やさしいおじさん

「へあっ!?」

女の子にビギャン!!!!されたスライヌがビギャン!!!!となる光景にビギャン!!!!した張本人の女の子が両手のひらを前に向けた典型的なびっくりポーズで素頓狂な声をあげる。


女の子「ちょっ、おま」

店長「あ゛――――――――――――ッ!」

おじさん「い゛ぬ゛――――――――――――ッ!」

私「ひどい!」


続けて何かを言おうとしていた女の子を押しのけて、スライヌを襲った衝撃的な悲劇に打ちのめされた三人の悲痛な叫びが外套2つに照らされた夜道に響き渡った。

ちょっとまじでこれは引いてしまう・・・

スライヌはもう電撃(打撃音)連発されてもうヨロヨロだったわけだし・・・

しかも、雰囲気的に『見逃してあげましょう。早くお行きなさい。』みたいな雰囲気だったわけだからスライヌの気も緩んでいたはずなのに・・・そこに不意打ち的にビギャン!!!!の不意打ちはひどい。いや、贔屓目に見てもひどい。

いくら可愛いからって何やってもいいということにはならないと思う。


女の子は自分がビギャン!!!!で戦闘不能のスライヌにオーバーキル攻撃したのになんだかおろおろしてる・・・?

倒れ込んだスライヌに駆け寄るおじさん二人に押し退けられてフラフラしてるし、お目々をパチクリ白黒させて、さっき私を守ってくれていた時の凛々しい横顔とは似ても似つかないあわあわした表情だ。でも、この子本当に可愛いなあ。さっきのキリッとしたお顔も素敵だったけど、今の年相応のあわあわ顔も甲乙つけがたい素敵なお顔。見てるだけで私もお顔がほころんでしまいます。ふひひ・・・。私は女だよ。そういう意味の可愛いじゃなくて、愛玩動物というかウサギとかカメとかそういう小動物に抱く慈しみの念からくる愛慕の情というか?いやまあ、そういう感情もあるかもしれないですけどいや違うだろ私!!!!


ここは!

ここは絶体絶命のピンチから救ってもらった身ではあるけれども、年上(たぶん)のお姉さんとして一言ビシッ!と物申しておかなければならない!!!!

あわあわしてる今のこの子になら私だって勝てる!!!!!

普段気の強い子はこういう突発的なイベントに遭遇すると、麺クラッチショックで虚勢が剥げて本性が出る!!!!


『麺クラッチショック』ってなんだ?『面食らったショック』のことだよそれくらい察してください!!!!続けますよ!!!!


とにかく、本性(弱い。たぶん。)を晒してる時に乗じて強気で攻めるが吉だって何かで読んだことがある!!!!

衆を以て寡を制し、強きを以って弱きを討つは兵法の極意だと教養科目で採った講義で聞いたことがある勉強しといてよかった!!!!

行くぞ!!!!私!!!!ビシッと!!!!


「あ、あのう・・・」


おわおわしてる女の子におどおど話しかける私。

ビシッ!と一言言うなんてできるか。陰キャコミュ障舐めんな。

だいたい、不測の事態に一生懸命貼ってた虚勢が剥げたのに乗じて叱るなんてよくない。卑怯です。私は卑怯者となそしられるのはごめんです。


「な、なに・・・?」


おどおど話しかけた私にもビクッとなってる女の子。

この子、本当は相当なチキンだな。私に優るとも劣らないレベルの気弱な子なのかもしれない。同じ気弱同士なら長く生きてる方に利があるはず。だって長く生きてるんだから。


「あの、犬は・・・、もう許して見逃してあげた方が・・・」

「いや、見逃してあげるつもりだったんだけど・・・」

「あの」

「あのね」

「あっ」

「あっ」

「あはは、どうぞ・・・」

「い、いやそっちからどうぞ・・・」


顔を見合わせながら、引きつった笑顔でもごもご口ごもる私と女の子。

これはイケナイ・・・。言葉が出てこない。

素になった女の子の気弱レベルを見誤っていた。

私も私自身の気弱レベルを見誤っていたわけだけれども・・・

敵を知り己を知れば百戦危うからず、敵を知りて己を知らざれば勝敗半ばす。とはよく言ったもの・・・!


「えへへ・・・」

「へへ・・・」


あかん。えへらえへら汗笑顔で睨めっこしててもしょうがないから、当初の予定通り何かガツンと行って流れを変えないといけないんだけれどももう何を言おうとしてたのか忘れてしまった。

あっ、そうだ。スライヌ!

