第37話 『予知』って超能力? 1

 僕は病院でうとうとしていて、よく夢を見た。どれも短い夢だった。人の夢の話ほど、つまらないものはないというが・・・例えば実際に僕が見た夢は次のようなものだ。


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 僕は夜の道を歩いていた。僕の前を誰かが歩いている。ふいに物陰から黒い影が飛び出してきて、僕の前を歩いている人に後ろから組みついた。影とその人が道にもんどりうって倒れると、今度は影が僕の方を見た。すると、影が起き上って僕の方に走ってきた。逃げなければ・・・僕は影に背中を見せて懸命に走った。だが、影の方が速かった。影が僕の背中に襲いかかった。僕は影に背中から道路に押し倒されてしまった。

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 僕は競技場に入っていった。そこは古代ローマのコロッセウムのような円形の競技場だった。周りをスタンドが取り巻いている。スタンドには多くの観衆がいた。観衆は何かに熱狂して手を振り上げて叫んでいた。僕は競技場のグランドの中に入って行って、スタンドの観衆を見上げた。何が始まるんだろう? 僕の胸に不安がよぎった。

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 僕は小高い山の頂上に立っていた。アレルギー対策用に妻に買ってもらった、あの巻きスカートをはいていた。風が吹いてきて、僕の巻きスカートが大きく膨らんだ。スカートのすそがひらひらと舞った。僕は病院の803号室の風は冷たくないなと思った。山の頂上に立っているのに、なぜ803号室の風なんだろう? 僕は首をひねった。

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 そんな夢が果てしなく続いた。


 何だか病院や治療に関係がありそうな夢が多かったが、もちろん夢との因果関係なんて僕には分からない。だぶん、昼間の病院の記憶の断片が夢の中に登場しているだけなんだろう。前に書いたように、夜は看護師さんが2時間ごとにやってきて、僕の顔にペンライトを当てる。僕はその都度目が覚めた。それでも、看護師さんがやって来るまでのわずかな間に僕はうとうとと眠って夢を見ていたのだ。


 眠れないときは、僕はナースコールをして看護師さんに睡眠剤を持ってきてもらった。そうするようにと看護師さんに指示されていたのだ。処方された睡眠剤が何という薬かは知らない。病院にいると、やたら薬の名前に詳しい入院患者を見かけたが、僕は薬の名前にはそんなに関心を持たなかった。ただ、看護師さんが言うには「一番弱い睡眠剤」ということで、睡眠剤を飲んでもちっとも眠くならないのだ。


 そんなとき、僕はよくベッドの布団の中で、うとうとして目が覚めては、さっき見た夢を頭の中で反芻はんすうした。吐き気と疲労と睡眠不足で悩まされていた僕は何をする気力もなかった。そんな僕にはさっき見た夢の世界へ戻っていくのは至福の時間だった。


 病院では人間の神経が研ぎ澄まされるのだろうか? 僕はときどき正夢を見た。正夢といってもたいした内容じゃない。岸根医師が病室にやってきて、こんな雑談をするといった程度の夢だ。しかし、不思議にその通りのことが起こった。


 僕はベッドの布団の中で、現実に起こった正夢を反芻していた。


 どうして人は正夢なんて見るのだろうか?


 正夢って、何なのだろうか?


 僕は頭の中で問いかけた。


 インターネットや本などを調べると、普段から物事をよく観察する人が正夢をよく見るのだといったことが書いてある。その観察した結果が積み重なって、正夢になるのだそうだ。どういうことかと言うと、そういう人は普段から物事を無意識に頭の中で整理している。その結果、次に起こることを頭が予測して、その予測を無意識に夢として見るのだということだ。つまり、正夢というのは決して不思議なことではなく、科学的に説明できるという話なのだ。


 しかし、僕にはこれは無理やり作った理屈に思えてならない。


 実を言うと、僕は小さいころからよく正夢を見ていた。正夢といっても内容はどれも重要なものではなかった。本当に些細な内容の正夢ばかりなのだ。だから、僕の経験から言わせてもらうと、物事をよく観察した結果として、正夢を見たなんてとても思えないのだ。


 僕の見た正夢をいくつかご紹介したい。


 小学校のときに二泊三日の臨海学校があった。宿舎の旅館で僕は夢を見た。


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 僕はその旅館の廊下を歩いていた。廊下の中ほどに陰になった場所があり、僕がその横を通ったときに、陰から声が聞こえた。影の中に二人の人間がいて立ち話をしていたのだ。一人が「昨日、〇〇(プロ野球選手)がスリーランホームランを打ったなあ」と言うと、もう一人が「ああ、そうだ」と答えた。僕はその横を黙って通り過ぎた。

