第6話 闘病開始
X月X日
いよいよ入院する日だ。結局、昨夜はあまりよく眠ることができなかった。僕は妻と簡単な入院セットを持って、大学病院に行った。医師は僕の順番を朝一番にしてくれていた。中待合室で待っていると、ほどなく名前を呼ばれた。診察室の中に入ると、昨日の医師が待っていた。椅子に座ると、医師が一枚の写真を僕に見せてくれた。
「これが昨日の骨髄液の検査結果です。・・この写真の白血球を見てください」
電子顕微鏡写真だった。そこには白い丸いものがいくつか映っていた。白い球形なので、拡大された白血球だと分かった。中央にある白血球の下半分が崩れて、長い足のようなものが何本も出ていた。
「白血球がこのような形になるのが急性前骨髄性白血病の特徴なんです」
僕は昨日インターネットで調べた中に、急性前骨髄性白血病のことをAPLと呼んでいる記事があったのを思い出した。急性前骨髄性白血病というのはいかにも長ったらしくて言いにくい。APLの方が簡単だ。
「先生、急性前骨髄性白血病というとAPLのことですか?」
「ああ、そうです。私たちは普通APLと呼んでいます」
「インターネットで調べたんですが、APLというのは発症の原因がまだ分かっていないと書かれていましたが・・」
「ええ、そうです。ストレスで発症するとか、いろいろな説がありますが、まだ、現代の医学では原因は解明されていません。ストレス説も有力なのですが、たとえば赤ちゃんでもAPLにかかるのです。もちろん、赤ちゃんでもストレスを受けますが、赤ちゃんにAPLになるほどのストレスがかかるのかとなると・・誰も分からないのです。ところで、昨日も伺いましたが、3カ月前の血液検査では白血球は正常値でしたね。それから今日までの3カ月間に白血病を発症した原因があると思われるのですが、何か思い当たることはありませんでしたか?」
僕はもう一度考えてみたが、思い当たることはなかった。僕は昨日と同じことを口にした。
「その3カ月間には、特に身体の異常はなかったのですが・・」
「そうですか・・それで、今日入院していただく病院ですが、ここから歩いて10分ほどです。僕の大学時代の友人が血液内科の医師をしていますので、彼が主治医になります。これから、すぐに向かってください」
医師は紹介状を書いてくれていた。僕と妻はその紹介状を持って大学病院を出た。医師に言われたように歩いて行くと、しばらくして大きな病院が現われた。中に入ると、まず通常の診察を受けてくださいということで、採血した後で血液内科の診察室に行った。
診察室に入ると、白衣を着た中年の医師がいた。医師は岸根(仮名)と名乗った。僕は椅子に座り、紹介状を出した。岸根医師は紹介状を読み始めたが、あることに気づいて僕を見た。
「あれっ、今日はあなたの誕生日ですか?」
「ええ、そうです。僕の誕生日です」
岸根医師が吹き出した。
「誕生日に入院ですか。何ということでしょうか。そういう人はめずらしいですね」
僕も妻も岸根医師と一緒に笑った。それで、堅苦しかった雰囲気が一気にほぐれた。それから、岸根医師が今後の治療について説明してくれた。
「これから、約1カ月の治療を4回受けていただくことになります。最初の1回は薬を飲んでいるだけです。後の3回は抗がん剤の点滴をします。それから、誠に申し訳ないんですが、保険の関係で1カ月ごとに一旦ご自宅に戻っていただくことになります。大体の人が一旦ご自宅に戻って、ご自宅で1週間ぐらい過ごされてから、また入院されています」
それから、僕は妻と看護師さんに伴われて病室に行った。8階の803号室だった。803号室に入ると、女性のヘルパーさんがベッドメーキングをしてくれていた。そのヘルパーさんが僕にいきなり声を掛けてきた。
「第何クールですか?」
クール? クールとは何だろう。僕は意味がよく分からなかった。仕方なく、僕は答えた。
「えーと。今日、初めて入院したものなんですが・・」
それで話が通じたようだった。ヘルパーのおばさんは「そうですか」と言って、部屋を出て行った。
妻が帰ると、僕は病室で一人になった。急に寂しさを感じた。(つづく)
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