第2話 序章② 〜大黒真琴の日常〜

「アトリウムからだ! B組の連中だ!」


 前方の席の男子生徒達が声を荒げて窓の近くに群がった。B組は昨日から3日間続く戦闘学の授業の真っ最中だったな。真琴は気怠そうに机から頭をもたげて、窓の外の鬱蒼とした森林の向こうのアトリウムを見た。


 ここ、統合第99区霊導学園では、1〜3年の校舎はそれぞれ完全に分けられ、三角形に配置されている。その中央にアトリウムと呼ばれる塔のような建造物がある。


 アトリウムはいわゆる戦闘訓練所であり、塔の周囲約20kmに渡って円形に深い樹海が横たわっている。そのため学園の敷地は広大であり、入学当初、罰則での校内1周は学生達を大いに打ちのめしたのは言うまでもない。


 当初はなんでこんな変な構造をしているのかと訝しむ生徒も多かったが、力場形成のための構造であること知ると、皆は納得した。このCODくにで生活するということはそういう事なのだ。

 

 真琴は彼方に立ち上る爆炎を見て、大きなため息をついた。真琴達D組も再来週には戦闘学の授業が控えているからだ。


「おそらく紫音たちだわね。あの魔導量マナは……」


 隣の席の赤羽三久は真琴の机に乗り出し、瞬き一つせずに樹海の方を凝視している。おそらく眼に生命力イーオンを集めているのだろと、真琴は三久のスラッと通った鼻筋を横目で一瞥しつつ思った。

 

 御三家である赤羽クラスになると、生命力イーオンによる人体の活性化だけで超人とも呼べる身体能力を発揮する。おそらく今の三久の視力なら5km先の文字も識別できるだろう。


「だろうな。戦闘学では魔導器デバイスの使用が許可されているから、紫音たちならあれくらいのことは朝飯前だろう」


 真琴は早くどけと言わんばかりに三久の体の前に体をねじ込み、三久を自分の椅子に戻した。三久は小さく舌打ちし、真琴を恨めしそうに睨んだ。真琴は両手で自分の顔を引っ張り、変顔で煽って見せた。


 そこに教師、柊夏美の超弩級の1撃が真琴の脳天を直撃した。


「大黒!舐めているのか? 授業中にふざけていられる立場か、お前は!」


 続けて愛の鞭と呼ぶには重量級すぎる拳が2回、真琴の頭頂部をノックした。


「夏美姉さん! これは指導じゃなくて、虐た−−」


「誰が、姉さんだ! このバカタレが〜〜!」


 柊夏美は今年で29歳、独身、特技は筋トレで、趣味は飲酒という絵に描いたような脳筋女性である。また情に厚く、生徒思いであり豪放磊落という言葉そのものの人物であった。整った容姿に反して、その性格から一部の界隈では姉御、姉さん、夏美様などと呼ばれ、狂信的な信者が多い。


 真琴もその一人であるが、この愛の鞭もご褒美であると思えば耐えられると吐かしている、盲信的な同級生たちにその点に関してだけは全く共感できない。

 COD内の無差別級競技大会で数々の記録を打ちたて続けている、この淑女の鞭はおそらく岩も砕くだろう。


「はぎゃぐうっっ……」


 淑女の会心の1発が真琴に食い込んだ。

 おおよそ正常な人体からは発声できないであろう奇声をあげ、薄れゆく意識の中で真琴は隣の三久と目があった。しっかりと誰にも気付かれないように親指を下に突き立てていた。

 

 なんでこんな女しか周りにいないのだろう。真琴は目尻に涙と、諦めた微笑を浮かべながら机に伏した。

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