Lesson.13
美咲を待たせまいとクレープを選んだはいいものの、彼女を置いて自分だけ食べるというのも流石にできずに美咲は頼りないクレープを手にしたまま一人席に座っている。
スマホを見て時間を潰したい気持ちもあるのだが、片手が埋まっていると鞄の中からスマホを取り出すのですら一苦労だ。それにそそっかしいことを美咲の次くらいに理解している自負のある紗月は、それを行動に移せば間違いなく零すことが容易く想像出来た。
目線と手のやり場に困り、結局行き交う人々を眺めながら折りたたまれた包み紙の先の方をいじる。
自然に、楽しそうに笑い合う人達の姿を見ながら今日過ごした時間をぼんやりと思い返していると、
「さつきー?どこ見てるの?」
美咲が少し笑いながら。その声音はとても柔らかい。
「え、ううん、先に食べるのは悪いかなって……待ってた、けど。」
思わず言葉も歯切れ悪くなってしまう。彼女の手には順番待ちの子機でもなく、定職が載ったトレーでもなく、クレープが握られていたから。
太るのが嫌だからと言ってあまり外でスイーツを食べないと言っていたたのに、どうして。
「え、そんなびっくりする~?こうして紗月と出かけられたんだもん、例外じゃない?それに、私だって紗月のこと待たせるの嫌だったしね。」
と朗らかに笑って正面の椅子に座る。
そのクレープはホイップクリームが山のようになっているのは紗月の物と一緒だが、主となるフルーツはブルーベリー。食べるものに似合う似合わないも無いと思うが、『美咲らしいな』と頷いてしまうようなチョイス。
「ふふ、いただきます。」
「いただきま~す。」
美咲の声に釣られるように紗月も頂きますを口にし、クレープに小さく齧りつく。
甘いホイップクリームとチョコレート、薄い生地に甘酸っぱいというか酸っぱさの強いイチゴ。
クリームの量があまりに多く、気を付けて食べていても口の周りについてしまうのを何となく感じる。ティッシュで拭おうかと考えたが、どうせこの後もまた汚れるのならと思いそのまま食べ続けた。
正面の美咲は若干物珍しそうな表情をしながらクレープを食べている。きっと口ぶり的にもほとんど食べたことがないであろうに食べ方はとても綺麗。
こんな細やかなところにもスペックの違いのようなものを感じて切ないような気持ちになる。
自分磨きを頑張ってみようと意気込んでみたけれど、やはりそんな短期間で変われるものでもなんでもなくて、隣に並べるようになる日なんて来ないんじゃないか、と。
今日の自分の思考回路がどうにも後ろ向きなのは百も承知だが、そう考え始めてしまうとやはりまとまらないし止まらない。
ぐちゃぐちゃになっていく感情が決壊しそうになって、目から涙が零れそうになる。
それを堪えようと、再度クレープに大きく齧りつく。暴力的なくらいの甘さに頭がクラクラしてくるような気さえする。
「ん?紗月、どうかした?」
そんなに分かりやすく顔色が悪かったのだろうか?思わずそんな風に邪推してしまう。良くないことだとは分かっているのに。
「ううん、大丈夫だよ!クレープ久しぶりに食べたけど、美味しいな~みたいな?」
上手く笑えている?いつも通り?と頭に疑問が渦巻く。美咲と二人きりで過ごす時間。もっと大切にしたいし、楽しく過ごしたいのにどうしてこんなに自己嫌悪でいっぱいになってしまうのだろうか。
「ふふ、そうだね。私は食べたのが十年ぶり……とかだと思うんだけど、こんなに美味しいなら今まで食べてないのが勿体なかったかも。」
とえへへ、といったような表情を浮かべる。今日一日、美咲はいつも楽しそうな笑顔だ。紗月の服を選ぶという名目だったはずなのに、本人以上に楽しそうな様子。
普段なら何とも思わない言動の一つ一つが引っかかってしまい、ますますそんな自分が嫌になる。
どうしてこんなに彼女に引っかかってしまうのか、理由は本当は分かっていた。
きっと、コンプレックス。いつも一緒に居て、何でもできる彼女の隣にいると自分がとても無価値な人間に思えてしまっていた。
それを変えたいという気持ちで慣れないことに挑戦してみた。それでどれくらいの変化がもたらされたのかがわからなくて、余計に不安になってしまっただけ。
思わず俯いて唇を軽く噛む。いつものあたしで居られるようにと自己暗示をかける。
少し経って顔を上げると、美咲は不思議そうな目でこちらを見ていた。その間も手中のクレープは減っていく。
それを持っている手指は冬でも滑らかで、とても華奢。
彼女の手指を眺めながら紗月もチョコソースのかかったイチゴを咀嚼していると、その細い指がこちらに向かって伸びてくる。
えっという声を発するよりも前に指が紗月の唇に触れた。そのままその指は唇を少し這い、今度は彼女の口の中に運ばれる。
「紗月、クリーム付いてたよ?…………………それで。今日一日様子がおかしかった理由、聞かせて貰えるかな?」
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