悠々ちゃんはやさしくない

「いらっしゃいませえ~」


悠々ちゃんの間延びした来店歓迎ボイスに多少癒やされはしたけれど、純真な私の心に纏わり付いたは油汚れ並みにしつこい汚れなのだ拭われるわけがない。


「あの、店長は多分しばらく帰ってこないと思うんで・・・」

「そういえば店長帰ってこないですねえ。」


セリフに多少の不機嫌さを含ませてみたけれど、当然悠々ちゃんには通じなかったみたい。ケロッとした顔で『店長いないのに今気が付きましたあ』みたいな顔だ。

肝が座っているというか図太いというか、この子すごいな。全然動じない。

大事なことだから二回言ってみたりしたら『店長?いてもいなくても別に変わりはないんで。』とでも言い出しそうな感じでせっせと閉店準備をのんびり進めている※マイペース


入り口で立ち尽くしてるのも何だから、お気に入りのカウンター席に座ったわけだけど、ラストオーダーの時間までちょっと時間があるのに注文聞いてくる気配が微塵もない。普通注文聞くでしょう。もっと言えば、小娘とは言え常連客※自称が店長のことをわざわざ伝えに戻ってきてくれたわけですよ。『わあっ、わざわざありがとうございます!何か飲みますか?いえいえサービスですよ!』くらいのことを言ってもいいんじゃないかなと思うわけですよ。もし私が悠々ちゃんで悠々ちゃんが私だったら私は間違いなくそれくらいのことはしますね。間違いなくします。

解せぬ感から生まれた不機嫌さはまだちょっと収まりそうにない。


まあ、『店長がいないのに今気がついた』と言われても、実際そうかもしれないと思ってしまうだけの理由はある。三日月は純喫茶?※違うだから軽食は出しててもガッツリした食べ物は置いてないし、アルコールも出していないからおつまみみたいなものも置いてない。だから、帰宅ラッシュのほんの初めの頃は待ち合わせとか飲みに行く前の時間調整とかで一瞬混み合うけれど、時間が経つにつれてどんどんどんどんお客さんはまばらになるのだ。

閉店時間間際なのもあるけど、今現在この瞬間だってお店の中には私と悠々ちゃん二人だけだ。

要するにピーク過ぎたら暇極まりない店なのだ。


夜のお客をターゲットにしてちょろっと工夫すれば、立地が立地だしお客もすっごく増えると思うんだ。

お酒置くとか、枝豆とかフライドポテトとかオニオンリングとか簡単なおつまみを出すとか、店員さんの服の露出度を少し上げるとか、そういうお酒好きな人が帰りに振らっと寄って『今日はガッツリ飲む気分じゃないから軽くでいいかあ』って帰宅するまでの少しの時間を潰せるような場所を提供するみたいな感じで。家にすぐ帰りたくない社会人って結構いるんでしょ?よく知らんけど。

でも、自分含めて元々来てるお客さんたちはそういうの望んでないだろうから客層は変わっちゃうかな。それは悲しい。

第一、もし悪質な酔っ払いが出現した場合にヘタレ店長がうまく対応できるとはとてもじゃないけど思えない。

店長もそういうの自覚してるからお酒置かないのかな?


「あの、悠々さん、何か手伝いましょうか・・・?」


カウンター席に座ってしまった手前、『じゃ、帰ります』とは言えない。私はね。

待ってても何も出てきそうにないし、頬杖ついてお店の片付けする悠々ちゃんをぼんやり眺めてるだけというのもなんかちょっと違う。気遣いのできる私は閉店準備の助勢を申し出たのだった。


「あ、もうすぐ終わるんで~大丈夫ですよ~」

「あっ、はい。」


笑顔で断られてしまった。

うう、こんなことなら席に座らず店長のこと伝えるだけですぐ帰ればよかった・・・

何か(カフェオレとか売れ残りのケーキとか)がもらえるんじゃないかと期待していたわけじゃない。いや、本当はちょっと期待していたけど。


にしても、さっきの路地裏での事件は一体何だったんだろう。

あのドロドロのスライヌは一体何だったんだろう。

助けてくれた女の子は一体何だったんだろう。

スライヌ担いで行ったおじさんも一体何だったんだろう。

それについて行った店長も。以下略。


ふーむ・・・女子大生らしからぬ眉間にシワを寄せたしかめっ面で、いろいろ整理を試みても事象のひとつひとつがデタラメ非常識なことばかりで手がつけられない。

最初のスライヌにしてもあれは絶対に普通の生き物じゃなくてファンタジーな存在で、それを制した女の子にしてもいわゆるひとつの魔法みたいなことができちゃうファンタジーな存在で。

そもそもブルマ要求してきたおじさんも、これまたファンタジーだ。

っていうか、考えてみたらあのおじさんがすべての発端でしょ?

