第34話 輸血と巻きスカート 2
ベッドに倒れた僕は全身をかきむしりながら、ナースコールのスイッチに手を伸ばした。手がベッドのシーツにこすれた。手が刺激された。その刺激で、さらに僕の全身を熱さとかゆみが襲った。猛烈なアレルギー反応だ。以前赤なまこを食べたときのアレルギー反応の比ではなかった。僕は
はやく看護師さんを呼ばなければ・・・・・
よりによって、全裸でいるときにアレルギー反応に襲われてしまうなんて。。。普通だと全裸のこんな姿を女性に見られるのは恥ずかしい。しかし、今はそんなことを気にしている場合ではない。はやく・・はやく連絡して助けに来てもらわなければ・・・僕はかゆみに耐えながら、ナースコールのスイッチを押した。若い女性の看護師さんの声が壁のスピーカーから流れた。ひどくのんびりした声に聞こえた。
「はい。どうかしましたか?」
「あの、アレルギー反応が出ました・・・・す、すぐに来てください」
そう言うと、一瞬、僕の意識が薄くなった。薄くなる意識の陰で、三人の女性の看護師さんが病室の中に飛び込んでくるのが見えた。それが薄くなった僕の意識を現実に引き戻してくれた。僕はベッドの上に倒れた身体を起こそうとした。そのとき、身体がベッドのシーツに再びこすれた。その瞬間、また僕の全身をものすごいかゆみが襲った。
「うわああああ」
僕は再び悲鳴を上げた。
僕はベッドから離れようとしたが、全身が熱くて、かゆくて・・・・ベッドから立ち上がりながら、僕は全身を掻きむしろうとして身体をくねらせた。そのせいでバランスを失った。僕は思わず床に倒れてしまった。床の上に四つん這いになって身体を支えた。額と両足のひざを床につけた姿勢で、僕は両手で全裸の全身を掻きむしった。全身を叩きまくった。また頭の中が真っ白になった。
看護師さんたちは、全裸で床に四つん這いになって身体を叩きまくっている僕に驚いたようだ。そこへ岸根医師も飛び込んできた。岸根医師が的確に指示を出した。
「すぐアレルギーの点滴を・・・」
それからのことはよく覚えていない。気がつくと、僕はアレルギーの点滴をされて、ベッドの上で全裸のままで布団にくるまっていた。シャワーで濡れていた身体は乾いていた。いつ、誰が、僕の身体の水滴を拭いてくれたのだろうか? それも覚えていなかった。
決して気を失っていたわけではない・・・とは思うのだが、本当に僕は気を失わなかったのだろうか?
どうも記憶がはっきりしない。なぜか思いだせないのだ。こんな経験は初めてだった。外でお酒を飲みすぎると記憶が飛んでいて、どうやって家に帰ったのかどうしても思い出せないときがある。しかし、そんなときとも違っていた。記憶は飛んでいるのではなく、かすかに細い線でつながっているのだ。しかし、その細い線をたどっていって記憶を思い起こそうとすると、なぜか記憶が消えてしまうといった感じだった。まるで僕の頭が、記憶が呼び戻されるのを拒否しているように思えた。全身のかゆみがあまりに強烈な苦しみだったので、思い出すことに対して身体が拒絶反応を示しているのかもしれなかった。思い出せないのは一種の身体の防衛反応なのだろうか?
それでも僕は一生懸命に何が起こったのかを考えようと努力した。
僕はシャワーを浴びて、まだ身体を拭いていなかったはずだった。間違いなく、シャワーのお湯が水滴となって僕の身体を覆っていたのだ。しかし、いま僕の身体は乾いている。
僕は何が起こったのかを考えた。
考えられるのは・・・
女性の看護師さんが・・・
床に四つん這いで倒れている全裸の僕を抱え起こしてくれて・・・
バスタオルか何かで僕の身体をそっと拭いてくれて・・・
それからベッドの布団をめくって・・・
僕を抱きかかえてベッドに運んでくれて・・・
静かにベッドに横たえてくれて・・・
そっと布団をかけてくれた・・・
ということしかないのだが、それを思い出そうとすると、記憶がふっと消えていってしまった。
僕は考え続けた。
何だか、お姫様抱っこをされるような横向きの格好でベッドに運ばれたような気はするのだが・・・
看護師さんは女性だ。んっ、僕は女性にお姫様抱っこでベッドに運ばれた?・・・
本当だろうか?・・・
あるいは、看護師さんが何人かで僕をお姫様抱っこのように横向きにしてベッドに運んだのだろうか?
