第9話 小戦②  〜クチナワ戦・壱〜

 草むらの奥が、ザザッと揺れる。真琴たちの身長ほどある雑草がに薙ぎ倒されていく。どうやら移動しているようだ。

 おそらくこちらには気がついている。そう思うと、真琴は焚き火を足で静かに消しながら滝川に指文字で合図を送った。

 

 う・ご・く・な

 

 滝川は気配を潜め暗闇に同化した。真琴も同時に気配を消し、闇に潜んだ。


 その瞬間に前方の草から、にゅっと人の顔が現れた。普通ならば、なんだ人かぁ〜、と安堵する場面であるがそうはいかなかった。

 なぜなら、その顔は地面から30cmの位置で瞬きひとつせず前方だけを見つめているからだ。さらに暗闇でもよく映えるような気味の悪い光沢を放っている。

 

 多分あれはクチナワだ。真琴はじっとその顔を見ながら、心の中で舌打ちした。

 

 クチナワは低級の異形態の中でも気性が荒く、知能が高いことで有名だった。コブラのような見た目をしているが、コブラヘッドの部分には人間の顔のような模様が描かれている。発行する皮膚のせいで、夜間に人間の顔模様だけが強調される。

 

 さらに人の呻き声のような独特の鳴き声をする。遠目からは、倒れかけた人が助けを求めてるように見えてしまい、うっかり近づいて捕食されてしまう被害者が後を絶たない。目は退化しているが、後方についている大きな耳が代わりに発達しており、周囲の音を聞き分け地面を這うように移動する。

 

 草むらからでた顔が、すっと地表2mほどの位置に移動したかと思うと、その後ろから爬虫類独特の艶めかしい光沢を帯びた黒い鱗に覆われた巨体がニュルニュルと這い出した。全長5mはあろうか。その奥から、さらにもう1匹のクチナワが出現した。


 2匹は巨体を揺らしながら大きな耳で周囲の音を拾っている。

 

 真琴たちは2人とも息を殺し、大蛇をみつめた。


 滝川は自分の心臓が、これほどまでに頻回に脈打つのを経験したことがなかった。圧倒的な捕食者の前には愛や友情、正論はいっさい通じないのだ。

 その空間にあるのは生か死、それだけだった。

 

 真琴は滝川に目くばせしたが、滝川は正面から目をそらすことができずにいた。滝川の額から一滴の汗が、頰をつたって落ちていくのを真琴は見逃さなかった。

 

 まずい……!


 真琴が指文字で合図を送るが、滝川は直立不動で正面の蛇を凝視している。次の瞬間、滝川の頬から一滴の汗が、ぽたっと地面に落ちた。

 

 瞬時に2つの顔模様が、真琴たちの方にぐるんと向いた。真琴は大蛇の顔の模様がニヤついたように見えた。


「師匠、来ます! 奴ら相当速い! やるしかないみたいです!」


 2人は後方にジャンプし、距離をとった。


「大黒君、ごめん……。僕のせいで……」


 滝川は涙目になりながら真琴に謝罪した。


「あれは誰でもビビります。しょうがないです。パターンCでいきましょう!」


 そいういと大黒真琴は右手の銀色のバングルに生命力イーオンを込めた。




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