第3話 序章③ 〜胸騒ぎの知らせ〜

 2週間はあっという間に過ぎた。嵐の前の静けさとはこのことだ。

 

 10月の穏やかな風は、学生を弛緩させるのに十分であった。何気ない日常は時として人に安らぎの感情を抱かせる。とんでもなく嫌なことが控えていると、人はほんの小さなことでも幸せを感じられるようになるそうだ。


「ハァ〜〜〜ン。」


 真琴は大きなため息を漏らしながら、友人と食堂で昼食を食べていた。そのとんでもなく嫌なことが戦闘学の課外授業なのである。


 この授業は学園の中でトップクラスに危険なものである。過去には死者が出た年もあったらしい。


 戦闘学とは文字通り、戦闘を想定した授業である。各学期に1回ずつ行われる3日間連続、不眠不休の訓練であり、その成績によって将来を大きく左右することも珍しくない。霊導学園の生徒たちの1大イベントの1つとなっている。


「で、紫音さんたちはクラストップ3に入ったと。それをわざわざ自慢するために、わざわわざ俺たちのクラスにきたということで合ってる?」


 真琴は少しひねくれた顔をしながら友人、紫音悠に尋ねた。


「邪推はよしてくれ、大黒くん。僕はただ事実を友人の君に伝えにきただけで、他意はないよ」


 紫音は髪を優雅にかき上げながら、紅茶のティーカップに手を伸ばした。

 この麗人はどの所作をとってもケチがつかないほど洗練されている。

 ティーカップを口元に持っていき紅茶をコクッと飲むだけで周囲の女学生たちがゴクッと生唾を飲む音が聞こえる。


「僕のことはいいじゃないか。今は君の話をしているんだよ。明後日から始まるD組の戦闘学の授業で僕は本当に君が死ぬんじゃないかと心配しているんだよ」


 紫音は真っ直ぐな瞳で真琴を見た。


「おい。急に失礼なこというやつだな。お前は。悪意のない善意が人を傷つけることがあること知れ」


 真琴は頭をかきながら言い返した。


「? 君の言ってる意味がよく分からないが……。これだけは友人として伝えておかなきゃいけないと思って来たんだ。今回の授業は今までとは違う」


「違う? 何が違うんだ? いつものように教官が容赦ない攻撃を仕掛けてきて俺たちは逃げたり、逃走したり、かい潜ったり、遁走したりするんじゃないのか?」


「君の場合は全部逃げてるだろ。そうじゃない。今回の授業はんだ。言葉では言い現せないけど、今までのような授業の一環ではないんだ。なんていうか、に似たようなものを感じるんだ」


 確かに紫音の言うことは、少なからず的を得ていると真琴は感じていた。


 今年の戦闘学の授業は去年に比べて怪我人が多いと噂になっていた。中には即病院送りになった生徒も多数存在したとか。A組から順番に行われる戦闘学の課外授業は先週C組が終わっており、あとはD組を残すのみとなっている。

 先週のC組も例に漏れず多数の怪我人を出している。戦闘学の授業後クラスを覗きに行ったが半数近くが欠席していた。


 ましてや、感知に秀でた紫音家の後継の直感がそう告げているのだ。当たらずしも遠からずといったところか。


 真琴は少し背筋が冷たくなるのを感じた。


「俺が死んだら、墓標にキスでもしてくれ」


 冗談半分で言ったが、紫音は


「善処しよう」


 と大真面目に返してきた。


 秋は大分深くなり、しんとした空気を醸し出しつつあった。




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