第15話 病院の長い一日 3
昼食が終わって、ヘルパーさんが食事を下げてくれるのが昼の1時半ごろだ。
昼の2時ごろに、また看護師さんが二人ペアで定期の診察にやってくる。看護師さんが二人ペアでと書いたが、もちろん二人というのは原則で、忙しい時は看護師さんが一人でやってきた。そして、その前に僕はいつも体温を測定しておくのだ。
看護師さんの診察では朝と同様に、血圧を測定し、必要があれば体温の測定が指示される。そして問診だ。
このときも、朝と同じように便の話を何度も聞かれる。
そして、それから夜6時までの時間帯が、やっと定期的な診察などが一切ない僕の自由時間になるというわけだ。
以前書いた理学療法士のAさんに受けた体力維持のレッスンなどはこの時間帯に行われた。また、僕は原則として見舞いを受けるのを止められていたが、一般の入院患者に見舞いが許されるのも基本的にこの時間になるのだ。
また、岸根医師は外来がある火曜と木曜は、この時間帯に自分が担当する入院患者を訪問してくれた。
さらに、僕の部屋にはお風呂がついていたので、お風呂に入る場合はこの時間帯が一番便利だった。
こうして、理学療法士のAさんのレッスン、岸根医師の訪問、入浴・・となると結構忙しくなる。このため、曜日やスケジュールによってはこの時間帯も結構多忙となるのだった。
しかし、僕の場合は見舞いが禁止され、半月板損傷でお風呂にも入れず、また体力維持のレッスンも続けることができなくなってしまったので、この時間帯は比較的ゆとりがあった。寝不足なので、寝るならこの時間帯なのだが・・ただ、ここまでの人の出入りで眼がスッカリ冴えてしまっており、僕はこの時間帯になかなか眠ることができなかった。
そして、夜6時になると夕食だ。昼食と同様にメニューは選ぶことができず、基本として病院から出されるものを食べることになる。
夕食が済むと、夜8時からまた看護師さんが二人ペアで定期の診察にやってくる。いつも僕は事前に体温を測っておいた。そして、朝、昼と同様に、血圧を測定し、必要があれば体温の測定が指示され、そして問診が行われる。
消灯は夜10時だ。夜10時になると、看護師さんがまわってくる。だが、僕は特別な病室で、それゆえ個室だったので、夜10時を過ぎて起きていても看護師さんに消灯時間を注意されるようなことはなかった。
さて、消灯が夜10時ということは、夜10時からは誰も病室に来ないのでゆっくりと眠れることになる・・はずだ。僕も最初はそう思っていた。しかし、現実はそうではなかったのだ。
夜10時から朝の6時まで、夜間は2時間おきに病室に看護師さんが巡回してくるのだ。この巡回のときに、毎回、看護師さんは持っているペンライトの光を僕の顔(特に眼)に当てるのだった。そして、看護師さんたちは寝ている僕の様子を仔細に観察するのだ。
僕にはこれがきつかった。
ぐっすり眠っているところに、いきなりペンライトを眼に当てられる。まぶしくて、僕はその都度、眼が覚めて飛び起きてしまった。
そして、2時間おきにこれが繰り返されるのだ。僕は2時間寝ては起こされ、また2時間うとうとしては起こされ・・というわけで、すっかり寝不足になってしまったというわけだ。
そこで、あるとき、朝11時から困ったことがないかを聞きにくる看護師さんたちにこんなお願いをしたのだ。
「夜、寝ているときに、2時間ごとに看護師さんがやってきて、眼にペンライトを当てられるんです。あれがまぶしくて、いつも目が覚めてしまうんです。何とかならないでしょうか?」
すると、二人でやってきた看護師さんのベテランの方がこう言ってくれた。
「そうですか? ペンライトで顔を照らされると目が覚めますか? それは眠れませんねえ。そうですねえ・・それでは、なんとかできないか、ナースステーションで相談してみましょう」
そして、看護師さんたちはナースステーションに戻っていった。
翌日、朝11時から同じ看護師さんたちが僕の病室に来てくれた。ベテランの看護師さんが言った。
「昨日のペンライトの件ですが、ナースステーションでも上司に相談してみたんですが・・やっぱり、ペンライトを顔に当てるのを止めることはできないという結論になりました」
それから、看護師さんたちは言いにくそうにしていたが、思い切ったというように口を開いた。
「実はペンライトは眼に当てているんではなく、口と鼻に当てているんです。そして、呼吸をしているかを見ているんです・・・・言いにくいんですが、夜、寝ている間に亡くなる方もいらっしゃるんで、あなたが亡くなっていないかをチェックしているんです。このため、ペンライトを顔に当てることは申し訳ないですが、止めるわけにはいかないんです」
僕は驚いた。
そうだったのか。あれは、僕が死んでいないかをチェックしていたのか。
APL(急性前骨髄性白血病)になっても、僕自身は比較的元気に過ごしてきたつもりだった。しかし、看護師さんたちは夜に僕が死んでいないかをチェックしていたのだ。
やはり、APL(急性前骨髄性白血病)はそういう厳しい病気だったのだ。
ここは病院だから仕方がない。僕はそう思った。
おそらく看護師さんたちは、誰が入院していても同じことをしているんだ。ペンライトで僕だけ死んでいないか確認しているのではないのだ。入院している人すべてに対してペンライトで死亡の有無を確認しているんだ。
それは良くわかっていた。分かっていたが、僕はやはり『死』というものを強く意識せざるを得なかった。
『死』はいつも僕と隣り合わせなんだ。
僕は思わず背筋を震わせた。闘病の厳しい現実を垣間見せられたような気がした。
こうして眠れない病院の長い一日が終わり、次の一日が始まるのだ。(つづく)
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