第28話 骨髄穿刺検査でアウト 1
第一回目の抗がん剤の点滴治療を開始するときに、僕は
岸根医師が採取した骨髄液を外部にある試験機関に送ってくれた。遺伝子を検査するのだそうだ。少しして、その結果が届いた。岸根医師が僕の病室に検査結果の紙を持ってきてくれた。なんだか試験結果の発表のようだ。僕はおどおどしながら岸根医師から結果を聞いたのだ。
そして、約一カ月の投薬治療の結果は・・・白血球は正常だった。異常な白血球はまったくなかった。
そのとき、僕は小躍りした。すべて順調だと思った。それから、今回の第一回目の抗がん剤の点滴治療を開始したのだ。
点滴は抗がん剤と吐き気止めだった。白血球が減少していくと、それに抗生物質の点滴が加わった。抗がん剤は24時間の間休みなしで点滴をしていたが、吐き気止めと抗生物質は午前10時と午後10時にそれぞれ30分の点滴を受けた。
抗がん剤は血液中の白血球を殺す治療だ。異常な白血球だけでなく正常な白血球も殺すのだ。治療は順調に進んだ。抗がん剤の点滴で僕の白血球の数はどんどん低下していった。
点滴を開始してから約3週間が経ったときだ。白血球の数が正常値の十分の一程度の値になった。岸根医師が「そろそろ抗がん剤と吐き気止めの点滴はいいでしょう」と言って、僕の胸から点滴の太い針を抜いてくれた。
ああ、そのときの気分といったら・・・・
針が身体から抜けたときの感触は忘れられない。
針が身体から抜けた瞬間に身体が楽になった。スッとしたという感触。重荷が外れたような感触。なんとも素敵ないい気持ち・・・・すべてが最高だった。いい気分だった。
あんなに太い注射針を胸の血管に差し込んで、約3週間の間ずっと点滴の液を身体の中に注入されていた訳だ。僕は改めて、それによって身体がものすごいストレスを受けていたんだということが分かった。
抗がん剤の点滴が終わると、吐き気も2日ほどでなくなった。白血球の数が減っているので、抗生物質の点滴だけはまだ続いた。ただ、これは胸の点滴の針を抜いたので、午前10時と午後10時にそれぞれ30分かけて腕に点滴するやり方に変わった。
あとは自然に白血球の数が増加するのを待つだけだ。
しかし、白血球はすぐには増加してくれなかった。一日おきに行う血液検査では、白血球の数が正常値の十分の一程度という状態が一週間ほど続いた。僕はじりじりしながら、白血球が増えるのを待った。抗がん剤の点滴が終わって二週間が過ぎるころになると、やっと白血球の数が少しずつ増加し始めた。一度増加し始めると、後は順調だった。
・・・・・・・・
白血球の数がやっと正常値に近くなったときだ。岸根医師が僕に言った。そのときには、抗がん剤のせいで白血球と同時に減少していた赤血球や血小板の数もほぼ正常値に戻っていた。
「順調に白血球が増加しましたので、入院はもういいでしょう。それでは、ここで一旦退院していただいて、また入院してください。次の入院からは二回目の抗がん剤治療を行います」
再入院か? そのとき、僕は極めて重要なことに気づいた。再入院したときに病室はどうなるんだろう?
僕は例の冷気問題で病室が803号室に替わっていた。当然、僕はいまいる803号室が良かったのだが、803号室に再入院することができるのだろうか? 僕の頭にあの805号室で味わった冷気問題が浮かんだ。もうあんな経験はこりごりだ。
僕は岸根医師に聞いた。
「先生、退院して今度再入院するまで、この803号室を確保しておいていただくことはできますか? また、803号室に再入院したいんですが・・・・・」
岸根医師はちょっと首をかしげていたが、おもむろに言った。
「うーん。それが、できないんですよ」
えっ、できないのか! これは大変だ。僕は岸根医師にさらに聞いた。
「というと、どういうことですか?」
「病院のルールで、病室をキープしておくというようなことが認められないんですよ。入院患者は次から次へと現れるでしょう。みんな、その時に開いている病室に次々と入っていく訳ですから、803号室だけを空室のままで置いておくことができないんです」
僕は困ってしまった。
「803号室は冷気の問題がないことははっきりしていますが、他の病室には冷気の問題がある可能性がありますよね。もし、僕が今度新しく入る病室で、あの805号室のような冷気の問題があったら、そのときはこの803号室は新たな患者さんが使っているわけだから、以前のように病室を803号室に替えていただくということはできませんね。ということは、再入院したときに新しい病室で冷気の問題があるかどうかが大きなギャンブルになりますね」
「そうなりますね」
そうか、そういうことか! ということは、僕は803号室に入れないのか!
しかし、もうあの805号室のように冷気がベッドの上から降りてくるような病室は二度とごめんだった。僕の頭に再びあの805号室で体験した『恐怖の冷気』が甦った。僕の背筋を冷たいものが走った。もう、あんな体験は絶対にイヤだ。僕はぶるっと身体を震わせた。
何としてでも冷気の降りてこない803号室に再入院できる手立てはないのだろうか?
僕は岸根医師に助けを求めた。必死になって懇願したのだ。
「再入院して。また冷気の問題がある病室だったら僕は嫌です。そんなことになったら、僕はAPL(急性前骨髄性白血病)の治療どころじゃなくなってしまいます。先生、803号室に再入院できる何かいい手立てはありませんか?」(つづく)
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