スライヌ大丈夫かな?

助けてあげた※あげてないんだからこの泥沼の状況から抜け出す足がかりになるくらいのことはしてくれてもいいはず。・・・とスライヌに目をやると、コミュ障二人※私と女の子がなんとか会話くらいは成立させてやろうと一生懸命ぐだぐだ不毛なやり取りしてる間に事態は急展開していた。


具体的に言うと、私たちが突き合わせていた苦笑いを阿吽の呼吸で同時にスライヌが倒れ込んでいた方に向けたその時、倒れ込んでいたところにスライヌはもういなくて、私たちの直ぐ側にスライヌをおんぶ(?)して担いだおじさんが立っていたのだ。


どういうことなのだ?


スライヌは結構な大きさに見えたけど、おじさんは力持ちなのかな?それともスライヌが見た目より軽いのか?とにかく、ヨロヨロとかしないでしっかり立っていて思わず感心してしまう。感心してまじまじ見るとおじさんの後ろには店長が立っていて、手を添えて支えてる。なんだっけ?変形騎馬戦みたいな感じでおじさん二人が馬になってスライヌを担いでいるのか。なるほど。改めて感心してしまいます。真顔で。


いや、どういうことなのだ?

おじさんたちはスライヌ担いでどうしようっていうのだ?


「あんたらそいつ担いでどうするつもりなんだよ!」


女の子が私の心の声をそのまま口に出してくれた。


「・・・こいつは自分の家で預かる。」


えっ?預かる?

おじさんの家に連れて行くってこと?飼うつもり?

スライヌは犬じゃないと思うんだけど、もしかしてまだ犬だと思ってるの?


「おっさんがそいつ家に連れて行ってどうするんだよ!飼うのか?わかってると思うけどそいつ犬じゃないんだぞ?」


女の子が私の心の声をそのまま口に出してくれた。(2回目)


「・・・放ってはおけないから。」

「少し弱ってるだけで、ほっとけば自分でどっか行くって・・・」

「いや、放ってはおけないよ。」

「ほっとけないからって、おっさん――」


女の子、おじさん相手だと元気よく喋るんだなあ。

もしかして私やっぱりやべー奴だと思われて警戒されてるんだろうか・・・?

それにつけても妙に眼光鋭くなってるおじさんがやたらかっこよく見える。女の子の説得にも「放ってはおけない」の一点張りでうむを言わせない感じだ。優しい。

最初に索敵した時もちょっとかっこいい感じだとは思ったけれど、このおじさん見た目だけはかっこいいな。だいぶ変な人なのは間違いないんだけけど。


「僕は運ぶのを手伝って行くんであとは任せてください。」


店長もおじさんの後ろで大人アピール(?)をする。

っていうか店長、お店は放っといて平気なのかな?悠々ちゃん一人で大変なんじゃないかと思うんだけど・・・

もしかして、これ私と女の子に『一緒についていくか』『お店に戻るか』みたいな選択肢を選ばせる場面ナノカ?まじか?っていうか、私無理にでも会話に参加した方がいいのか?この中に割り込める気がしないんだけど何言っていいのかわかんないし。


「あの私」

「勝手にしろ!どうなっても知らねーからな!」

「心配してくれてるのはわかる。ありがとう。」

「し、心配なんてしてねーし!」


意を決して、とりあえず「あの私」と参戦を試みたのにひどい・・・

会話が一段落してしまった。

しかも、決裂はしたみたいだけど女の子の説得におじさんやたら清々しい微笑みで「ありがとう」とか言ってるし。

言われた女の子は女の子でプイッと顔を背けて「心配なんてしてね―」とか言ってるくせに怒ってるのとは違う感じでちょっと顔赤くなってるし。

店長もそれを見てフフッて顔をしているし。


私は真顔だ。


「気をつけろよ。そいつたぶん適当になんかやれば食うから。」

「わかった。心配かけてすまんね。」

「御地さん!じゃ行きましょう!」


えっほ!えっほ!と時代劇の駕籠かきみたいな掛け声でスライヌ担いで去っていくおじさん二人。


「お姉さんも気をつけて帰んなよ。」


おじさん+スライヌがたちが角を曲がって見えなくなるのを見送った女の子は、少し照れたような顔でちょろっと私に手を振ると、ポッケに手を突っ込んで反対方向に歩いていった。


取り残された私は真顔だ。


なんなんだ。いったい。

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