第17話 それぞれの戦い⑥ 〜三十六計逃げるに如かず〜

 堂島の拳が止まった瞬間に三久は一気に後方に跳躍し距離を取った。


 やれやれ、まさか彼らに借りを作るなんて……


 彼女は前方の堂島を見据えながら、そのはるか向こうに目を凝らす。

 生命力イーオンで強化された瞳は堂島後方約500m程の位置にキラリと光るレンズを捉えていた。


 いつもカメラについて講釈を垂れ流している彼の言葉を借りると

 程よい距離で最高のフォーカスを合わせることができる彼女カメラ、おそらくはジェニーで撮影したのだろう。カメラにクリスティーナやらミラやらだの女性の名前をつけているのを見て、頭が沸いている人なのかな、と内心感じていたが今、この場に関していえば最高の友人だと言わざる得なかった。


「滝川くんの電影術、それに、あれは……」


 止まった堂島の横から突っ込んでいく一筋の光を三久は視界の端で捉えていた。


「ワァオーン!」


 白い獣が堂島の首筋に鋭い牙を突き立てようとした瞬間、堂島の身体の束縛が解かれた。


「滝川か。それにこの精霊は大黒。人助けなんてあいつらにしては珍しいな、と。」


 そういうと横飛びでぎりぎり白い獣、アギトの必殺の一撃を避け、迎撃体制に移る堂島の背中に鈍い衝撃が走る。


「柊龍神流、激掌……っ!」


 気配を完全に絶った未虎優子の一撃が堂島の身体を吹き飛ばす。


「っつ! この短時間で回復したか。さすが橙山の回復術だな、と。」


 ギュル、と吹き飛ばされた堂島の眼が周囲を見渡す。その間大体0.5秒。即座に新しく参戦してきた生徒の位置を把握し、堂島はその一瞬で状況を分析した。


 まず、南西530mの位置に望遠スコープでこちらを伺っているのは滝川一世。おそらく手にしているのはメドックス社最高傑作のカメラRT-30、通称ジェニーであろう。こちらが止まったらいつでもシャッターを切れるように息を潜めている。


 そして東に見えるのが大黒真琴。少し冷や汗をかいている。おそらく精霊アギトを出すのに相当な生命力イーオンを消費しているのだろ。奴の一撃は俺でも危険だ。できれば触らずに処理したい。


 俺を吹きとばした未虎優子は今ので最後の力を使ったと見ていい。肩で息をして、片膝をついている。その横で罵声を浴びせながら治療しているのが橙山要。彼女も回復で手一杯という感じだ。今の状態なら脅威にはならない。


 戦力を確認した上で堂島が出した答えは、戦闘継続であった。くるくると回転しその反動で一気に真琴との距離をつめにかかる。


しかし彼は一番忘れてはいけないものを見落としていた。突如として彼の目の前に深紅の髪が飜った。居合の姿勢で右手を刀の鞘に置く赤羽三久の姿がそこにはあった。


「ハッ!」


 凛とする声とともに紅い刀身が一瞬の煌めきを放ち、鞘に収まる。


「デルタストーム、とでも名付けておきましょう。」


 キンッ、と刀を納める彼女の後ろで血飛沫をあげて堂島は崩れた。


「今だ! 四方より集て、八方を照らせ!」


 真琴の声に合わせて白い犬は堂島の前で爆ぜた。光が堂島を包み込む。彼が次に目を開けた時にはそこには荒れた大地だけが映っていた。


「やれやれ、アガられたな、と」


 いつの間にか真上に昇っていた太陽を見つめながらど、こか満足げに堂島猛は呟いた。

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