第19話 Emergency alert② 〜Boys, be ambitious!〜

 ……ハァハァ


 小高い丘の上に息を殺して……、失礼、殺しきれていない男たちがいた。2人の男、大黒真琴と滝川一世は眼前に広がるユートピアを、それぞれの望遠カメラで覗き込みながら冷静にシャッターを押し続けていた。シャッター音は無論無音である。


「大黒くん、僕は夢の中にいるのかな? こんなことがあって良いのかな? 生命の神秘を記そうと思う。ここに僕の全てを残そうと思うんだけど、どうかな?」


 そう言う滝川の頬を一筋の涙が流れる。


「師匠、今日は俺たち死ぬほど頑張りました。少しくらい、ほんの少しくらい報われたって罰は当たりませんよ。できればその著書に俺も連名で入れててください。」


 真琴も目元に涙を浮かべながら返答した。

 

 会話はもはやこの男たちにとっては無粋でしかなかった。まるで獲物を狩る狩人のように息を潜め(鼻息はものすごいが)、その眼光は鋭く(口角は垂れ下がり涎が出ているが)、冷静に淡々と(情熱と冷静さは紙一重とのこと)フォーカスを合わせていく。眼前に広がる桃源郷、たわわな桃を必死で撮影しようとするがなかなか湯気のせいでフォーカスが合わない。


「大黒くん、僕は、僕はね、大志を抱きたいんだ。それは金銭なんかじゃなくて、名声 という空しいものでもない。人間として当然そなえていなければならぬあらゆることを成しとげるために大志を持ちたいんだ」


 滝川は涙で霞むフィルターを覗きながら絞り出すような声で呟いた。


「師匠、毎日ミルクを飲むだけで犯罪がなくなるって信じますか? 僕は信じますよ。世界はこんなんにも優しく、美しいのに……」


 真琴も鼻息で曇った液晶画面を見つめながら呟いた。世界の愛、平和を願う男たちの姿がそこにはあった。



 しかし、数分後…………



「くっ、ジェニー、君の力はそんなものじゃないはずだ! や、やってやる……やってやるぞ! 湯気がなんだ!」



 滝川は血走った目でフィルターを覗き込みながら一心不乱にレンズの倍率を調整している。


「動け、クリスティーナ……、なぜ動かん!」


 大黒真琴は湯気に隠された秘宝をどうにか見つけようと液晶画面の設定を細かく合わしている。


 レンズ越しにそれぞれのカメラに語りかける2人、湯気でなかなかピントが合わず最高の一枚が取れないでいた。2人の苛立ちが最高潮に達しようとしたその時であった。神風とはこのことか。一陣の風が彼らの背後から吹き、彼らを大いに悩ませていた湯気を一気に彼方へ追いやった。彼らはカッと目を見開きピントを即座に合わせる。目の前には大小多数の桃がなっている。


 滝川一成は主に上半身になっている2房の桃にフォーカスを合わせる。その間約0.09秒。大黒真琴は下半身のやや赤みを帯びている2房の桃にフォーカスを合わせる。その間約0.08秒。

 人の限界を超えた反応速度で2人は対応してみせた。シャッターに指をかけた瞬間に彼らの背後でけたたましい鳴き声が地下空間にこだました。


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