おじさんがブルマがどうたらこうたら意味不明なことを言ってこなければ、というか私とここで接触しなければ私の帰宅時間もずれたわけで、そうすればあのスライヌにも遭遇しなかったわけ。スライヌに遭遇しなければあの女の子にも遭遇しなかったし、ファンタジックな一連の出来事にも遭遇しなかったわけ。


いや、ちょっと待て。

仮にスライヌに遭遇したとしても、あっちにはたぶん敵意がなかったわけ。

すれ違って終わり、になるはずのところを酔っ払い二人が大声上げて絡んできたからその後の危機と女の子が訪れたわけで・・・


「あのお」

「あっ、はい!」


びくんっ!と跳ねるように(実際多分ちょっと跳ねた)顔を上げる私の顔のすぐ横には悠々ちゃんの心配そうなとろんとしたお顔があった。かわいいなほんと。

ごちゃごちゃ考えていたとこに浴びせられた間延びボイスはちょっとクセになっちゃうかもしれない。ぞくぞくお肌のお毛々が立っちゃってる。何言ってるんだ。

顔が赤くなってるのがわかる。思わず目をそらしてしまうです。


「片付け終わったので~」

「あ、お疲れ様です・・・」

「なんか難しい顔してましたけどお、大丈夫ですかあ?」

「だ、だいじょうぶです。ちょっと考えごとしてただけで・・・」

「よかった~。具合悪いのかなあ~って思っちゃいました。」

「えへへ・・・」


そらした目でちょろっとよく見たら悠々ちゃん私服だ。私服も可愛いな。

大きめのたぽたぽのシンプルなシャツに太めのおズボン。もっとカワイイ感じの服着るのかなと思ってたけど、これもすっごく悠々ちゃんっぽいユルさだ。


不意に悠々ちゃんが後ろでまとめてあった髪を下ろした。

ふんわりと肩にかかる髪の毛に押されたら空気から、なんかすっごくいい匂い。

顔を赤らめて目をそらしてる私が不思議だったのか、悠々ちゃんがちょっと困ったような笑顔でこっちを見てる。


「お客さん、お名前なんでしたっけ・・・?」


えっ。

悠々ちゃんが困った笑顔を維持しながら、ずいっとその顔を私の方に近づけてくる。

びっくりして一瞬バッチリ目があってしまったのでまじやばいと緊急視線回避したけど、えっ・・・、これはいったい・・・?


「えっ、と。」

「お客さんはわたしの名前知ってるのに、わたしはお客さんのお名前知らないなあ~、と思って。」


グイグイ来る。

そっち直視できないからよくわかんないけど、視線が私の顔を覗き込んできてるのがわかるまじで!まずい!お手々がぬるぬるだ!スカートの間にはさもう!

違う!!!!!

えっ?えっえっ?

あっ、そうか!さっきお手伝い申し出た時に『悠々さん』って言っちゃった!

えっ?でもどういう?この雰囲気どういうことなのだ?

私、女の子なんだけど・・・


間 一花はざま いちか・・・」

「カワイイお名前ですね~!」

「ど、どうも・・・」


悠々ちゃんにっこり。私も顔真っ赤の汗笑顔。

私どうなっちゃうんだろう?もしかして悠々ちゃんにあんなことやこんなことされちゃうの?ちょっとまって欲しい!!!!準備いろいろ必要!!!!


「いっかちゃん、じゃあ、わたし帰りますね~」

「えっ。」


真っ赤な顔で目が点ぽかんと笑顔のお口で頭はてな。


「じゃあ~」


私に向かってにっこり手を降って、スムーズに店を出ていく悠々ちゃん。

頭はてな。


「え?」


時計は午後10時15分。もう外の通路にも人影はほぼない。

しん、と静まり返った三日月お店の中に、店員ゆゆちゃんはいない。

お客は一人になった。

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-私とおじさん- 喫茶店でブルマ(持ってない)を求められたと思ったら違う世界とのいざこざに巻き込まれてしまっていたんだけど。 ななないなない @nintan-nintan

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