第3話 えっ、白血病? 3
診察室に入ると、40代と思える中年の男性医師がいた。やさしそうな人だ。良かった。僕は安堵した。僕は気難しい人は苦手だ。誰しもがそうだと思うが、お医者さんは絶対にやさしい人がいい。
医師はすでに紹介状を読んでくれていた。僕は医師に「先日、白血球の数が減少しているという血液検査の結果をもらった」といういきさつを話した。話の中で僕は自覚症状は何もないということを無意識に強調していた。少しでも希望の持てる話や何でもないんだという話をしたかったのだ。そんな話をしても気休めにしかならないことはわかっていたが、僕はそうせずにはおれなかった。僕の頭の中で、得てして深刻になりそうな事態を少しでも安心する方向に持っていこうという気持ちが働いていた。少しでも安心できる場所に自分を置いておきたかった。こんなに騒いでいるが実は何でもなかったんだという結末に持っていきたかった。
医師は難しい顔をして黙って僕の話を聞いていた。
ひととおり話を聞いた後で、医師は「実は・・」と言って、一枚の紙を僕に見せてくれた。
今日、僕は大学病院にきたときに、受付で言われて検査のための血液を採取してもらっていた。1時間ぐらいで検査結果がでるという話だった。それから、僕は待合室に向かったのだ。医師が僕に見せてくれたのは、今日の僕の血液検査の結果だった。医師が言った。
「今日の血液検査の結果ですが・・残念ですが、白血球の数が前よりも少しではありますが・・さらに減少しています」
僕は衝撃を受けた。なんだかハンマーで頭を殴られたような気がした。僕は今まで健康で、これといった病気にはかかったことがなかった。先日の検査で白血球の数が少なかったのは、機械の誤差か何かだろうと考えていた。今日、大学病院でもう一度検査すれば、きっと正常な数値がでるものとばかり思っていた。しかし、大学病院の検査でも同じ結果が出るとは! それも、前よりも悪くなっているとは! こんなはずじゃなかったという気持ちとやはりそうだったのかという気持ちが僕の胸の中を飛び交った。僕は恐る恐る聞いた。
「先生、その結果は何か大きな病気を表しているんでしょうか?」
「さあ、それですが・・これだけでは分かりません。3カ月前の血液検査では白血球は正常値ですね。この3カ月の間が非常に重要なのですが、この3カ月間に何かありましたか?」
僕には思いつくことは特になかった。僕は自覚症状は何もないことを繰り返した。
「いえ、さっきお話しましたように、特に病気になったり、体調が悪かったりといったことは何もありませんでした。普通にいつもと変わらない生活を送っていましたが・・先生、血液中の白血球というのは3カ月といった短期間でも大きく減少したりするものなんでしょうか?」
僕の質問に医師は「うーん」と
「そうですか・・それでは、検査のために骨髄液を調べてみましょう。血液は骨髄で造られますので、何か異常があったら骨髄液に異常が現れるんですよ。
骨髄穿刺検査! さっきのおじいさんが説明を受けていた検査だ。よりによって、あの検査とは・・僕の頭に、背骨に針が突き刺さる映像が浮かんだ。僕の眼の前が真っ暗になった。身体から血の気が引いていくように感じた。怖いと思った。
医師はそんな僕の気持ちにお構いなく続けた。
「では、いまからすぐに検査をしましょう」
えっ、いまから・・・・。さっきのおじいさんは明日だったが、僕はいますぐなのか? それだけ僕の方が重篤ということなのか?
事態の突然の進展に僕の頭がまるでついていかなかった。僕の頭の中の思考は乱れに乱れた。僕は混乱した。
女性の看護師さんが僕を別室に連れて行った。そこで、僕はさっきのおじいさんと同じ説明を受けた。僕は上の空で説明を聞いていた。最後に検査に同意する書類に署名させられた。
それから、看護師さんは僕をさらに別の部屋に連れて行った。僕は呆然と看護師さんについていった。その部屋の入口には「処置室」と書かれた表示が出ていた。部屋の中には黒いビニール張りの簡単な組み立てベッドが置いてあった。僕はこれから殺処分される家畜を連想した。
僕は看護師さんに言われるままに、ベッドに上がってうつぶせになった。(つづく)
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