・歩けど歩けど、喫茶店どころか、コンビニや自販機すらも見つからないのだ。完全なオフィス街で、地元の商店も見当たらなかった。一休みする日陰すらないのだ。


 のどの渇きは限界に来ている。僕は弱ってしまった。こんなことなら、2時間以上も早くここに来るんじゃなかったと後悔したが、もう遅かった。最寄り駅にも喫茶店や自販機がなかったので、駅に戻っても仕方がなかった。僕は砂漠をさすらうように、のどの渇きに苦しみながら真夏のオフィス街をさ迷った。


 すると、前方に喫茶店らしきものが見えてきたのだ。やれ、ありがたや! 地獄に仏とはこのことだ。僕の足は進んだ。


 その喫茶店は壁がガラス張りになっていて、外から中が見えるのだ。喫茶店の横に来て、僕はがっかりした。外から見る限り、全部の席が埋まっていたのだ。なんということだ! 僕は天を仰いだ。


 そのときだ。窓際の小さなテーブルに一人で座っていた若い女性が席を立ってレジに向かったのだ。やった! 席が一つ空いた! 僕は喜び勇んで喫茶店の中に入って行って、その女性の席に座った。そして、ウエイトレスのお姉さんにアイスコーヒーを注文し、持ってきてもらった水をごくごくと飲み干して、やっと人心地つくことができたのだ。


 僕はホッとして、改めて喫茶店の中を見まわした。大きな喫茶店だった。テーブルが100席以上あった。そのすべてのテーブルがお客で埋まっていた。偶然、一つ席が空いたのは本当にラッキーだった。僕は改めてそう思った。

 

 そして、おかしなことに気づいたのだ。


 その喫茶店の中にいたお客は・・なんとすべて女性だったのだ。それも中高年の女性は一人もおらず、みんな20代とおぼしき女性ばかりなのだ。


 えっ、どうして? 


 僕はもう一度喫茶店の中を眺めまわした。やはり間違いなかった。僕を除くと、この喫茶店の中にいる100人以上のお客の全員が20代くらいの若い女性だったのだ。


 そんなバカな? どうして若い女性ばかりが・・・?


 僕の頭にクエスチョンマークが何個も点滅した。若い女性ばかりの喫茶店なんて聞いたことがなかった。僕の知らないうちにそんなものができたのだろうか? たとえば、レディース喫茶? あるいは、ヤングレディース喫茶? そして男性はお断り? 本当にそんなものがあるのだろうか? いや、それだったら、さっき、この席に座ったときにウエイトレスのお姉さんが僕に何か言うはずだ。この喫茶店はいったい何なんだろう?


 そのうち、僕はさらにおかしなことに気づいた。若い女性が100人以上もいるのだ。普通だったら、なんともかしましい喧騒に悩まされるはずだった。しかし、喫茶店の中が異様に静かなのだ。


 これって、いったい・・・?

 

 結局、僕は一時間半ほど、喫茶店にいたのだが・・僕が喫茶店にいる間、やってくるのは全て若い女性ばかりだった。こうして、僕は女性100人以上の中にポツンと男性が一人という状態で、一時間半も喫茶店にいたのだ。何とも不思議で、何ともいたたまれない気持ちになって・・外に出ようかとも思ったが、外は灼熱の炎天下だ。それに、ここ以外に喫茶店はない。それでやむなく僕は100人以上の女性の中で一時間半を過ごしたのだ。


 そして、先方の会社を訪問する時間になって、やっと喫茶店を出たのだが・・・喫茶店を出たときは正直ほっとした。しかし、あの喫茶店は一体なんだったのだろうか?という疑問が僕の心に残ったのだ。


 いま思うと、なんだかあの喫茶店は本当にあったのだろか?・・とも思える。なんだか幻のように思えてくるのだ。僕は夢を見ていたのではないだろうか? 本当に不思議な体験だった。


 読者の皆様にはこのようなご経験はないだろうか? もし読者の皆様で、このような若い女性ばかりの喫茶店をご存じの方がいらっしゃったら、ぜひ若い女性だけの理由を教えていただければ幸いである。


 女子寮の生活は僕にこのときの不思議な体験を思い出させてくれた。


*******


 さて、話を女子寮に戻そう。


 僕の女子寮生活は平穏に過ぎていった。


 もちろん、女子寮の女性たちの中に男性の僕が一人だけいるのだ。僕から見ればいろいろと驚くことや感心することなどは・・・一杯あった。しかし、それらはこの話の本筋ではないので別に機会があればご紹介することとしたい。


 そうこうしているうちに、女子寮の中でとんでもない『事件』が僕を襲うことになるのだ。(つづき)

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