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 それだけの夢だった。僕はすぐにそんな夢のことは忘れてしまった。翌日の夜だ。


 明日はもう帰るという最後の夜だったので、男子や女子が何人も大きな部屋に集まっていた。荷物を整理する者、おしゃべりに花を咲かせている者、トランプや将棋や何かのゲームで遊ぶ者、何人かでテレビを見る者・・・・みんなが自由に過ごしていた。


 僕は5,6人の仲間とトランプに熱中していた。トランプの勝負が一息ついて、負けた者がカードを切って配り始めた。そのときだ。僕は何気なくテレビの方を見た。テレビではプロ野球のオールスターゲームをやっていた。いまでもよく覚えている。6回の表、オールセントラルの攻撃。2死1,2塁だった。そこへ、〇〇選手がバットを持って、ちょうどバッターボックスに入るところだった。


 僕は夢のことはすっかり忘れていたのだが・・・その瞬間、僕の脳裏に昨日見た夢が鮮やかによみがえった。そうだ。間違いなく、あの夢はこのシーンのことだ。〇〇選手がスリーランホームランを打つぞ。僕はなぜかそう確信した。そのとき、僕の心臓がバクバクと鳴った。僕の頭に血が上った。僕の緊張は限界までに高まった。なぜこんなに緊張するのか自分でも分からなかった。


 もうトランプどころではなかった。僕は配られたトランプを手にしながら、テレビを注視した・・・・・そして、夢の通り、〇〇選手がスリーランホームランを打ったのだ!


 僕は驚愕した。そして疑問を感じた。僕はなぜあのシーンのときにテレビの方を見たのだろうか? 僕があの夢で見たシーンを目撃するというのは、ほとんどゼロに近い確率ではないだろうかと思った。


 僕がトランプをしながら、ときどきテレビを見ていたのなら、ある程度話は分かる。僕はトランプをしながら、無意識にテレビを見ていて、あの『2死1,2塁でバッターが〇〇選手のシーン』を見て、夢のことを思い出したのだろう。


 だがそのとき、僕はトランプに夢中になっていて、テレビは全く見ていなかったのだ。トランプの一勝負が終わって、負けた者がカードを配っているときに、たまたま僕はテレビに眼を向けただけなのだ。それが、偶然にも僕が夢に見た『2死1,2塁でバッターが〇〇選手のシーン』だったのだ。まるでテレビに誘われるように、僕はその瞬間テレビの方を向いたのだ。こんなことが本当に起こるのだろうか?


 もう一つ僕が不思議だったのは、『根拠のない僕の確信』だった。あのとき、僕は夢で見たシーンはこの場面だと思った。そして、〇〇選手が間違いなくスリーランホームランを打つとなぜか100%確信したのだ。


 「スリーランホームランを打つだろう」でも「打つかもしれない」でもない。「絶対に打つという100%間違いのない確信」でもって「打つ」と思ったのだ。僕はなぜ確信したのだろう? あるいは、確信することができたのだろう?


 この『確信』する感覚は経験した人でないと分からないと思う。僕の『確信』するというのは、『予知する』こととは少し違うのだ。単純に言うと、僕の『確信』するというのは、『予知する』に『100%の確率でそうなると思う』を加えたような感覚なのだ。


 なぜ『確信』するのだろうか?


 不思議だった。


 読者の皆様は、APL(急性前骨髄性白血病)の治療の話からなぜこんな『夢の確信』の話をするのかと疑問に思われることだろう。実は、この確信が・・・いや、それはもっと後でお話したいと思う。


 『確信』の話にいま少しおつき合いしていただけないだろうか?


 僕が『確信』するのは正夢だけではない。


 例えば、僕はテレビで野球を見ていて、バッターボックスに入る選手がホームランを打つことを確信することがある。そんなとき、その選手は必ずホームランを打つのだ。あるいはやはり野球で攻撃が始まるときに、この回に1点入ることを確信することがあるのだ。そうして、そのチームに1点が入るのだ。野球以外のスポーツ、例えばサッカーをテレビで見ていても、同じようにどちらが得点するかを確信することがあった。


 さらには、テレビのクイズ番組を見ていて、出演者の誰が次のクイズに正解するといったことを確信することがあるのだ。そうすると、その人が回答し、正解するのだ。


 僕はボードゲームをしていて、振った二つのサイコロの目が分かったこともある。こんなサイコロの目が出るのではないかと予測や推測をしたのではない。分かったのだ。(つづく)






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