第11話 小戦④ 〜クチナワ戦・参〜

 アギトは血まみれになった体をブルブルと左右に振り、こびりついた血を払った。そして嬉しそうに真琴の方に帰ってきた。

 

 真琴は、アギトたち精霊と呼ばれている存在を使役し戦う。精霊は異形態とは違うの存在である。

 

 異形態は常に実体があり、人間に対して獰猛である。本能で人間を狩ることを覚えているかのように、どんなに離れていても執拗に追いかけてくる。

 

 それに対して、精霊のほとんどは実体で人間の前に現れることは少ない。粒子のような存在であり一定の場所にとどまり続けるという性質を持っている。

 

 もちろんタダで使役することはできず、契約するためには何個か踏まなくてはいけない手順はあるが、使いこなせれば非常に強力なものになる。しかし、召喚の際に多量の生命力イーオンを必要とするため日に何回も呼べないのが欠点であった。





 少し離れたところにいたもう1匹のクチナワは、絶命した1匹に近づきそれを丸呑みにした。基本的に異形態は共食いはしないとされているが、その死骸はもはや同族とは呼べないのだろう。


 丸呑みにしたクチナワは大きくゲップをすると、体がムクムクっと大きくなった。


 「大黒君、こいつやばそうだよ。なんだか分からないけど力を取り込んだみたいだ」


 滝川はカメラのファインダーで標的を捉えながら、背筋がピンとなるような緊張感を感じていた。


 「確かに、そうっすね。まともに戦ってたら生命力イーオンが保たないかもですね」


 「1匹倒して、回り込まれる心配はなくなったよね。あいつは今、お腹がパンパンでおそらく足も遅くなっているはず。戦ってやる必要は全くないよね」

 

 逃げの算段をすることにかけては、この学園内で滝川の右に出るものはいない。逃げるときの彼の状況判断はいつも的確であった。


 「さすがよく見てますね。師匠! アギトを出したんで、結構キツくなってきました。いつものやった後に、パターンAに移行しましょう!」


 パターンAとは、脇目も振らずとにかく逃げることである。

 

 そういうと真琴はアギトの顔をワシャワシャと撫でたあと、右手をかざしてクチナワの方に突っ込せた。突進していく大犬が、大蛇の2mほど手前でピタッと動きを止めた。


 「四方より集て、八方を照らせ!」

 

 真琴が叫ぶと、アギトの毛が逆立ち、天に向かって咆吼した。急速に、体に眩い光が集まっていく。


 「今っす、師匠!」

 

 それと同時に真琴たちは足に力を込め一気に後ろの樹海目指して走り出した。2人の後方で夜の暗がりが一瞬、昼に変わるほどの光と、耳が裂けるような轟音が周囲を巻き込んだ。光とともにアギトの姿は見えなくなっていた。


 光が収まった後、滝川はちらっと後ろを見た。ぼんやりとクチナワが大きな耳を地面に押し付けるようにもがき、その場で体をくねらせながら悶絶する姿を目の端に捉えた。目は退化したといえども、発達した耳であの爆音を聞いたのだ。おそらくすぐには復帰できまい。

 

 2人は樹海へと入り3kmくらい全力で走ったあと、大きな岩の下で夜を明かした。彼らが少しうとうとし出す頃、美しい朝焼けが彼らを称賛しているかのように樹海に差し込んだ。


 地獄の1日目が終了しようとしていた。


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