戦闘学 1日目 小戦

第8話 小戦① 〜 緊張〜

 戦闘学の課外授業が始まって12時間、半日が経過した。

 樹海には秋の夕日が帯状に差し込み、気温が一気に冷えたせいだろうか、夕靄が立ち込め樹海内はいっそう外界とは隔絶された、異質な空間となっていた。

 

 大黒真琴、滝川一世はアトリウムと呼ばれる樹海中央に位置する高さ200m程度の構造物の近くの川辺で野営の準備を行っていた。予定通り夕暮れ前にはアトリウムに到着することができた2人は、これからのことについいて話し合っていた。


「師匠、予定通り到着できましたね。これからどうします?」


「そうだね……。僕たちの現在の脅威は教官連中と異形態の2つです。教官たちは昼間は広範囲に動き回って学生を攻撃するけど、夜間は僕たちと同じで野営をするから行動範囲は限られる。逆に異形態は夜に活発に行動する個体が多い。そのことを考えると、夜間は交互に起きて感知を行う方がいいと思うんだ」


滝川は川辺の石を円状に敷き詰め、焚き火の土台を作りながら真琴に提案した。


「そうしましょう。はこれから暴れ出しますから夜間こそ注意が必要ですね」


真琴は枯れ技を適当な長さで折りながら答えた。


 実際、日中ここに来る途中に何匹かの異形態に遭遇したが、どれも真琴たちに攻撃をしようと追ってはきたが、すぐに諦めてどこかへ去っていった。真琴たちの生命力イーオンがさほど高くないからかもしれないが、授業で聞くような苛烈で獰猛な印象は感じられなかった。しかし根源的な恐怖を学生に植え付けるのには十分であった。


 滝川は今回の授業で初めて異形態を見た。座学の授業で写真や教師の話を聞いて知識はあるのだが、実際に本物と遭遇するのは今回が初めてであった。

 最初に遭遇した犬のような異形態、真琴はガルムと呼んでいた、を見た瞬間体に緊張が走った。

 あたかも捕食者であるようなやつらの立ち振る舞いに、眠っていた生物としての死という感覚を叩き起こされたような衝撃が走った。真琴が冷静に逃走の指示を出していなければ、おそらく生物としての本能が殺られる前に殺れと命じていただろう。


「大黒君、今日は本当にありがとう。やっぱり異形態との戦闘経験が豊富な大黒君と一緒で良かったちよ。君がいなかったらすぐに小瓶を使って離脱していたかもしれない」


そういうと滝川は真琴に向かって、はにかむ様に笑った。

「師匠、何をおっしゃるんですか。俺こそ師匠に日頃からお世話になってますから、このくらいノープロブレムですよ」


真琴は屈託ない笑顔で滝川を見つめた。


「ありがとう。大黒君。でもね、僕は怖かった。あの異形態が。犬や蛇に似ているけど、中身は全くの別物だった。僕たち人類はあいつらと闘ってきたんだね」


「そういう感じ方、すごく大事だと思いますよ。先生も言ってましたけど、死の危険を感じ取れることは生物にとってすごく大事なことだと思うんです。師匠のその感じ方は正しいと思います」


焚き火に枝をくべながら真琴は返した。


「俺としては早くこんな授業終わらして女子の水球を堪能したいですけどね。知ってますか、ああ見えて橙山の胸意外と大き−−」


 真琴が卑猥な言葉を発する前に前方10m程度の丈の高い草むらが異様に揺れた。風でない、明らかにそこに何かがいると確信できる揺れだった。

 2人の間に一気に緊張が走った。

 

 辺りはすでに夜の帷が下り始めていた。

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