それとも、そんな気がするだけで僕は自分でベッドに入ったのではないのだろうか?・・・
でもそれだったら、なぜ僕は身体がこすれてアレルギー反応が誘発されるベッドの中にわざわざ自分から入っていったのだろう?・・・
なぜだ?・・・
何があったのだ?・・・
思い出せない・・・
僕にはどうしても思い出せなかった。。。。
ベッドの上の布団の中で僕はため息をついた。やめよう。頭が痛くなる。僕は思い出すことをあきらめた。
きっと、かゆみによって、僕は二度と経験したくない大変な苦しみを味わったのだ。思い出せないのは、間違いなく僕の身体がその苦しみを思い出すことを拒絶しているのだ。そんな大変な苦しみを思い出そうとするのはもう止めよう。僕はそう思った。
僕はアレルギーの点滴を見上げた。アレルギー反応はかなり穏やかになっていた。まだ身体のあちらこちらに『かゆみ』は残っていたが、もうパニックになるような『かゆみ』ではなかった。
アレルギーの点滴は30分ぐらいで終わった。点滴が終わるころには、『かゆみ』は完全になくなっていた。アレルギーがようやく完全に収まったのだ。僕はもう一度大きくため息をついた。助かったという気持ちがふつふつと湧いてきた。僕のベッドの横には女性の看護師さんが一人付き添ってくれていた。彼女はずっと立ってベッドの僕を見降ろしてくれていたのだ。僕は看護師さんに「もう大丈夫です」と声を掛けた。看護師さんがにこりと笑ってうなずいた。
点滴が終わるとすぐ、誰も連絡をしていないのに、岸根医師が病室に来てくれた。岸根医師はアレルギーの点滴が終わるタイミングが分かっていて、点滴が終わる時間に病室にきてくれたのだ。僕はベッドから岸根医師を見上げた。
「先生。ひどい目に会いました。輸血のアレルギー反応というものが、こんなにすごいとは思いませんでした。僕が前に経験した赤なまこのアレルギー反応とは比べ物になりませんでした」
岸根医師の声がした。
「わかりました。明日の血小板の輸血から、先にアレルギーの点滴をしてから、輸血をするようにしましょう」
僕はすっかり輸血が怖くなった。輸血中は、いつ、あの全身がカッと熱くなって、同時に全身が無茶苦茶にかゆくなるアレルギーに襲われるか分からなかった。恐怖が僕を支配した。明日の輸血でまたアレルギーが起こったらと思うと、僕はいてもたってもいられなくなった。
僕は身体がベッドのシーツに触れただけで刺激を受けて、全身がかゆくなったのを思い出した。
そうだ。今日はたまたまシャワーを浴びたので、アレルギー反応が起こったときに僕は全裸だった。しかしアレルギー反応が起こったとき、全裸でむしろ良かったのだ。あれがもし服を着ているときだったら・・・身体が服にこすれる刺激で、とてつもないかゆみが僕を襲ったことだろう。そうしたら、これは決して過言ではなく、ひょっとしたら僕は悶え死んでいたのではないだろうか? 僕は本気でそう思った。心の底からの想いだった。それだけアレルギー反応はすごかったのだ。あのとき、全裸で本当に良かった! 僕は思った。全裸が僕を救ってくれたのだ!
しかし、岸根医師はアレルギーの点滴をしてくれると言ったが、あのものすごいアレルギー反応に対して一体どのくらい効果があるのだろうか? もし、あまり効果がなかった場合、僕が取れる対策はアレルギー反応が出た瞬間に、今日のような全裸になることしかない。
アレルギー反応が来たときにすぐに服が脱げるような方策を立てないと、これは大変なことになるぞ。
その夜、僕は妻に電話した。そして、その電話から、思わぬものを妻が病院に持ってきてくれることになるのだ。(つづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます