Lesson,12
美咲に連れられた大きなショッピングモール。多くの人が行き交い、多くの音で溢れていた。
体をぴったり密着させながら歩くカップル、大きな声で笑い声をあげる友人連れ、荷物の積み上がったカートを押して歩く家族連れ。
そんな人込みの中を美咲と手を繋いだまま歩く紗月。すれ違ったカップルの手が固く結ばれているのを見て、自分たちの手にも目を落とす。
2人の指と指は一本ずつが絡み合っている、いわゆる『恋人繋ぎ』。同性の友人同士なのにこんなカップルみたいなことをして誤解をされないだろうか、なんて疑問が頭をかすめた。
そんな紗月の不安めいた感情が表情に現れていたのか、美咲は明るい声を掛ける。
「紗月、まずは服見ない?疲れずに回るのにぴったりな回り方があるの。」
「ほんと?あたしは美咲にお任せするよ?」
「仰せの通りに、なんてね~。私がよく買うお店だから、もしかしたら紗月の好みには合わないかもしれないけど。」
眉を下げながら言う美咲。その足取りは確かで目当ての店に真っすぐと向かっている。
連れられた先は美咲が好んできている『清楚』というような服が沢山ディスプレイされていた。薄いピンクや白などの淡い色を中心として、丈の長い服が中心になっていて大人っぽい可愛い服が多い。
「紗月が着たい服を着るのが一番なんだけど、やっぱりどういうものが良いのか見てもらうのが最初かなって。」
美咲はそう言いながら服を何枚か探し、ハンガーを手に取った。
ブラウンのロングスカート、白のニットや薄い黄色のブラウス。
勧められた服たちはどれも魅力的で可愛らしいものだけれど、とてもじゃないけれど付け焼刃の外見の紗月がおいそれと着れるようなものではないような気がした。
美咲は何枚か服を手に取り、それを紗月に渡す。躊躇いがちな手つきでそれを受け取って鏡の前で自分に合わせる。
今着ている服がニットにジーパンというシンプルな格好であるため、お洒落なアイテムを一つだけ合わせるとちぐはぐな印象を受けた。
鏡に映る自分は何とも言えない『違う』感じがしてピンとこない。何となく首をかしげると、そんな紗月を見て美咲もうなり声を出す。
「なんか違う感じだね~?」
「やっぱ美咲もそう思う?違和感、じゃないけど。」
せっかく紹介してくれたのに、という罪悪感や負い目のようなものを感じながら。
気を悪くしないかと不安になり、彼女のリアクションを伺いながら続けるが美咲は気にしていなさそうなさっぱりとした表情を向けてくれた。
「まぁそんな気はしてたし、次のお店行こうか?次は紗月に似合いそうなストリートファッションのお店とかどう?」
そういいながら再度歩き出す美咲。店内で一度手は離れたけれど、その時自然に紗月の手を絡め取った。
そして何かを確かめるようにギュッと一度強く握り、普段通りに歩き続ける。
手を握ること自体は幼いころから何度もやっていたため今更何とも思わない、はずだった。
幼少期にしていた手の握り方はこんなふうな指の絡め方はしなかった。あくまでも普通で、一般的な手のつなぎ方。しかし今美咲としているのは恋人同士がやるような繋ぎ方。
人が多くてはぐれないように、という理由ならばこのようなつなぎ方をする必要性はないはずだ。
そもそも中学に入ってからはめっきり手を繋ぐこともなくなったのに、どうして突然?という戸惑いがここにきて初めて生まれる。
そして同時に、『恋人と勘違いされたらどうしよう』という不安も首を擡げる。
胸の内をグルグルと回り出す、形容しがたいグレー色の感情。その正体が何なのか、それが何なのか何一つとして分からず、引っ張られるような形で美咲についていく。
美咲に勧められた店に入り、勧められた服を見て、試着してみたらと言われた服を試着し、似合っていると言われた服を数枚買った。
具体的な会話や、楽しかったと思えるようなひと時はぱっと出てこない。
それは紗月が上の空で別のことを考えていたせい。勿論分かっていたが、あんなに楽しみにして準備もしたというのに無為な時間を過ごしてしまっていることに溜まらなく自己嫌悪が募っていく。
そのようにしてお昼過ぎになり、フードコートへ入る。
昼時を過ぎたというのに休日のフードコートは席が埋まっていて、どこの店にも行列ができている。
沢山の人が往来する中を美咲に手を引かれながら歩き、たまたま開いた二人掛けの席に腰を下ろした。
美咲に引っ張られて歩いていた自分は、まるで母に連れられる娘のよう。付き合っているように見えるかも、だなんてことの前に自分が全く成長していないことに嫌気が差した。
「じゃあ紗月、私ここで待ってるから何かお昼買ってきたら?」
「いいの?……じゃああたし、行ってくるね。出来る限り早く帰ってくるから。」
向かい合って座ってはいいものの、どこか気まずい雰囲気が漂っていたところに美咲が助け舟を出す。
譲り合いをしようとしてもこういう時の美咲は絶対に折れないことを知っている為、大人しく言葉に甘えて財布と携帯を持って席を立つ。
十割自分に非があるとはいえ一刻も早く戻りたいという気持ちは嘘偽りのない本心だ。
出来る限り列の短い店はどこだろうと早歩きで一周すると、一番人の少ないのはクレープやタピオカ飲料が売っている店。
昼にこれを食べるのは…と思いつつ、明るく色鮮やかな食品サンプルを眺めて注文する。
笑顔の店員さんからイチゴとチョコレート、ホイップクリームの山のようなクレープを受け取って席に戻る。
「紗月、ほんとに?」
分かってはいたが目を真ん丸にして驚きながらも、彼女も自分の分の昼食を買いに席を立つのだった。
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